第八話「intermission~生きるための戦闘準備~」(4)-2
エルルには少しばかり狭い路地が大量にある。石造りのマンションがそこかしこに存在し、そのマンションとマンションの間に位置する路地だ。まだ午後三時なのにその路地だけは少し暗い。
ただこの路が基地へと続く一番の近道でもある。そんな路地にブラッドとレムがいた。
「付いてきてる奴らがいる」
ブラッドは突然そう言った。レムは振り向こうとするがブラッドが止め、そのまま歩く。
そして彼らは路地を曲がった。
直後、ブラッドは何処かへ飛び、自分は食料を両手に持ちながら壁に気配を消してもたれていた。
ちらりと影から覗くと、何人か柄の悪そうなのが出てくる。カツアゲ目的の強盗か何かだろう。
「何処消えやがった?!」
リーダーと思われし男が路地をきょろきょろと見渡すがその瞬間、彼の顔の上に誰かが降ってきた。買い物袋を両手に抱えたブラッドだった。
見事なまでに彼は踏まれ、そしてコンクリートの地面にたたきつけられる。
強盗の真後ろにトンと着地した彼はすぐに振り向き、呆れながら一言
「殺気くらい消せ」
と言い放つ。
これが逆鱗に触れたのかそれとも相手が挑発に関して受け流すと言うことも知らないほどのバカなのかは知らないが群れを成して突進してくる。
愚かだと、レムには思えた。
ブラッドはそのまま動かず、まず突進してきた一人の股間を片足で思いっきり蹴り上げた。
相手は悶絶している。相当的確とも言える技だが、当のブラッドはというと個人的にも相当嫌な技であったようでげんなりとした表情だった。
だが、それでもこの男の力が街のチンピラ如きに負けるという程下がるわけではない。
ブラッドは突然買い物袋を天高く放り投げた。それに気を取られ思わず相手は上に視線を送ってしまう。
そして、彼らが顔を下げた時にはブラッドは彼らの目の前に立っていた。
「あ……」
一人が思わず言ったその声がゴングとなった。ブラッドは問答無用で相手の顔面に右ストレートを決める。
もうこうなったらブラッドのペースだ。彼は向かってくる相手に対して一撃でノックダウンできる鼻骨狙いの攻撃を繰り出し続ける。
さすがに一般人が彼に勝てるわけなど無く、あっという間に十人いたはずのメンバーでかろうじて戦えるのは三人しかいなくなった。他の七人は顔面血だらけで路地に倒れている。
そして後ろから来た八人目にブラッドは振り向きもせず鼻骨にエルボーを決めた段階でさっき放り投げた買い物袋が降ってきた。
彼はそれを片手でキャッチする。上手く放り投げたらしく袋の中身は全く漏れていない。もはや大道芸とか神業に近い。
相手が悪かった、その一言でしか言い表せない状況である。
「あ、兄貴……こいつやべぇよ!」
鼻血を出してフラフラになりながら何とか立ち上がった一人がそう言った矢先だった。
レムに突如として頭痛が襲いかかった。レムは頭を抑える。
「どした?」
ブラッドが後ろをちらりと見た瞬間、レムは叫ぶ。
「さっさとここから逃げろ!」
その直後、目の前にいた強盗達の体にヒビが入った。
いや、体にヒビではない。彼等のいた空間そのものにヒビが入った。その証拠に彼らの頭上を通り越して空にまでヒビが入っている。
その空間はガラスのようにヒビの入った箇所から割れ、そこはまるでブラックホールのような状態と化す。
しかしその直後、その空間だけが分子が集まっていき再構築された。
「なんだ……?!」
ブラッドはさすがに呆然としていた。
これ程にまで特殊な現象、アイオーン以外に起こせない。
しかも空間の破壊と来た。これ程特殊な技が使えるアイオーンなど上級アイオーン以外あり得なかった。
(このパターン……まさか!)
ブラッドの脳に声が振動する。セラフィムの声だ。
だが当のブラッドは完璧に混乱していた。
「な、なんだ、これ?! 誰だ、てめぇは?!」
確かに人間の場合、音は全て聴覚を介して聞こえてくる。その聴覚を介すと言うことなく直接脳に振動するのだ。確かに変かも知れない。
だが、そんな様子にもセラフィムはうろたえない、というか意に介さないようですんなりと自己紹介をした。
(あ、まだ自己紹介してませんでしたね。私はセラフィム、この子の中に住まわせて貰っている者です)
「やたらと礼儀正しいな……」
ブラッドは呆れかえるように言った。
(初めての人に対していきなりため口とかはすごく無礼じゃないですか)
「は、はぁ……。なんか、アイオーンにこんな事言われるとは思わんかったわ」
ブラッドが呆れながら呟いた直後、セラフィムは突然焦ったような口調でブラッド達に逃げるように指示する。
しかし、さすがに空間を割ってしまうような相手だ。逃げようにも恐らく追いかけてくる。ならばここで叩きのめした方がいいかも知れない。
レムとブラッドはそう思い、護衛用に持っていたサバイバルナイフを展開し、周囲を見渡す。
「せっかくわらわが空間存在確率制御などという気怠いことまでして援護してやったのになんじゃ、その殺気は」
突然声がした。だが、その声は直接脳を振動する物ではなく聴覚を介した声だった。
上から声がした。その声のした方をレムは向く。
そこにいたのは、一四~五歳前後の銀髪の少女だった。だが、その気配は明らかに人間の物とは違う。
そして、その目を見た瞬間、レムはハッとした。赤い瞳、そして獣のような瞳孔。その瞬間にレムは把握する。目の前の相手は、まさにアイオーンなのだ、と。
