第一幕終章

AD三二七五年六月二六日午前八時三〇分


 朝から、また随分とやかましい。

 叢雲で迎えた二回目の朝を、ゼロはそういう感想で迎えた。

 結局あのまま一睡も出来なかった。あの栄養ドリンクが効き過ぎたかと、今では飲んだことを後悔している。

 しかし、なんでこんなにやかしいのだと思ったら、給料日だった。ベクトーア軍課は原則毎月二六日に給与が出て、ボーナスは正月に一斉に六ヶ月分支給されるようになっている少し変わった制度を持っている。

 既に行列は長かったが、自分は結構前にいる。金のことは、昔からの性分でどうしても気になってしまう。

 しかし意外なのは、後ろにルナがいたことだ。それも眠そうな目をこすっている上寝癖も未だ直っていない。本当に病的に朝弱いようだ。

 大方、あと一時間半もしたら着くことになる補給基地とのコンタクトとかが忙しいのだろうと、ゼロは思った。


「眠そうだな、てめぇは」


 ゼロの一言の後、ルナはすさまじく大きな口を開けて大欠伸をした。


「眠いわ……普通に眠いわ」

「お前がそんな調子でどーすんじゃい」


 ゼロの一つ前にいたブラッドが呆れるように呟く。

 タバコが恋しいのか、禁煙ガムをかみ砕いている。さすがに艦内は指定された場所以外での喫煙は厳禁だから、それがきついのだろう。


「よ、おはよーさん」


 アリスが横から軽く挨拶する。


「あ、おはよ」


 ルナもそれに答える。

 通帳を見て、妙に態度が上機嫌になっている。それなりに給料が入ったのだろう。大方、ロクでもない趣味に金使うんだろうななどと、ゼロは何となく思っていた。


「ルナ、ええ加減これ済んだら他ン仕事片づけぇや。他人巻き込むんは感心せぇへんで」


 呵々とブラスカが笑いながら通り過ぎていった。

 恐らく、あの男の性格からして断り切れないのだろう。だから手伝ってしまうのだ。実際、彼は散々ルナに色んな書類を押しつけられたことは、後で聞いた。

 その時、後ろから


「早く行けこのバカ!」


と罵声が来た。

 気付くと、いつの間にか自分の出番になっていた。相当疲れが溜まっているのか、気付けなかった。

 口座の残高を確かめる。

 その時、頭に思いっきり石でも当たったかのような強い衝撃を受けた。

 確かに、二五〇〇万は入っている。しかし、しかしだ。


「借金、まだ、あったのか……」


 取り立て屋から最近電話が掛かってこないから、すっかり忘れていたが、まさかまだあるとは思わなかった。

 ざっと一〇〇〇万。なかなかにいい値段だ。当然初任給など入った時期が短すぎて存在しない。

 更に冷静になってみると、紅神のメンテ費用も少し負担することになっている。結局今月分は、赤字ではないか。

 しかも税金まで引かれている。給与はないのに税金は持っていくのだ。無性に腹が立ってきた。

 いつの間にか、拳を振り上げていた。なんだかキャッシュディスペンサー一つにも頭に来る。

 だが、破壊しようとした直後、今度は頭に物理的な衝撃が来た。

 倒されたことに気付いたのは、少し経ってからだ。

 倒した奴はどこのどいつだと探そうとするが、すぐに分かった。

 レムが、溜め息を吐きながら自分を見つめている。


「自分で借金やっときながら物に当たるとはねぇ。まったくガキっぽいところがあるんだから……」


 お前の方がガキだろうとゼロは内心感じていたが、なんか怒ることにも疲れてきた。

 いちいちこんなバカガキに構っているだけ時間の無駄のような気さえする。

 とりあえず立ち上がって、ほこりを払った。


「まったく、うちの姉ちゃん見習ってみ? ああ見えても割と大人……」

「ぬがぁぁぁぁぁぁ!」


 レムの声を遮って、大人のはずのルナの絶叫がこだました。思わず耳を塞いだ。


「何が! 何がゲイルレズの修理代よ! ふざけんじゃないわよ! なんで軍から引き落とされないのよ! なんであたしの給料から引かれてるのよ!」


 ATMをゆらしながら大騒ぎしている図は、大人とか子供とかそう言う問題ではなく、人として間違っている気がしてきた。


「で、あれがお前の言う大人なのか?」


 レムに聞くが、答えに窮していた。

 こんなのが隊長なのかと思うと、先行きに非常に不安を感じるゼロであった。


(第一幕・了)

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