第八話「intermission~生きるための戦闘準備~」(3)

AD三二七五年六月二六日午後二時五三分


 買い物というのもたまには悪くないと、レムは思った。補給と機体の補修作業が一段落付いたため、ブラッドと一緒に食料の買い出しに出かけたのだ。

 二人の手には両手いっぱいの食料が抱えられている。

 もう少し連れてくりゃ良かったと、ブラッドは時々愚痴っている。

 しかし、意外にもこの食料の買い出し、食材の選択をしたのはブラッドだ。


 なんだか自分ではよく分からないが、レムの料理は周りから『食ったら死ぬ』とか言われている。パン生地の上にホイップクリームを乗せ、更にその上にキムチと餃子のたれと一差し(実際には『一掴み』だったという)の塩コショウと、自分で勝手に味付けした調味料(何を入れたかはよく覚えていない)を入れた今までにないまったく新しいピザ(本人談)を作ったら、食った奴みんなが倒れた。

 倒れるほど美味かったのかと、レムは一瞬思ったが、何か違うのかもしれないとは感じていた。

 どうやら自分ではよく分からないが、料理が下手らしい。

 今日もまたレムが選んでいたらブラッドが飛んできて、どこのおばちゃんだと突っ込みたくなってくるほど、野菜の鮮度とかを無駄に吟味し、的確に買う物を選んでいった。

 だが、それでも量がある。


「結構な量になったね」

「そりゃなぁ……無駄に食う奴がまた一人現れたし」


 ブラッドがぼやく。無駄に食う奴と言えばこれがゼロだったりする。

 レムはどこかでくしゃみをしているゼロの声が聞こえた気がしたが、どう考えても


「いや、あんたが一番食ってるから」


という結論に辿り着くのだ。

 ブラッドの食事量に比べればゼロは優しい方だろう。そう言われたからかどうだかは知らないがブラッドは歩きながらタバコを吸おうとする。

 だが、レムはブラッドがタバコをくわえた段階でタバコを取り上げた。


「今歩きタバコはいけないんだよ。吸うのは自分の部屋か喫煙所。それに食料にも灰が掛かっちゃうじゃん」


 そう言われてか、ブラッドは禁煙ガムを一枚出して食べ始めた。


「は~……愛煙家にゃ肩身が狭い時代だ……」


 ブラッドはため息をつくように空に向かってぼやく。


「いっそのこと禁煙したら? 財政圧迫する原因じゃん。あんなもの美味そうに見えないんだけど……」

「あれが美味いとわかる奴は大人なんだよ」


 ブラッドは禁煙ガムを食べながら説得力のない言葉を言う。


「あっそ……」


 もうレムは呆れるしかなかった。

 その時、レムのズボンの裾を何かが引っ張った。

 子供だった。年齢は二、三歳くらいの幼女で黒の髪に蒼の目をしており、少し泣きじゃくっていた。

 レムはかがんでその子供に問いかける。


「どうしたの?」

「お父さん探してるの」


 どうやら迷子らしい。


「お父さんってどういう特徴があるかな?」

「軍人さん。黒い髪してるの」

「ふうん……」


 やばいと瞬時に思った。

 絶対にベクトーアではない。ドゥルグワントの連中は町に繰り出していないからだ。

 しかもこの少女の顔立ちは日系、誰がどう見てもこの地域の住人ではないし、エルルには自警団こそ存在するも軍隊は存在しない。

 と、考えると華狼かフェンリルの兵士の子供だろうということになる。

 レムは一度立ち上がる。

 その後ブラッドが小声で彼女に訪ねた。


「まずくないか、おい……」

「だけどさぁ、子供放っておけっていうのもなんか良心痛まない?」

「ったく、お前はなんだって微妙に厄介なこと引き起こすんだよ」

「んなもん知らないよ。まー、いーっしょ?」

「ったく、仕方ない、俺も付いていく。お前一人じゃ不安だ」


 結局親を捜すことにした。さすがにベクトーアのジャケットも着ていないからばれることもないだろう。

