第六話『始まりと終わりの名を持つ者』(後編)-1

後編

AD三二七五年六月二五日午前一〇時三〇分


 ベースキャンプは、異様に寂しくなっていた。結局、村正と従者しか戻らなかったからだ。

 相変わらずのテントの中だが、もう後方支援の兵士達が撤収準備を始めていた。


「ルーン・ブレイドの部隊データの最新版を先ほど送りました。間違いありません。先天性と後天性、両方現れました」


 通信パネルからは暗い影が感じられる女性の顔が見えた。

 金髪に青の瞳を持つ、そんな女性。美しいと言えば美しい。だが、人間離れした、とでも言った方が良いのか、何か嘘のあるような美を持った女だった。

 フレイア・ウィンスレット、フェンリル会長にしてシャドウナイツの全権を持つ女性である。


『ご苦労だったな、村正。あの二人、生かして捕まえる必要がある。殺してしまってはそれまでだぞ』


 フレイアは冷徹な顔を彼に向ける。その声はいくらか冷酷な気配を漂わせていた。

 どうもこの女が、村正は苦手だった。淡々としていると言うより、なんというか、怖いのだ。人間の感触が感じられないのである。


「わかっています。しかし連中の装備を考えると俺一人では到底手に負えません。スコーピオンも全滅です」

『わかった。それに関しては何も言わぬ。相手が悪かったと思うしかない。お前はアシュレイを離れろ。そこにはもう用はない。エルルへ向かえ』


 エルルというのはベクトーアと華狼の境にある中立都市だ。そこにもまたレヴィナスが眠っているのだろうと、村正は思った。


「了解」

『念のため聞いておくが目的は忘れてないな?』

「はい、ルーン・ブレイドの調査と、アーク遺跡の情報収集ですね」

『よろしい。そろそろ輸送機が着く頃だからそれに乗れ。以上』


 フレイアは冷徹な顔を崩さず無表情で言い放ち、一方的に通信を切った。

 村正は通信端末をしまった後、椅子から立ち、掛けてあったシャドウナイツの制服である黒のロングコートを持ち、テントを出た。

 カッと差し込んでくる日光、村正はそれに目を細める。雲一つ無い空が広がっていた。

 そんな空に向けて、彼は楽しそうな表情で言い放つ。


「鋼、俺がお前を殺す。それまで生き残れよ。俺の楽しみは残しとけ」


 彼はそう言い、輸送機の着陸したエアポートへと足をゆっくりと運んでいった。

 そこには既に従者もいる。

 この男は何者なのだろうと、ふと思ったが、そんなことは、晴れ渡った空を見ているとどうでもよくなった。


「寝るぞ。というか、寝かせろ。俺眠いし」


 村正は輸送機の中に入るやいなや、従者にそう言った。


「かしこまりました。ごゆっくりおやすみください」


 そうとしか、従者は言わなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「隊長、補給所まであと五キロ程度です」


 華狼第二七機械歩兵師団はM.W.S.が輸送されているトレーラーに乗りながら、後続の補給部隊とともに補給所へと移動していた。

 しかし、隊長であるエミリオの表情は暗い。ドライバーの声にもただ「そうか」と言うだけだ。

 彼は窓を開ける。風が吹いた。それで彼の赤毛が揺れた。

 そんな風に揺られながら彼は一人、自分の家族へと思い焦がれた。

 だが、その直後に来るビジョンはいつだって血まみれの自分だ。復讐鬼となりはてた自分を果たして誰が喜ぶのか。

 そう思っていても、今の彼は歯止めを知らない。

 それに、仲間もやられた。本来ゴブリンを積んでいるはずの三台のトラックの荷台は空っぽだ。


 墜ちるところまで墜ちてやろうか。


 ミラーに映った空の荷台を積むトレーラーを見ながら、何故かエミリオはそう思った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 奴は、雄々しく死んだのだと、スパーテインは自分に言い聞かせた。

