第九話「meet again~皮肉という名の再会~」(1)-1
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AD三二七五年六月二六日午後八時一九分
明かりは、月光とデスクの上の小さなスタンドだけだった。
闇を好んでいる。男にはそう思えた。
部屋に敷き詰められた血のように濃い赤の絨毯が余計にそういった雰囲気を醸し出すのだろう。
フレイア・ウィンスレットはこのだだっ広いフェンリルの社長室で部下からの報告を聞いている。
青の瞳と白金の髪を持つどこか人間離れした感じの美しさを持っている女性だ。見た目の年齢は三〇代前半から後半と言ったところである。
だが、どこかに偽りがあるようにも見える美だ。何か美しい中に禍々しい何かがあるようにも見受けられる。
しかし、この会長の圧倒的なカリスマ性が市民に異様にして不気味な高揚感を与えている。故に一部でフェンリルは『宗教国家』と罵られることが多々あった。
一通り聞いた後、彼女は部下を下がらせた。
何かにやたらと集中しているように、彼女が瞳を閉じた。
そして、暫くしてからカッと目を開けた。彼女の瞳が突然『赤』に変貌を遂げた。よく見れば瞳孔もまるで獣のような感じである。
(もう来たのか)
フレイアの言葉が、脳にこだました。
いや、脳など自分には当に存在しない。ただ、魂があるだけだ。肉体は既に千年も前に消し飛んだ。
魂に直接語りかけてくるのだ。それがこの女と自分とが話せる唯一の方法だった。
(懐かしいねぇ、マスター。会話を交わすなど五〇〇年ぶりくらいか?)
(そうなるな。お前、人間にコードでは何と呼ばれていたか?)
まるで旧友と語るかのような言葉ではあるが、その口調はあくまでも淡泊だった。彼女らしいと言えば彼女らしい。
するとその霊体はただ一言、こう答えた。
(記憶を辿ればマタイ、だそうだ)
マタイ、キリスト教の聖典である聖書に出てくるキリストに仕えた十二人の賢者『十二使徒』の一人。
千年前、聖戦の折、それと同じ名を持つアイオーン達がいた。
識別コード名『十二使徒』。
全員が全長五〇メートルを優に超える巨体を持ち、その巨体でありながら、攻撃力や防御力はもちろん、あらゆる特殊能力を備えていた。
もっとも、現在は行動しやすいように霊体となっている。肉体などアイオーンという死を超えた存在にとってあってないような物だ。生成などいくらでもやれるからだ。
そう、マタイはそのメンバーのうちの一人(一体と言った方が正しいが)だ。
もっとも、自分は本物の十二使徒にいたマタイではない。
十二使徒とはあくまでも聖戦当時のアイオーン研究家がつけたコードネームにすぎない。定義としては『五〇メートル以上の全長、ないしは全高を持った人語を解すアイオーン』という事である。それが確認された限り一二体存在したが故に『十二使徒』と呼ばれている。
マタイ、フィリポ、シモン、アンデレ、バルトロマイ、トマス、タダイ、ペテロ、ヨハネ、アルファイ・ヤコブ、セベタイ・ヤコブ、そしてイスカリオテ。
だが、そのうち半分は聖戦の折りに撃破が確認済みであり、現在残っているとされるのはマタイ、フィリポ、アンデレ、ペテロ、ヨハネ、イスカリオテのみとされている。
しかもこれらもコアに相当のダメージを負っていたため現在の彼らはラグナロク後に魂を交換したいわば別存在だ。
かつてアイオーンの研究のために体そのものの保存を行おうとした。そのためにアイオーンとして中核を担う魂、即ち『コア』のみにダメージを送るという技術もあったのだ。
最初聞いたときは冗談半分だろうと思っていたが、まさか本当に効果が及ぶとは思いもしなかった。
それ故に厳密に言えば今回のマタイはマタイであってマタイでない。
だがそれでもかつての魂が残した情報は根強く生きている。だから、新しく魂が入れ替わった今でも昔の記憶を鮮明に思い出せる。
人間だった頃の、友が死んでからラグナロクになるまでたった一人で戦い続けた、孤独な記憶まで、だ。それを思い出すのは、今でも辛い。
(早速だが我が軍が五時間後にエルルへ突入を掛ける。お前にはそれに乗じて奇襲を頼みたい)
この女は単刀直入に物を言う。もっとも、それが自分は嫌いではない。
(お前の軍もやるんだろ? 巻き込むぞ)
フェンリル軍は彼女の私兵にすぎないが、兵力という物は戦時中の場合、大量に持っていて損はない。自分が乱入すると言うことは少なからず彼女の私兵をも犠牲にすると言うことだ。
第一フェンリルの兵士のみ倒さなかったとしたらその地点で疑われるのはまず間違いなく彼女だ。そんな危険を冒すわけにはいかない。
もっとも自分は既にアイオーンとなった身である。人間に情けを掛ける義理は存在しないし、掛けられるように出来ていない。思考と魂がそうなってしまっている。
支配されるとはこういうことなのだろう。
ともなれば、こうなる理由はただ一つしかない。
この女にとってはこの戦争そのものが、ゲームでしかなく、人間になどにはまったく興味がなく、あくまでもその中にあるコアと成りえる魂のみが興味の対象なのだ、と。
そして、自分の投下される理由は時間稼ぎと『生け贄』のためでしかない。
だからフレイアをこれ以上追求しなかった。
(いや、忘れてくれ)
フレイアが一瞬鼻で笑った気がした。
(それと報告が一つある。千年前の戦いで『フィリポ』のコアが傷つきまくってる。体は使えそうだがコアがダメじゃしょーがねーからな。今魂の中から有益な存在を探してる。候補はある程度絞り込んだ。後はコアとして十分な機能を果たせる魂があればよい)
(その魂、見つかりそうか?)
フレイアの言葉にマタイはただ
(ああ)
と答えるだけだった。
それが全てだ。
後五時間後、自分は刃となる。この女にとって、自分は利用される存在でしかない。それはわかっている。だが、もはや引き返すことなど出来はしなかった。
もう帰ってくることもないだろう。そう思うと、無性にあの言葉を伝えたくなった。
(とりあえずモルによろしく伝えておいてくれ)
そう言って、マタイは別の次元へと去った。
ゆっくりと、自分の魂が消える。現世に舞い戻るまで、しばし眠ることにした。
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マタイが消えた後、フレイアは瞳をすっと閉じた。少ししてから瞳を開けたとき、彼女の瞳は『青』に戻っていた。
どうということはないのだが、いつも鏡でそれを確認する。人間は不自然なことには意外に敏感だからだ。
椅子から立ち上がり、窓から月を見つめる。
その月を見て、彼女は不敵に笑みをこぼす。
「後少しだ……。後少しの魂で……御神が復活する……」
それが、望みだった。
マタイはどこまでその望みを満たしてくれるのだろう。それを思うと、不思議に胸が躍った。
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