第六話『始まりと終わりの名を持つ者』(前編)-1

AD三二七五年六月二五日午前四時三八分


 目の前に光があった。それが白色蛍光灯の光だと気付くまでには、そう大した時間は掛からなかった。

 どうやら自分が寝かされており、手には点滴が付けられていると言うことも、理解できた。


「……ここは……どこだ……」

「叢雲の医務室よ」


 間髪入れずに聞こえてくる女性の声。その方向を向く。

 ルナだった。

 ようやくそれで自分の置かれた状況を鋼は整理し始めた。

 アシュレイ駐屯地で、自分の愛機を使って、巨大な銃身を地下に向け、そして、赤き光を出した。

 そこまでが彼の記憶。その後は気を失ったらしくまるで覚えていない。


「フレーズ……ヴェルグか」

「どうして……」


 ルナの声は少し震えている。

 それが男には何故なのか分からなかった。

 その言葉が出てくるまでは。


「どうしてあんな無茶したの?! 死ぬ気だったの?!」


 今までにないほど、その表情は憂えていた。泣きそうな顔をしている。

 すぐに泣くのは軍人らしくはないが、この女は、ほんの些細な他人の不幸にも泣くことが出来る女なのだろうと、鋼は心底感じた。

 確かに、やった行動は無茶なのだろう。暴走した発電施設から発せられたエネルギーと全く同様のエネルギーをデュランダルのガンモードで放出して、威力を相殺したのだから。

 その後どうなったのかは、ルナから聞いた。その口調は、割と落ち着いていた。


 その結果、基地の崩壊は免れ、その時の被害も最小限に済んだが、紅神のマインドジェネレーター内部のバッテリーが完全に上がった上、機体もオーバーヒートを起こし、現在は各部を強制解放して修理中だそうだ。更に自分も、デュランダルガンモードの二連射という相当量の気を消費することをやってのけたが故、気を消耗しすぎてダウンして、病室に運び込まれたそうだ。

 そして、肝心のレヴィナスは、エネルギーを放出しすぎて最早使用不能で、七色に輝く、何のエネルギーもないタダの石ころと化したそうだ。

 更に言うなら、華狼の第十四、並びに二七機械歩兵師団は元々レヴィナスの輸送護衛のために派遣された部隊であったため、そのレヴィナスが無くなった今アシュレイから早期に撤退(基地の致命的とも言える打撃によって華狼側がアシュレイを放棄した事も重なった)して再度各地の戦場へと散り、フェンリルの村正もいつの間にかいなくなっていたという。

 結局、今回の戦闘行動は三陣営の痛み分けに終わったのである。


「結局、無駄骨か」


 呵々と、鋼は苦笑した。


「一応、契約した通りの行動はしてもらったから、ベクトーアの方から報酬は支払うと、連絡は受けてるわ。でも、なんでも何とかしちゃうのね、あなたは。みんな逃げたり、逃がしたりすることで手一杯だったのに、あなた一人だけ、諦めずに駆け抜けた。すごい勇気だと思うわ、あたし。正直、少し、尊敬しちゃった」


 そう言われて、少しだけ、鋼はこそばゆい気持ちになった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ルナには本当にこの男のことが羨ましかった。

 自分には持っていない強さを彼は持っている。

 絶対に諦めない、その信念。逆境に遭おうと、たとえそれがどんなに辛かろうと、最後まで諦めず、ただひたすら進む。

 そんなことが自分にもいつか出来るようになりたいと、彼女は思った。

 その後、少し休んでから、鋼はベッドから起きあがり、点滴を外されると、そのままベッドから出た。


「さて、そろそろ、行くとするか」


 彼としてはこのまままた別任務に行くつもりなのだろう。すぐに医務室を後にしようとする。

 止めようと、ルナは思った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ふいに、ルナの気配が固くなった。一度立ち止まり、ベッドの横に座っているルナの様子を見る。