 レムは再度かがんで目の前の子供に言う。


「私が一緒に探してあげるよ」

「ありがとう、お姉ちゃんとおじさん」


 その瞬間、ブラッドが固まった。

 さすがに年齢二四歳、独身、今までおじさんと呼ばれた試しは一度もないらしく、相当ショックを受けた様子だ。

 自分の持つ絶対的美意識を傷つけられたような気がするのだろう。この男は若干ナルシストの気が昔からあった。


「おじさんじゃなくて、『お兄さん』だ。な? 俺こう見えても二四なの、歳。わかったか、お嬢さん。はい、リピート」


 棒読みでこう言った。殺気満々である。

 子供相手に怒るなよと、レムは呆れた。


「まーまー、気にしない、気にしない。ところで名前、なんていうの?」


 レムは適当にブラッドをあしらって子供をブラッドの魔の手から離して聞いた。子供は少しだけしどろもどろしながらレムに言う。


「アイリス」

「上の名前は?」

「リュウザキ」

「ふ~ん、アイリス、か」


 レムは目の前の子供-アイリスの頭を少し撫でてから「じゃ、探しに行こうか」と言った。

 しかし、一時間ほど適当に町を練り歩いたがアイリスの親を見たという人物はいない。

 少し疲れてきた。警察に行ったら間違いなく親が来るまで待たされる。そんなことをしている余裕は残念ながら存在しない。


「は~……どこにいるんだろうねぇ……」


 レムは辟易しながら休憩中の公園で言った。

 そんな中アイリスは気にも止めないのか、こんな事を言う。


「私、おなか空いた」


 二人の動きがピタリと止まった。


 金がない……。


 考えても見れば食料の買い出しで手一杯の状況、しかも給料のほとんどは銀行の中、しかもその現金を引き出せる金融機関は周囲になし。現在所持する現金、二人合わせて現在僅か一〇二〇コール。

 非常にやばい、ファーストフード三人分すらやばい。

 少し考えていると、レムはクレープ屋に目をつけた。公園の広場にある出店の一件だ。

 まるでサーカスのようにド派手な黄色く染まっているその店先は落ち着いた公園の中では浮きに浮きまくっている。

 もっとも、だから目に付いたのだが。


 こうするとレムの頭は一瞬にしてこういう式をはじき出すのだ。

 安い+腹がふくれる=万事オッケー!

 凄く単純である、まるで直列回路と豆電球の設計図のようだ。


「あれおごってあげる。何味がいい?」

「メロン」


 アイリスが答えるとすかさずブラッドまで


「俺クリームだけでいいぞ」


とまで言ってきた。

 集る気満々である。さすが胃袋がブラックホールと直結していると言われているだけの男だ、血糖値なんぞへのカッパである。


 信じがたいことにこの男、甘い物も結構接種しているのに血糖値は普通、尿酸値もさして高くない、中性脂肪はほとんど無し、内臓脂肪ほぼゼロと驚異的とも言える健康優良児なのだ。

 しかもタバコを一日に五〇本も吸っているくせして肺に関しては全然異常は見られないし痰も吐かない。

 もはや彼の体は人間離れしているとしか言いようがないのだ。

 そんな人間離れしたこの男、意外にも甘味物マニアでもあるため『クリームオンリー』なんて言うのだ。

 仕方ないのでレムはこのクソでかい健康優良児の分までクレープを買いに行くこととした。


 愛想のいい店員が


「いらっしゃい」


と言うと同時にレムはじっと店の前に飾られているメニュー表とにらめっこをする。

 するとどうだろう、微妙なメニューがある。

 納豆味だ。ホントにクリームの中に納豆を入れるという代物だ。レムにはこれが夢あふれる味に思えてくる。


(それはやめときなさい……)


 呆れるような声だった。


(あれま、セラフィム……だっけ? あんたまだいたんだ?)