 一人だけ、自分の麾下に戦死者が出た。割と古参のメンバーで二丁の小斧を使う男であったが、見事にルーン・ブレイドのエイジスによって突き殺された。

 コクピットをオーラナイフで一突きにされていたのだ。見事としか、言いようがなかった。

 晴れと曇りの入り交じった中途半端な空模様だった。

 アシュレイからそう遠くない基地へ向かい、機体の修理を行うと同時に、略式葬儀を済ませた。また、新しい人材の確保を行う必要があった。

 一人だけ隊に空き枠がある。目を付けている兵士は何人かいる。その中から選抜すればいいだろうと、スパーテインは思った。


「少佐、連中の行き先が判明しました。エルルです」


 史栄が報告書片手にスパーテインへと寄ってきた。

 スパーテインは眼下に広がる光景を見ながら一つため息を吐く。


「今度はあそこか。やれやれだ……」


 しかし、自分に出番はないだろう。本国へ行かなければ、夜叉の修理は無理だ。

 それに、人材を確保するにも、一度本国へと帰った方がいいと思った。


「しかし、よろしかったのですか? ルーン・ブレイドの連中をあっさりと逃がしてしまって」


 確かに言えたことだ。このまま戦闘を続行させておけばいずれは間違いなく華狼側が勝利したであろう。

 だが、スパーテインはそれをしなかった。史栄が疑問に感じるのも、無理はないのかもしれない。


「あの娘、コンダクターだろう。あのような例のない存在のいる水先案内人には生きてもらわねば困る。乱世を止めるためにはあの娘の力が必要だ。その力、どこまで通用するか、見極める必要があった。だからあえて生かした。どれほどの地獄を経て強くなるか、それがどれほどの力を秘めるのか、私にはそれが興味深い」


 要するに今のルナの状態では話にならないと言いたいのだ。

 腕はいい。年齢にしては度胸も据わっている。戦術や戦略も、割と舌を巻く出来だ。

 だが、それにしても精神的に弱すぎる。何度も、自分の気に圧されたのを感じた。

 そのため彼としては勝負が対等にできるようになる程強くなってもらいたいのだ。

 そうしてもらわなければ、退屈で仕方がない。


「そんなもんですか?」


 一通りの説明が終わった後に史栄が聞くが、ただスパーテインは


「そんなものだ」


と言い返す。

 だがその時、何故かスパーテインは、薄い雲で完全に覆い隠された空模様に国の、いや、世界の未来の様子を見た気がした。

 このままこの戦はどうなるのか。

 そのことが、今のスパーテインには気がかりだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ようやく書類をすべて書き終えた時、既にゼロの指は限界に来ていた。


「はい、ご苦労さん」


 目の前のアリスは平然と言い放つ。まるで感心していないようだ。

 アーマードフレームは先ほどから妙な音を立て始めているし、指は腱鞘炎寸前ときた。

 指先はもっと痛い。ナノインジェクションの影響で、ちょっと傷つけた程度では瞬時に再生されてしまい血すら出てこないからだ。そのため多少深く切らざるを得ず、肉を思いっきり切ったのである。しかしそれでも再生するから何度も同じことをやった。

 その結果、見事なまでに今の彼の指は血塗れになっている。


「おーい? 大丈夫?」


 アリスの問いかけにゼロは元気ない声で言った。


「大丈夫に見えるか……?」

「そりゃそっか」


 アリスは軽いため息をはく。

 その後、ゼロはアリスに無理矢理起こされ、居住区域に連れて行かれた。

 なかなかに落ち着いた場所だと、ゼロは思った。戦艦とは思えないほど設備が行き渡っている。

 昨日連れて行って貰った食堂と言い、ここと言い、ゼロの想像以上に艦内設備が整っている。もっとも、その代償が最前線へと頻繁に送られることなのだろうが。

 部屋の自動ドアのロックをアリスはカードキーで解除する。

 部屋は誰も使っていた形跡がない。だが、比較的清潔感は保たれている。常日頃用務員が清掃していたのだろう。


「ここが今日からのあんたの部屋。どうよ、結構良さ気っしょ?」


 アリスの言葉通り、ゼロは確かに悪くない印象を持った。

 部屋のサイズはおおよそ六畳。その中にすべてのインテリアが備わっている。

 が、いつの間にか自分の荷物がすでに部屋にあるのだけは納得いかない。

 最初からこれを目論んでいたのかとゼロは今更になって思った。

 ゼロはその様子を呆れると同時に部屋を物色した。

 クローゼットの中には、ベクトーアの軍服一式が全て取りそろえられていた。ネービーブルーの海軍式である。


「で、こいつを着ろと?」

「そゆこと。ま、自分で多少のリメイクは認められるけど」


 確かにアリスの言うとおり、これを一式身につけている奴は、考えてもみれば今までブラスカくらいしか見たいことがない。何度かベクトーアの連中とは共に戦ったことがあったが、それでも一式身につけている奴は少なかった。恐らく五指で数えられる。

 規律は、思ったよりも緩いらしい。割とベクトーアはいい加減のようだ。

 トップがイタリア系の血が混じっているから、仕方がない気もした。

 着替え終えると、ゼロはアリスにジャケットを持たせた。


「片袖切る」


 そう言って彼は武器ケースから両刃刀を持ち出し、一気に振りかぶって、袖を豪快に切った。

 袖があるとアーマードフレームが邪魔でしょうがない。

 アリスは平然としていた。やるだろうとは想定できていたらしい。

 ゼロがジャケットをアリスの手から取って着た。ジャケットの袖からは見事にアーマードフレームが露出している。動かしても、邪魔にはならなかった。

 マシンガンも、上手く展開できている。上出来だ。


「ふ~ん、いいンじゃん?」


 アリスの感想はそれだけだった。


「で、この余った袖はどーすんの?」


 アリスのもっともらしい疑問にゼロは答えを窮し、苦笑した。

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