「どしたい?」

「……ねぇ、やっぱり一緒に来るの、無理?」


 返答は出さなかった。

 迷っていた。ルナは本気なのだ。そのことを察知したからこそ、彼は踏みとどまった。

 傭兵としてこのまま孤高に生きるか、それともたとえ企業の狗になろうとも仲間を得て情報を徹底的に収集するか、どちらの選択肢を選ぶべきか、迷っていた。

 ルナは立ち上がり、男の元へと話ながら歩んでいく。


「絶対に諦めないその思いが、今の世に必要である、そんな気がするの。その力を持っていることって、すごいことなのよ?」


 彼女は鋼の前に来た。


「その思いと、あなたの持っているその力、あたしにも少し分けて下さい。お願いします」


 ルナは一度頭を下げた。

 彼女もここで食い下がりたくはないのだろう。

 ルナの瞳の奥底には、底知れない力があった。同時に、まるで水のようとでも言わんばかりに優しい目をしている。

 他人の瞳をよく見つめた事なんて無かった。だからこそ彼は余計に押される。

 その目で、ようやく、迷いが解けた。

 鋼は一度後ろを向き、頭を少しかいた。


「……なんだかんだ言って、馬鹿は現れるし、わけわかんねぇ奴は現れるし、世の中わかんねーことだらけだ。金もねーしよぉ……それに……」

「それに?」


 ルナの言葉の後、鋼は再び、ルナの方を向いた。


「こっちにいた方が色々と情報が集まりそうだしな」


 その言葉を聞いた瞬間、ルナの顔に徐々に笑顔が集まっていく。


「それじゃあ……!」

「傭兵家業はしばらく休業だ。てめぇらについてってやる」


 その一言でルナは感極まった。

 ほろりと一筋の涙が浮かんだ。


「……ありがとう……」

「ったく、おめぇは本気でよく泣くな。疲れね?」


 彼は苦笑した。

 その言葉でようやくルナは少し泣いている事に気付かされたのか、急いで涙を拭った。


「べ、別に泣いてなんか……泣いてなんかいないんだから!」

「変な奴だな、おめぇは」


 鋼はフッと笑った。

 ルナもまた、少し笑っていた。


「じゃ、次。あの約束、果たしてね。名前、教えてくれるって約束」


 何処か、子供っぽい仕草を見せるときがあるこの女を、鋼はいつの間にか好きになっていた。

 そして、彼はルナの言葉に、ただ


「ゼロ」


とだけ言った。

 きょとんとした瞳を持っている彼女に対して、鋼は確認の意味も込めて、再度、言い放つ。


「ゼロだ。全ての始まりにして終わりの番号を持つ者、それが俺だ。覚えとけ」

「へえ、ゼロ、か。いい名前ね、『鋼』だと無骨すぎるから、この名前で呼ばせて貰うわよ。じゃ、よろしくね、ゼロ」


 ルナは少しだけはにかんだ笑顔で握手を求めた。

 鋼の異名を持つ男-ゼロはそれをすんなりと受け止め、ルナの柔らかい手と自分の生身の腕とで握手した。


「ああ、頼むぜ、『隊長』さんよ」


 この時からゼロはルナのことを『隊長』と呼ぶようになる。何でも名前で呼ぶのが恥ずかしかったらしい。

 確かに彼は仲間と共に過ごした期間の短さから仲間内を名前で呼ぶと言うことをした試しがなかった。彼が仲間の名前を言ったとき、それこそ彼が真に仲間になったといえる証拠では無かろうか。


「あたしにはルナって言う名前があるの!」


 二日前の夜と変わらず彼女はそう吠える。


「てめぇなんざ当分この名前で呼ばしてもらうぜ」


 ゼロは少し意地の悪そうに笑った。

 彼女と会ってたった二日だというのに、何故こうまで忘れかけていたいくつもの感情が蘇ったのだろう。

 ゼロは疑問に思った。


「もう!」


 ルナはむくれていた。

 そんな時、医務室の壁一面にセットされていた外部映像を映し出すバーチャルリアリティが外の様子を映し出す。

 そこには、朝日が昇り始めていた。


「あ、朝ね」

「朝日はどこにだって昇る、たとえ、どんな場所にだろうが」

「そうね……綺麗ね……朝日」


 彼らは眼下に広がる朝日の眩しさに見とれていた。

 そんな時、ふと誰かが吹き出す声が聞こえた。

 そして聞こえてくる大笑い。


「誰だ?!」


 ゼロは思いっきり顔を赤らめながら周囲を見渡す。

 その時、病室奥のベッドにあるカーテンが開いた。

 そこから出てきたのは、レムだった。そう言えば、あの時奇妙な光を発した後に、ブラッドが彼女を回収し、アリスが運び込んだのを、すっかり忘れていた。

 医務室にいても不思議ではなかったのだ。

 不覚を取ったと、心底ゼロは感じていた。


「にょほほほほほ、いやはや、見事なまでにクサイ台詞の応酬、実におもろいね、うん」


 レムはまたも少し意地の悪そうな笑みを浮かべている。


「ぜ、全部聞いてたの……?」


 ルナはもう完全にはめられたと思ってか、頭を片手で抱えていた。


「いやさ、実は結構前から起きてたんだけど、実に面白そうな会話が聞こえてくるもんだから放っといたんだよ。そしたらも~聞こえてくる聞こえてくる、実にクサイ台詞。てゆーか聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃったよ」

「あなたの脳にはロマンとかその手の言葉はないわけ?」

「夢の中でロマンを追い求めるくらいなら現実で血反吐吐くまで汗水垂らしてなんとかするタイプっしょ、私は。姉ちゃんだってわかってるくせに」

「夢がないわね~」

「今起こっている事態の方が私にとっちゃよっぽど夢みたいだよ」


 確かにレムの言うことも道理だ。コンダクターなど、端から見ればパラノイアの妄想にしか聞こえないが、現にあれは存在する。


「で、正直言うけどさ、私にとっちゃあんたが入るってことすら夢に見えるね、うん」


 レムはゼロをみながらただ一つ自分で頷く。


「ああそうかい、こんガキ」

「おお、やる気? さっきはあんたがバカしたせいで決着つけらんなかったんだから、今度こそは叩きのめしてやろうじゃないの」


 レムは立ち上がり、指を思いっきり鳴らす。

 だが、そのとき、二人の背筋が瞬時に凍った。

 玲だ。

 玲が鬼の形相で扉の前に立っているのだ。しかも愛用している両刃刀まで抱えて。

 しかしこれは両刃刀と呼んでいい代物なのだろうか。異様に長い刃先の中心に柄の部分がくりぬいてある。両刃刀と言うより一本の巨大刀である。

 華狼時代から遣っている物だったが、まだ残っていたとは思わなかった。


「てめぇらいつまで俺様の睡眠を邪魔すりゃ気が済むンだ、こら……」


 完璧に切れている。もう殺る気満々だ。

 やばい。

 三人とも瞬時にそう考え、レムに至っては病室着のまま医務室から逃げた。

 その形相はあまりにも必死だった。

 しかし、睡眠を妨げただけですぐに切れるような医者を医療班班長に任命しておく方もどうかと思うがな……。

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