 レムもまた呆れながら心の中でそう返した。もっとも、ただ単に思っていたことが筒抜けしただけだったが。

 セラフィム、レムが後天性コンダクターとなったとき体内に住み着いたアイオーンである。そんな彼女は会話する時、さすがに表には出られないのでこうやって脳を直接振動して会話するのだ。今はレムにしか聞こえていないが少し振動数を変えるだけで周囲全土に声を届けることも可能である。


(納豆よ、納豆にクリームよ? お腹壊すわよ、本当に)

(え~? そーかなぁ……)

(と言うか食べた後で壮絶に後悔しているあなたの姿が今の私には見えるわ……)


 セラフィムは呆れるように言った。そう言われまくるとしょうがないのでまともな奴で我慢することにした。


(ぶー、しょーがないなぁ……。イチゴで我慢するよぅ……)

(賢明、というか、まともな判断だわ……)


 まったくだ。


「すんません、メロン一つとイチゴ一つとクリームのみ具なしで」


 そう言って注文をしてから約二分で三人分のクレープが出来上がった。お代を払った後、彼女はそれを手に二人の待つベンチ向かう。

 しかし、意外に高かった。現在残金、残り一二〇コール、絶望的である。

 どうやって帰るべきか……。レムは凄く悩んだが、まぁ目の前にあるクレープを食すのが先と言うことでアイリスとブラッドにクレープを渡して頬張った。


「そういえばアイリスってどこから来たの?」

「にほんっていうところ」

「ふーん、日本かぁ。一度行きたいんだよね~、あそこ」


 レムは笑いながらアイリスと会話する。

 姉の気持ちってこんなもんなのかと、レムはふと思った。


「和服美人はいいぞ、なかなかな。特に夏の季節に浴衣姿で練り歩く若い女性達はなかなかだ」


 ブラッドが口を挟むが、この女子連中にそう言われても分かるわけがない。


「おじ……お兄さんのいっていること、わからない」


 アイリスは無邪気な表情でそう言うがブラッドはもう一気にへこんだ。


「子供って残酷な物だな……」


 なんか知らないがブラッドが愚痴っている。時として子供は残酷だと言うが、正直言ってアイリスの言葉は正論だとレムは思っていた。


「いや、わかんなくていいよ、アイリスちゃん。私もわかんないから」


 もうトドメだ。レムにまで言われるともう破滅的である。ブラッドは一人頭を抱えていた。


「あ、アイリス!」


 突然声がした。するとレムの横にいたアイリスもその声の方へと行く。

 その声のしたところには若い男がいた。少しガタイがいい、どうやら本当に軍人らしい。少しばかり長めの黒髪と蒼の目を持った男だ。


「あ、パパだ!」


 どうやら彼が父親らしい。

 アイリスは思わず父親と思われる人物に抱きつくと、男もまたホッとした表情を見せた。


「あなたが、この子のお父さんですか?」


 レムは目の前の男に緊張しながらも聞く。


「そうだが……ああ、間違いないな。君達か、子供の親を捜して町を練り歩いているって言う二人組は! いや~、ありがとう! すまん、こっちの監督ミスだ!」


 目の前の男は頭を思いっきり下げた。

 かなり義理堅い性格のようだ、悪い人ではない。レムの頭はそう判断した。


「そんな~、自分を責めないで。逐一そんなこと気にしてたら身が持たないッスよ」

「面白い子だな、君は。俺並に」

「は、はぁ……」


 俺並にって言われても……。


 レムの抱いていた『いい人』のイメージが瞬時に崩壊し『変人』というイメージが浮かんできた。

 何故自分の周囲にはまともな人物はいないのかと、レムは悩むがそう言う自分も十分にまともではないと思うのは私だけだろうか?

