第八話「intermission~生きるための戦闘準備~」(4)-3

「ったく、何で俺だけで行かなくちゃなんねぇんだよ……。何がカレー粉とタマネギ買って来いだ、ふざけやがって……」


 ゼロはぶつぶつと愚痴を言いながらエルルの市場をぶらついていた。

 私服は適当に見繕った。ジャケットは今洗濯している真っ最中だ。あれだけのペイント弾を浴びたのだ、当面は乾くまい。


 先程からヤケに人が自分のことを避ける。やはり鋼鉄の義肢をむき出しにするべきではないのだろうかと思ったが、実際にはただ単に自分が怖いだけだと言うことにゼロ自身は気付いていない。


 ちなみにルナはと言うと責任取らされ現在始末書をロニキスによって書かされている。泣きそうな表情だったと言うが、まぁ、わからないでもない。


 人通りがかなり激しい活気ある市場だ。石畳で出来たその舗装路には幌で出来た屋根の露店が並び、そこには様々な物が売られている。食材、郷土品、博物館行きの代物としか思えないLCMD等々、その種類は数知れない。

 カレー粉とタマネギを買ってこいと言われた。どうやらレム達に買い物を頼むのを忘れたらしい。

 エルルのカレー粉は結構名物品で観光客は訪れたらほぼ間違いなく買っていくという人気商品だ。しかしタマネギはと言うと、別にありきたりな代物である。とりあえず切れたから買ってこいと言うお達しだ。

 だが、運悪く何処の店も品切れ状態だ。カレー粉は手に入ったのにタマネギは手に入らない。

 そんな中、一店舗だけ置いてある店を発見した。


 残り一袋、買うしかねぇ!


 ゼロはそう思って手を伸ばした。

 だが、何故かそのタマネギをもう一つの手が触っている。その手の甲にある刻印だけで、ゼロは誰なのか察知した。666αなどという酔狂な刻印を施してある奴などただ一人。

 村正・オークランドだけだ。

 顔を上げると実際にその男はいた。

 赤の瞳、滅茶苦茶逆立て後ろ髪をちょんととめた金髪、こんな酔狂な人物、他に類がない。

 いつの間にか店の前で喧嘩腰になっていた。


「なんでお前がここにいる?!」

「そりゃぁこっちの台詞だ! つーかそりゃ俺の取ったタマネギだ! 渡しゃしねぇ!」

「なんだと?! それはこっちの台詞だ! 姐さんが夜食にオニオンリング作ってくれるって言ったからなぁ! 例えそれが酒の肴に消えようが、食いたい物は食いたいんだよ! 残り一個、意地でもこいつを持って帰る!」

「こちとら持ってこねぇと間違いなく俺がボコられンだよ! おやつなんざぁどうでもいいからよこしやがれ!」


 本当にこんな様子では彼らが元歴戦の傭兵と現シャドウナイツ隊員かどうか疑わしい。大人げなさ過ぎだ。

 しかしもう高齢の店員は生やさしそうな目でうちわを仰ぎながらその戦いを見入っているだけだ。

 男二人共に身長は高いし風体は威圧感の塊のようだから周囲の客は遠目に物を見るだけで引く一方なのにこの店員だけはノホホンとしている。

 なんと度胸の据わった爺さんか。

 その時、突然ゼロの後ろに女性が現れ、ゼロの頭を一発、コンと叩いた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「喧嘩するな。もう、いつまでも子供なんだから」


 居ても立ってもいられなかった。

 何故こんな街のど真ん中で村正と得体の知れない男とが喧嘩腰になっているのか。しかも喧嘩の理由がこれまた恥ずかしい。何が哀しくてタマネギ買う理由まで言わなければならんのか。

 思わず村正の耳をつねっていた。

 だが、何かおかしい。


「あれ? あいつ……こんなに髪の毛、派手だったかしら?」

「姐さん、そっち違う。俺こっち」


 ソフィアは声のした方を向いた。

 村正が、二人いる。

 そして自分が耳をつねっているのは、村正にそっくりな男の方だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ゼロには赤の他人に耳をつねられる理由が分からなかった。

 しかもそのつねっていた女の顔がみるみる真っ青になっていく。何となく雰囲気が似ていたから間違えたのだろうが、気付くのが遅すぎだ。

 するとどうだ、あろうことかこの女、道ばたで自分に向けて土下座しだしたではないか。


「す、す、す、すみません! な、何とお詫びしていいか……! あ、あの、『死んで詫びろ』というなら、すぐにでも……」


 さすがのゼロも引いた。態度もしどろもどろだし、言っていることも混乱の極みに達している。余程焦っているのだろう。

 最初のうちは殴り殺そうかとも思ったが、さすがにここまでやられるともう怒りを通り越してしまう。

 このまま行くとこいつ、切腹などもやりかねん。しかもこの絵面、俺の方が悪役っぽくね?