その少女の外見を持つアイオーンは静かにふわりと大地に舞うように着地した。
その後、礼儀正しく
「初めまして、というべきなのじゃろうかの。わらわはイントレッセと申す」
と挨拶した。
少女に似たアイオーン-イントレッセは少し微笑を浮かべた。
レムにはこの微笑から来る気配が読めなかった。殺気を持っているわけでもないし、かといって友好的という感じでもない。
警戒を崩さず、相変わらず武装を片手に持ちながら目の前の相手を見つめる。
明らかに今までのアイオーンとは桁違いだ、それこそあらゆる意味で。間違いなく、目の前のイントレッセと名乗るアイオーンは『上級』に区分されるアイオーンである。
アイオーンは種類の他にも強さに応じて下級、中級、上級の三種にランク分けされている。大概のアイオーンは中級から下級に属しているが、上級アイオーンは数こそ限られるもののその強さは桁違いになる。
更に特殊なことに『それら』は人語を解することが出来るほか、姿形が通常のアイオーンとはまるで違う(現に目の前にいるアイオーンは人型である。人型は極希にしか存在しない。ちなみにセラフィムは『接触型』と呼ばれる人間を筆頭とした動物に接触し取り憑いて初めて真価を発揮できるタイプであるが彼女もまた上級アイオーンである)上、通常のアイオーンには付いていない様々な特殊能力を扱う。
先程言っていた『空間存在確率制御』とやらもその一つだろう。恐らく空間の存在確率を制御して次元を歪める技なのだろうと、レムは勝手に解釈した。
イントレッセは目の前で武器を展開している二人に対して首を横に振った。
どうやら本当に戦う気がないようだ。
「今日は挨拶代わりじゃ。それでちっくら興味を惹かせるためにこうやったんじゃよ」
レム達は思わず
「はぁ?」
と聞き返した。
人間に興味のあるアイオーンなど実に珍しい。大概のアイオーンは『下等生物』と見くびっているはずなのだが、このアイオーンはそういう気配がまるでない。
「わらわの趣味はあくまでも人間達を観察するためじゃからの」
「どゆこと?」
レムはイントレッセの言葉に顔をしかめた。
「わらわは、人間という生き物が何故これ程繁殖するのかに興味を持ったのじゃ。人間、限りなく絶対に近いようでいてもっとも不完全な生き物。それでありながら力は強い。だからアイオーンの中でも優れた者達は人の形をしておる。それにしてもお主ら若いのぉ。わらわに後れを取るようではまだまだだぞえ」
二人とも思いっきりへこんだ。
いくら年齢が千歳以上行っていたとしても形は自分たちより若いのだ、そんなヤツに若いなど言われたくない……。彼らの思いはそこに集約される。
そんなへこみ具合に対してもイントレッセはその名の通り、『興味』を持って鑑賞するのだろう。
「まぁ、そういった感情もまた人間の面白いところではあるのじゃがの。そんな興味を持つが故にわらわはあそこの陣営には属さないのじゃ。潰してしまえばわらわの興味対象がなくなってしまうからの。だが、人間に付く気も起こらぬ。わらわはあくまでも自由でありたいのじゃ」
「呆れたヤツだな……。つーかよぉ、ここにいたチンピラ共はどうなったんだ?」
ブラッドが呆れながら呟いた。
「すぐに戻せるぞえ」
イントレッセは指を一度鳴らした。その直後、先程割れて修復された空間が再度割れて、まるで映像データを巻き戻したかのように強盗達は消される前と全く同じ状況で止まっていた。
殴りかかってきそうなのに、まるで時が彼らの周囲だけ流れていてそれ以外は停止しているようだった。目の前の相手は全く微動だにしない。
レムとブラッドがそれをじっと見ていた隙にイントレッセはすぐさまジャンプして、上のビルの方へと移る。
レムはとっさに上を向いたが、そこには相変わらずの微笑を浮かべるイントレッセの姿があった。
「挨拶はこれで終わりじゃ。ついでに旧知の者にも会えたしの。もっとも、そっちの方がメインだったんじゃがね。いずれ会う時もあるじゃろ。というわけでさらばじゃ」
そう言った瞬間、彼女は先程と同じように空間を割り、そこに出来た虚空の中へと入っていった。
そしてイントレッセがその中に入った段階で再びその空間は構築し直され、今までと全く変わりない光景が広がっていた。
ただ、強盗達の動きが止まっていることを除けば。
(行っちゃったわ)
セラフィムは呆れるように彼女を見送る。だが、その口調には少しホッとした感情があった。
「なんなんだ、あいつ?」
ブラッドはまたも呆れるように呟いた。そしてバタフライナイフを閉まった後、我慢できなくなったのか、それとも苛ついたのか、スーパー16を出して火をつけ吸った。
(戦闘にならなかったのは救いよ。でも、変わったわ、あれ。昔はもっと最前線で戦っているような存在だったのに)
「セラフィムも?」
レムの言葉をセラフィムは否定しなかった。
だが、あくまでも
(昔の話よ)
と言ってそれ以上は語らなかった。
その後ブラッドは頭をガシガシと掻きながらスーパー16を吸った。
「……俺疲れた。とっとと帰ろうぜ」
レムはそれに同意し、止まっている強盗達を無視してとっとと帰っていった。
ちなみに彼らが動き出し始めたのはブラッド達が去ってから三分くらい後だったと言うが、特に物語には関係ないので省略する。
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