 その後男は少しばかり感慨深い表情を覗かせる。


「君達とは、何故かまた会いそうな気がするな……」

「俺もだ、あんたとはまた会いそうな気がするぜ……。しかも、近いうちにな」


 ブラッドが少し殺気だった瞳で睨むように目の前の男を見つめている。

 彼の堪は意外に鋭いためこういう事はよく当たる。

 少し険悪なムードが周囲を支配する。

 だが、それを和ませるための計算か、それとも本当の気持ちかはわからないが目の前の男は財布をおもむろに出して、レムに五〇〇〇コールも渡した。

 さすがにレムは驚いた。こんなに渡されるようなことはしていないだろうに、とレムは思う。

 ところがこの男は


「クレープこの子におごってくれたんだろう? それ代だよ」


と言って多少強引にレムの手に五〇〇〇コールを渡した。


「じゃあ、ありがたくちょうだいします」


 レムは深々と一礼してから多少高く付いたクレープ代をもらうことにした。


「じゃあ、そういうことで」

「はい。じゃね、アイリス。元気でね」


 レムは一度だけ、少し寂しそうに、抱きかかえられているアイリスの頭を撫でた。


「うん。ありがとう、お姉ちゃん」


 男はまたレム達に一礼して去っていった。

 その後レムの横にブラッドが付く。


「どーにか帰れそうだな……」

「つーかあの親バカな雰囲気、うちの親父にそっくりだ……」


 レムは少し頭を抱えていた。

 彼女の父親であるガーフィ・k・ホーヒュニングもまた、凄まじい親バカと有名だった。


 外から見りゃああいう雰囲気なのかなぁ、うちって……。


 レムはふと去っていく男の背を見ながらそう思った。

 そんな中、レムはブラッドがかなり硬い表情を浮かべているのを見た。


「レム、あいつ、飄々としているが実際は相当の使い手だぞ」


 ブラッドが送った先程の殺気にかなり敏感に反応していたあの男、確かにかなりの使い手だ。彼の殺気で反応できるのはそれだけ戦いで慣れていると言うことだ。並の相手ではないだろう。

 しかし、敵とはいえ、相手の素性を知ってしまったのだ、なるべくなら戦いたくはない。レムは自分でも驚くほど、弱気になっていた。


「わかってるけど……」


 そう言ってレムは言葉を詰まらせた。

 ブラッドはそんな気配を感じ取ってか、


「残ったクレープ食っちまえよ、レム」


と少し明るい口調で言った。

 それで少しだけレムの表情が晴れた。こういうコントロールがブラッドは意外に上手い。


「うん」


 その時、気配を感じた。レムは瞬時に右上に顔を向ける。一瞬だけ、気配がした。


「誰……だ? 私を、呼ぶのは……」

「レム! どうした?!」


 急にブラッドが声を荒げた。


「え、私、どしたの?」

「物に取り憑かれたような面して、何かに呼応してるみたいだったぜ」


 そう言われて少し背筋が凍った。自分が何を言ったのか覚えていない。

 セラフィムの奥が、強制的に出てきたのだろうか。


「なんだろ? 何かに呼ばれた気がしたんだけど……」


 ここまでは記憶がある。だが、そこから先の数秒の記憶がすっぽりと抜け落ちている。

 この感覚は、なんだ。


「なんかいるのか?」

「かもね」


 そう言った後、レムは相も変わらずの気楽な思考で今まで感じていた妙な感覚を消し去り、


「ま、どーでもいいや」


と言って残ったクレープを頬張った。


「あ、ブラッド、そっちととっかえっこしない?」

「はぁ?」


 ブラッドはレムの言葉を思わず聞き返した。


「いいじゃん、食べたいんだから」


 少しだけレムは甘えてみた。こういう姿は年相応に見える。

 あくまでも彼女はまだ一六歳の少女なのだ。普通ならば今頃学校へ行って友人達とのんびりと過ごしているであろう、そんな年頃。甘えの一つくらいする。

 そんな様子に苦笑しながらブラッドは


「……しょーがねーなー……ほれ」


と言って渋々と自分のクレープとレムのクレープを交換した。

 そして、二人同時にそれを頬張る。


「うん、美味い」


 レムは本当に幸せそうな顔でクレープを頬張っていた。

 彼らはこの数時間後、先程の男が『ヴォルフ・D・リュウザキ』という名の華狼エースパイロットにしてイーグであることを知ることとなる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ビルの屋上から一人の少女のような『何か』がレム達を監視していた。

 見た目はおおよそ一四,五歳の銀髪の少女なのだが、左右の腕は拘束具に包まれ、体にもいくつかの拘束具があるそんな奇っ怪な姿をした『何か』だ。

 少なくとも人間には見えない、雰囲気が明らかに人間の持っているそれと違いすぎる。


「さすがじゃな、わらわに気付くとはまだ勘は衰えとらん証拠じゃ。勘の鋭さは相変わらずじゃ。面白いことになるぞえ。そうじゃろう……セラフィムよ」


 その存在はニヤリと笑いながらそのビルの屋上から飛び降り地上へと向かった。

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