第五話『死闘』(4)-3

「き、貴様は……いったい……なんなのだ?!」


 村正の目の前にいる男は、ヤケに肥えた男だった。見るだけで生理的に嫌いになるような人間の目をしている。

 アイオーンが出てきたことが、功を奏した。

 紫電をすぐさま解除するやいなや、レーダーに引っかからない生身での行動に終始したのだ。幸い基地の内部の警戒は想像以上に薄かった。営巣の中に基地司令が監禁されていることは、従者が基地の兵士を脅迫して吐かせた。


 言われたとおりに十二機のスコーピオンの退路を確保した直後、十二機が壊滅させられたため、従者は退路の確保だけした後、短刀を片手に自分の横に獄舎に入る前から付いて来ている。

 当然、その吐いた者は始末したそうだ。死体がそろそろ見つかる頃だろう。だから村正としては早急に片付けたかった。


 営巣の前には手練れの兵士が三人ほどいた。恐らくこれが華狼のルクス・フォン・ドルーキンの私兵だろう。あの男はこういった重要な事態に、私兵を差し向けることがある。

 しかも割とその私兵が優秀だった。短刀を片手に村正に迫ったが、なかなかどうして三人とも息が合っていたのだ。いわゆる忍(しのび)という奴だろうと、村正は思った。


 気付いたときには体が勝手に駆けていた。一人の首をフィストブレードの剣先を貫くと、そのブレードをすぐに切り離して反転し、もう一人を始末した。ブレードは、首を貫いた兵士ののど元に突き刺さったままにしてある。回収するのが面倒くさかったからだ。

 最後の一人は、従者がやった。


 そして牢を開けてみると、そこには怯えた司令官がいたのだ。

 しかし、何でこのコートで自分が何であるかわからんのだと、村正は呆れていた。


「しょーがねーなぁ、教えてやるよ。フェンリル幹部会直属戦闘専門近衛騎士団」


 その瞬間、一瞬で司令官の顔色は青ざめた。


「ま、まさか……シャドウナイツ……?!」

「気付くの遅すぎ。でだ、レヴィナスは何処だ?」


 村正は司令の喉元に血染めの剣先を突きつける。


「は、発電施設だ! 地下にある!」

「はいよ、ご苦労さん」


 そう村正が言った直後、彼はすぐにフィストブレードのトリガーを引いた。その瞬間、前面部に仕掛けられた刃が司令官の喉元を直撃した。

 喉から血を流しながら、司令は倒れた。


「さて、発電施設に行くか」

「地下と申しておりましたからな。それに、そろそろアイオーンも殲滅される頃でしょう。急いだ方がよろしいかと」


 従者がそう言った直後だった。


『自爆コード、確認。機密保持のため二四〇秒後に当駐屯地は爆破されます。関係者は速やかに避難して下さい』

「自爆だと?! 何をバカなこと考えてる?!」


 従者が司令の死体の近くに寄った。すると、手首にバイタルを測る時計のような装置が仕掛けられていることに気付いた。


「この司令のバイタルが途切れた段階で、自爆コードをセットするように仕掛けられていたようです。脱出しましょう。今の段階では、レヴィナスは奪還できませぬ。完敗です」


 従者の言葉に、村正は一度舌打ちした。

 先程、司令は発電施設にレヴィナスがあると言った。恐らく、この駐屯地を吹き飛ばすと言うことは、発電施設を暴走させ、レヴィナスの力で一気に吹き飛ばすつもりだろう。

 レヴィナスはたった数グラムで爆発的なエネルギーを作ることが出来る。それがこの地下にある発電施設の反応炉と直結してあるとすれば、確かに駐屯地は跡形もなく吹き飛ぶ。


 こんなことには付き合ってもいられない。

 ふと、にやけた司令の死に顔が見えた気がした。首を斬りたい衝動に駆られたが、そこまでやるほど時間に余裕はない。


「退路は?」

「既に確保済みでございます」


 だが、このまま撤退するのはあまりにも夢見が悪すぎる。

 村正は瞬時に紫電を召還すると、従者を乗せ、自分の弟の場所へと向かった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アイオーンを完全に撃破してベクトーア、華狼両軍は一度戦力の立て直しを図っていた。