 そう思ったゼロは女をまずは落ち着かせることにした。


「い、いや、そ、そこまで謝ることねぇから。ていうか誰だ、てめぇ?」


 その言葉で女はようやく顔を上げた。


「ソフィアと申します。あの、ご迷惑をお掛けしたことですし、お茶でもおごりますけど……」


 女-ソフィアは少し不安そうな声で言うが、当のゼロはと言うとなんだか疲れていた。

 村正がいる、それを知っている人物、つまりはシャドウナイツである。

 それも先程まで気付かなかったがソフィアの横にはもう一人銀髪の男がいる。気配の消し方が他の二人とは明らかに違う。

 何か、裏でやっていそうなそんな雰囲気がこの男からは出ている。だが、恐らくこいつもシャドウナイツだろう。


 シャドウナイツが三人もいる。果てしなくまずい状況だ、おちおちとお茶など飲んでいては飲食物に一服盛られる危険性もある。

 それに、ついこの間までの傭兵生活中ならまだしも、今の彼はベクトーアに超長期雇用されている身だ。フェンリルのシャドウナイツは敵なのだ。

 敵と茶を飲むなど、下手な誤解をされたら『国家反逆罪』にも問われかねない(求刑は極刑(銃殺刑)以外何もない)。

 それだからゼロは丁重にお断りした。

 それを聞いたソフィアは少しガッカリした感じの顔だったが、「縁があったら会いましょう」とだけ言った。

 ただ、最後に


「鋼さん」


と言ったところから自分の正体はばれていたようだ。

 結局ゼロはソフィアにタマネギをおごって貰った。

 その後少し離れた路地にて念のため発信器などが取り付けられていないかどうかチェックしたが付いていなかった。どうやら相手方、観光気分でいたようだ。

 その後、ゼロはその路地裏で一つ、凄まじく大きいため息をついた後、手に持ったタマネギを見つつ疲れた顔をしてこう言った。


「何でタマネギ一袋でこんなに疲れけりゃならんのだ……」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「いた?! また?!」


 叢雲へと帰還したゼロから事の一部始終を聞いたルナから最初に出た言葉はこれだった。

 叢雲内部の会議室にいる。オフィスの一角にある部屋のような感じの会議室に居座っていた。レムとブラッドもいる。

 しかも彼らの話も総合した結果、相手方はほぼ間違いなく襲撃する機会を狙っていると言うこと、そして相手にするのはシャドウナイツの所属するフェンリルと謎のイーグがいる華狼、それも華狼は偵察隊によると二年ほど前にロールアウトした新造艦である陸上空母『帝釈天』級が一隻配備されているらしいということまでわかった。


 陸上空母とはその名の通り、陸上を航行する空母のことだ。ホバークラフトタイプの空母で空中戦艦に比べて廉価で作れる上砂漠の航行も出来る。しかも空母自体が強襲揚陸艇的な役割も果たしている。

 確かにこの地形に置いては空中戦艦よりむしろ陸上空母の方が役に立つ。


 更にこの基地にいる兵士の一人がどうも気に掛かることを言っていた。レヴィナスがこの基地のどこかに隠してあるというのだ。

 しかもそれが大々的に知れ渡っているらしいと。どこで漏れたのかはさっぱりわかっていない。

 仮にこれが事実だった場合、数日前のアシュレイ戦で華狼が取った行動と全く逆のパターンが実現するハメとなる。

 戦術理論に基づいた法則では攻撃を掛ける側は防御する側に比べ三倍の戦力を持たなければならない。

 ベクトーアの所有している戦艦は全て空中戦艦であるため戦闘は少々厳しい。基地の全戦力を使っても、相手の戦力の方が今回は圧倒的に上だ。


 フェンリル側はプロトタイプ一機を含むエイジス三機とM.W.S.多数、華狼側はエイジスが最低一機とM.W.S.多数に陸上空母、これ程きつい防衛戦もそうそう無い。

 しかも信じがたいことに次の任務のためにドゥルグワントは先程飛び立ってしまった。つまり残っているのは自分たちだけである。

 こっちの装備、基地CIWS群、M.W.S.一二機、プロト二機を含んだエイジス六機。

 はっきり言って厳しい。そんな状況だからこそ情報が少しでも欲しいのだ。

 情報はどんな武器よりも強いというのは、何度か経験している。

 まず指揮するのが誰なのかが問題だ。シャドウナイツの三人が果たして誰か、ルナはゼロに問うた。名前は非公開だが、どんな指揮をするかは知っているかもしれない。


「一人はあの怒髪天バカだ、もう一人はなんか滅茶苦茶地味な銀髪の野郎だ。最後の一人は女だ。なかなか面白ぇヤツだったな。ヤツと間違えて俺の方の耳つねったからってだけで『死んで詫びる』とか言ってやがったんだぜ? あんな女見たことねぇ」


 なんか事実が凄まじくねじ曲げられている気がするのは気のせいだ。


 最後の方は明らかに誇張表現ね……。


 ルナは一瞬で見破ったが、そんなことどうでもいいと黙っていた。


「で、外見的特徴は?」

「髪は青紫、目は琥珀色。右目の下にホクロがある。俺より二、三上の感じだ」


 その瞬間、ルナはハッとした。その時に頭の中に思い浮かんだ人物と、あまりにもよく似ているのだ。

 しかも実際に生きていたとすれば年齢はゼロより二個上だ。

 条件的には合致している。

 だが、あり得ない。その人物は、死んだはずだ。


「姉ちゃん、どしたの?」


 レムの声でようやくルナは我に返った。


「……ん? あ、いや、なんでもないの」


 そう言ってルナは平静を装った。少しばかりの違和感を抱え込んではいたが、それでもそれを表に出さずに自分を落ち着かせる。


「知り合いか?」


 ブラッドがルナに問いかける。


「昔知り合いで似た人がいたから、つい、ね。まさかそんなことないだろうし」


 彼女はそう言って割り切ることとした。

 あまりにも似すぎている。

 まさかとは思いたい、いや、だがあの時に助けられていたとすれば考えられる。

 しかし、それならば『その名前を使う理由が分からない』。別に意味はないはずだ。

 そう、ルナにとって、最初の師匠であり、最初の友達であり、幼なじみであり、そして、過去を知っている人物。

 今のルナの頭には、その人物しか思い浮かばなかった。

 その人物の名は、『エミリア・エトーンマント』。ローレシア事件で、死んだはずの人間だった。

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