第八話「intermission~生きるための戦闘準備~」(4)-1

AD三二七五年六月二六日午後三時〇二分


「暇だ……」


 ゼロは大欠伸をしながら言った。

 整備、全て完了。昼飯、もう食った。昼寝、してもしょうがないので却下。射撃訓練、弾丸の費用が半端ないほど高いのでボツ。筋トレ、もうやり尽くした。ルナに借りた本、もう読んだ、しかも今返した。

 暇だ。偉い暇だ。

 どうしよう、と彼は悩んでいる、ようには見えない。

 今彼は叢雲の中のリフレッシュルームのソファーの上でゴロゴロと寝っ転がっていた。観葉植物がいくつか生えた落ち着いた感じの施設であり、叢雲の中で唯一落ち着ける場所である。


「ねみ~……けど今寝たら百パー夜寝られねぇしなぁ……。ったく、どうすりゃいいんだよ、なぁ、隊長さんよ」


 ゼロはそう言って上体を起こした。

 その視線の先にはあきれ顔のルナがいる。


「つーかよくわかったわね、あたしがいるって」


 ルナが呆れながら言うとゼロはだらけた声でこう言った。


「臭いでわかンだよ。てめぇから放たれる独特の臭いって奴でな」

「あんたは犬か。まったく、そんなだらしない態度でどうすんのよ」


 ルナは眉間を一本の指で押さえた。呆れられているらしい。

 ゼロの言う臭いというのは『雰囲気』の例えだ。確かにルナの言う通り犬みたいだなと、今の今になって気付いた。

 自分はどうやら割と鈍感らしい。


「そんなに暇だったらいっそ道場にでも行ってみたら? あそこなら退屈しないと思うわよ?」

「道場?」


 ゼロは目を丸くした。

 道場、訓練場ではなく、道場である。明らかに言葉の響きが違う。意外に退屈しないかも知れん。そんなことを思ってゼロは部屋から両刃刀を持ち出した後ルナについて行った。

 そしてたどり着いた場所は、リフレッシュルームより一階層下にある施設だった。確かに『道場』と物凄く濃い字で(と言うか筆で)重苦しい金属製の隔壁の上に書かれてある。


「ンだ、これ?」


 ゼロはルナに聞くが、その肝心の彼女はというとその隔壁のロックを解除した後、何故か一人でそそくさと退散した。

 ゼロはその行動に疑問を持ちつつも、重苦しい音を立てて開く隔壁を見た。

 しかし、開いてみると、何もない。何もない廊下が続いているようにしか見えない。ただ、ここから五〇メートルほど先に場違い極まりない襖がある。

 そう言えば、この船の名前も叢雲とか言う日本の刀剣の名前だ。誰がこんな名前付けたんだと思ったが、まぁ十中八九ルナだろうと、ゼロは思っていた。

 その襖まで行きゃぁいいんだろ。

 ゼロは一瞬そう思ったが、そのエリアに一歩踏み込んだ瞬間、突然サイレンが鳴り響き、襖の前に何か変なスイッチのような物が浮かび上がってきた。

 その直後鳴り響くマシンボイス。


『トラップモード、作動します』


 その声と同時に一歩ゼロは進んだ。

 直後、彼に向けて横から何かが降りかかってくる。

 ゼロの頭並みに巨大な太さの木だった。

 何処に閉まってやがったんだ、こんなもん。

 ゼロは呆れながら、それを避けつつ、進む。

 しかし、一歩進むやいなや、今度は木刀が雨のように降り注いだ。


「はい、そこでトラップ超えてね~」


 ルナは物陰からゼロを応援しているが、当の本人にはまったく聞こえていない。

 ゼロは一気に疾走してそれを避ける。


 その後来るのは電気トラップだ。突然床の一部が放電を始めたが、走り込んで飛び越えた。


 だがその後、着地した瞬間横から斜め方向に降ってくるのは『くない』の群れ。

 ゼロは両刃刀を振るってその『くない』を全てはじき返した。


 あと少しだな。


 そう思っていた矢先だった。

 最強にして最後のトラップが待っていた。


 なんと艦内防衛用に開発されていた(侵入者、ないしは船内での反乱があった際に暴徒に向けて放つための防衛武装)ガトリングガン『G-CIWS-74』四門による一斉射撃だ。