 レヴィナスの奪取までには、まだ至っていない。

 しかし、こちらの戦力はわずか四機だ。対する華狼は、M.W.S.一〇機を含めた計一二機。三倍強の戦力差がある。


 退くべきだろうかと、鋼は考えていた。

 援軍を待つのは得策ではない。だが、ここで奪わなければ、作戦は水泡と化すし、だいたい自分にも金は支払われない。

 厄介なことになったと、思わざるを得なかった。


 ルナに通信を仕掛けても、緊張しているのか無言だ。やはりまだそこが若い。

 そんな中、紅神のレーダーが反応した。それは全機同じだったようで一斉にその方向へ銃口が向けられる。

 紫電だ。


「今更来やがったか!」


 鋼はデュランダルの銃口を村正へと向けた直後、彼が外部マイクを使って一斉に呼びかけた。


『早く逃げろ、ここが吹っ飛ぶぞ! レヴィナスは地下だ! 発電施設と直結されてる! 司令が死んだら、自爆コードをセットするようになってやがったんだ!』


 ヤケに必死な声だ。だが、演技であることも考えられる。


「何バカなことを……」


 鋼が呆れながら呟いた直後、基地全体が警報に包まれた。


『戦闘員、非戦闘員にかかわらず脱出せよ! 自爆コードが仕掛けられた! 後百五十秒で爆破する! 解除は不能! 繰り返す……』


 叢雲側からも同様の通信が入った。深度が深すぎるのだろう。短時間で地下に辿り着けはしないし、それに、そんな簡単に自爆コードが解除できるとは思えない。

 鋼はその状況に


「くそったれ!」


と悔しさに満ちた表情を示していた。


『全機後退! なるべく遠くまで離れて!』

『生き残っている者を直ちに回収しろ! 負傷兵の回収急げ! 我々もこの領域より撤退する!』

『騙されたと知れば用はない! 第二七師団、撤退する!』


 ルナ、スパーテイン、エミリオの三人の声により、各軍の機体や兵士達が撤退を始めた。


 逃げるか。


 鋼がそう思ったとき、『奴』の、声がした。


『また逃げるのか、お前は』


 あの時、自分の左半身を切った男。師だった男。誰よりも、不器用だった男。


 奴の声が、ガキの頃に言われたあの言葉が、何故今になって語りかけてくる。

 何故、何故、何故。


 問い続ける。答えは、出ない。

 あの先に、答えはあるのだろうか。


 そう思った直後、鋼は機体をすぐさま反転させ、駐屯地へと引き返し始めた。

 カウント残り四五秒で、だ。


『ど、どっちに行くの?!』


 ルナの言葉にも、反応せず、一目散に駆けた。


 発電施設の暴走を、止めてやる。


 何故か、そう思った。

 走馬燈など、巡らなかった。

 

 俺は、傭兵になど向いてねぇんだろうな


などと思うだけだった。


 鋼はフットペダルを更に強く踏み込み紅神を加速させる。その最中に、デュランダルを再びガンモードに展開し、チャージを行い始めた。

 ブースターが悲鳴を上げ始める。

 だが今の鋼にそんなこと関係なかった。

 ただ、暴走を止める。

 今の彼にはそれしかない。


 戻れ


と、村正が叫んでいた気がした。


 ルナが、泣きながら自分を静止させようとする声を発している気がした。

 ルナの悲痛な叫びがコクピットに響いた。


 発電施設がある場所につく。

 そして、移動中に溜め込んでいたエネルギーをデュランダルの銃口に収束させた。

 チャージはまだ終わっていない、下手したら機体ごと吹っ飛ぶ危険性も秘めている。


 だが、発射できるのならば、その馬鹿げた賭けに乗ってみるのも、また一興だろう。

 それに、奴に復讐をするつもりでまだ生きているのだ。こんな所で死ぬのなら、俺は奴に適いやしないという証なのだろうと、鋼は感じた。


 それに、諦めたくはないのだ。

 自分の、本当の名。鋼ではない、本当の名が、そうであるように。


 カウントが残り五秒を差している。

 だからこそ、彼はためらうことなく、地表にデュランダルの銃口を向けた。


「俺は、俺は、俺は……!」


 カウントが、消えたと同時に、叫んだ。


「諦めねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 そして、その言葉と同時に視界を支配したのは、赤い光だった。

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