 空薬莢の落ちる音と銃身の回転する音が艦内にやかましく響く。


 壁が様々な色に染まっていくと言うことは、実弾ではない。しかし、ペイント弾でも当たると地味に痛いし、何より服を洗うのが面倒くさい。


 ゼロはなりふり構っていられないとあれだけ使うのを渋っていたくせに、義手を展開してマシンガンから銃弾を放ちながら進む。

 しかし、相手は機械であるため怯むはずがない。

 こうなればと自分の足に賭け、ゼロは両刃刀を地面に捨てた後、その残り十メートルを疾走した。

 そして、G-CIWS-74をどうにか通り越す。

 だが、甘かった。砲塔が回転し追い抜いたゼロの方へとその砲塔が向かっていくのだ。


 そして、銃弾が放たれるかと思われたその寸前、ゼロは間一髪でスイッチを押した。

 その瞬間、今までのことが嘘だったかのようにそのエリアは静かになり、トラップが一斉に停止した。

 ゼロはスイッチの前で燃え尽きたようにバタリと大の字に倒れた。


「ね? いいでしょ、道場」


 後ろからルナが言った。

 そしてとことことルナはゼロの方に歩んでくるが彼女に対してはトラップが作動しない。


「初めてエリアに足を踏み入れる人、或いは希望した人がパスコードを入力してようやく作動するように出来てるのよ。さっきあたしがいそいそと隠れながらパス打ってたってわけ。ま、この場所に入るための儀式よ、これは」


 何とも厄介なことしやがってと思ったが、疲れて声が出ない。


「ついでにこれ、とっさの判断力や回避、運動能力、それに第六感を鍛える体力強化試験でもあるのよ」


 ゼロはむくりと起きあがっていつの間にか自分の後ろにいたルナに呆れながら言った。


「死人がよく出ねぇな……」

「何人か入院した人はいるけどね。偶然にも死んだ人はいないのよね~。みんな打ち所よくてさ~、はっはっは」

 何が『はっはっは』だ。

 ゼロは頭が痛くなってきた。

 というか、何故俺はこんな変な奴らしかいねぇ部隊に自分の運命任せちまったんだ……?

 今更思うがもう遅い。

 というか入社一日目でここまで挫折する社員というのも何だかなぁという感じがする。


「さてと、とりあえずこれで道場入門許可よ……」


 その時、突然ブザーが鳴り響いた。


『システムエラーが発生しました。トラップモード、再起動します』


 その言葉を聞いた時、ルナは一瞬思考が停止した。


 え? 再起動?


 そう思った時には既に遅く、ルナの頭に見事なまでに物凄い勢いで横から飛んできた丸太が直撃した。その時の彼女の様はまるで除夜の鐘における鐘が鐘木しゅもくによって叩かれている様とあまり変わりがなかったという。


 豪快に頭を打ち付けられ、豪快に横に飛んでいくルナ。そしてバタリと倒れた。


 この時彼女は三途の川の向こうで死んだ父と兄に会ったという。


 ゼロの話では『首がもげたかと思った』とまで言うのだ。衝撃は相当の物だったに違いない。

 しかし、それにもかかわらずルナはすぐさまガバッと起きあがった。

 凄まじいタフさだ、称賛に値する。ただし頭から凄まじい量の血を噴出しているが。

 彼女もまた、違った意味で、バカである。


「なんのこれしきぃ!」


 もう狂ったかのようにドクドクと血を流しながらトラップモードの設定のためすぐさま近くにあるコントロールパネルに行こうとするがG-CIWS-74が再びせり上がり、ルナに対してペイント弾を一斉に射撃する。

 ルナは必死になって避けようとするが、暴走したシステムは思いの外強敵で凄まじい反応性を見せつけルナをペイント弾まみれにしていく。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」


 年頃の女性とは思えない凄まじい絶叫と共に彼女はペイント弾に埋もれていく。気付けばルナはなんか色んな色に染まっていた。

 そして数分後、這い蹲りながらも必至になって移動し、かろうじてシステムの強制停止をルナが行い何とかトラップは停止した。


 しかし、自分は既にルナ以上に色んな色にあふれている。


 何が哀しくてこんなことにならにゃあかんのだ。


 その後彼らは医療班に搬送され医務室に行かされた。

 ルナは頭の様子をチェックされたが、信じがたいことにただ軽い切り傷が出来ただけで、縫うこともなくただ包帯を巻かれただけで終わった。

 しかし、ゼロの方はナノインジェクションの影響か、それとも無駄に強靱な体のおかげかは知らないが全く無傷だったという。

 そして、これ以降このトラップモードの設置は撤去されることになるのだが、それはまた、別の話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る