第五話『死闘』(4)-2
数が多すぎる。
鋼は紅神を疾走させながら、そう感じていた。
先程から叢雲の援護射撃があった。多弾頭ミサイルが一発、基地に降り注いだが、それでもまだイェソドの数が多い。むしろ、また増えた。
まるでゴキブリだ。叩いても叩いてもラチが明かない。
こうなれば、あれをやるより他になかろう。
デュランダルのもう一つの姿。究極の破壊兵装としての姿の封印を解く。
「フレーズヴェルグ、てめぇに頼みがある」
ルナに通信を入れると、彼女は額に汗を浮かべながら、割と鬱陶しそうな顔をしていた。
『何?』
「デュランダルをぶっ放つ。チャージにかなりの時間を割かざるを得ねぇ。それまでの間の護衛を頼む」
『え、だって、デュランダルって……』
「こいつぁ銃剣だ。出力さえ抑えきりゃ問題ねぇが、暴走すりゃこの地域数十キロが消し飛ぶ。だからてめぇに防衛を頼むんだよ」
『そんな危険な兵器だったの?!』
ルナが声を荒げた。
実際その通りで、最初期のデュランダルの破壊力はフルチャージで撃った場合、七〇〇〇平方キロメートルの巨大な湖が出来上がるほどだったという。
それはあまりに威力がありすぎると改良が進み、今では最大出力で放っても前方二.五キロを消し飛ばす程度になった。
だが、それでも狂気の破壊兵器の代名詞である。だから出力を極端に押さえ込むのだ。
数の問題や、自身の体力から考えると、出力は四〇パーセントがいいところだろう。となれば、必然的にチャージにかかる時間も分かる。
『チャージとかは、どれくらい必要?』
「一分半だ」
『意外に長いわね……。了解、その威力見せて貰います』
ルナがそう言うと、横にいた空破が敵陣へと駆けていく。
迅速な動きをすると、鋼はルナを見ていてつくづく思った。決断までの時間とそこから先の行動が偉く迅速なのだ。だから精強でいられるのだろう。そういった精強な連中を潰すのは、個人的に非常に面白くない。
ならば手助けをするのも一興だろう。それが傭兵としての分別を越えていたとしても、だ。
コンソールパネルの武装選択画面からデュランダルのリミッター解除パスワードを入力した。
「デュランダルリミッター、解除。システム、ブレードモードより変更、ガンモードへシフト」
AIがそう言ったまさにその時、デュランダルが変形を始めた。
刃先が折りたたまれ、柄がデュランダルを前方へと持ち上げる。
両刃刀から二つの銃口が横並びした大型カノン砲へと変貌を遂げた。
紅神自身も体中のあらゆる場所から放熱フィンを出す。そしてデュランダルは双方の腕から延びてきたエネルギーチューブと直結する。
射撃体勢が整ったことを、AIが告げた。
気が、徐々に自分の体から流れ出ているのが分かる。
後は、自分の体が持つかどうかだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
守ろうと、何故か思った。
こんな思いが自然に出たのは初めてだった。
鋼の心に、圧されたのかもしれないとどこかルナは感じ始めていた。
それに紅神のチャージが終わるまで守りきらなければ女神の盾『AEGIS』の名に背く。
デュランダルが放たれるまで一分半。桁外れの破壊力があるとは、玲から聞いていた。だがそれを御することが出来るならば、この山のようにいるアイオーンを一斉に駆逐できる。
ならば、自分が囮になってその射線軸へと導いてやればいいのだ。
敵陣に切り込む。まずは前方の二匹のイェソド。空破は両手のオーラブラストナックルを展開し、一気に貫く。
灰となったのを確認する間もなく、次に向かう。
その時、急に頭痛が起きた。大した頭痛ではないが、今までより強い。
何が来る。
そう思ったときには、既に自分の拳と相手の変貌した腕とが交えていた。
相手を見て、ルナは驚いた。
ケテル、『王冠』の意味を持つ中級アイオーン。上級と中級の間に位置する量産型アイオーンの中のトップだ。基本的には一体しか出てこない。実際今回もこの一体だけだ。
しかし、ケテルの通った跡を見ると、バラバラにされたゴブリンが見えた。どうやら蹴散らしてきたらしい。
実際ケテルは下手なエイジスよりも強い。シンプルイズベストを極限まで追求した、という表現がぴたりと当てはまる。
だが、例えそんなのが来ようが、今のルナには知ったことではない。
叩きのめす。それだけを考えていた。
交わるやいなや、弾く。再び交わる。
互いの刃がぶつかり合い、一瞬閃光を辺りにまき散らす。
空破はわずかに離れながら左腕部のオーラシューターを放つ。
ケテルはそれに反応し瞬時に回避した。恐らくイェソドならば当たっているであろう距離にも関わらずだ。
さすがは王冠、ひと味違う。
ふとケテルがにやけた気がした。どうもそれが頭に来る。
空破にもダメージは相当蓄積されている。特に、スパーテインとの一騎打ちで相当のダメージが来た。
だが、持たないでどうする。
空破、あなたはあたしの相棒でしょ。ここで持たないなんてフレーズヴェルグの名が泣くじゃない。
戦乙女なら戦乙女らしく、アイオーン共をバルハラに送るくらいのことはしてやろうじゃないの!
ルナは空破を一気にケテルへと向けて加速させた。
ケテルが体中からオーラシューターを放つ。数は多い、しかし、当たる気はしなかった。
フレーズヴェルグの名の通り、自分は飛んでいると、何処か感じた。
あのオーラシューターは、撃ってくる気の弾数に比例して隙が生じる。それに、気という物は得てして連続では使えない。連続で使い続けると、精神が摩耗し、酷い場合は廃人とまで化す。だからエイジスの武器の気は常時流れないのだ。
アイオーンもそれは同等だ。空破が接近を終えた頃には、既にオーラシューターは放たれていない。レムの弱体化が効いたのか、今までよりも時間が短かった気がする。
ダメージが少し多くなっていることをコンソールは告げていたが、知ったことではない。
オーラブラストナックルを展開すると、今までにないほど、気の炎が強く揺らいでいる。
くたばれ。
ルナはそう思った直後、空破はケテルを貫いていた。
喘ぐと同時に、時間を確認した。
カウントが、〇になっていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「聞こえるか、今からデュランダルをぶっ放つ。死にたくねぇ奴ぁ射線軸から離れときな!」
鋼は全軍の全パイロットへ向けて叫ぶ。
コンソールパネルにはデュランダルガンモードの構図が描かれており、その中のマインドジェネレーターのエネルギーが最大になったことを告げていた。
「冷却システム、すべて異常なし。ドライバー、正常作動」
AIはあくまでも淡々と状況を告げていく。
自分が撃とうと思っていたラインに、ルナは自分の作戦を知ってか知らずか自分が囮となってアイオーン達を射線軸上におびき出した。
ケテルこそ彼女が破壊してしまったが、これだけの数のイェソドを集めれば十分だろう。よくやったと心底思った。
銃口にエネルギーが収束され始めた。赤い光が銃口から見える。
周囲の闇が赤く照らされ始める。冷却フィン一つ一つから紅蓮の光が舞っているからだろう。
そして、全ての準備が完了したとき、AIはただ一言、
「システム、オールグリーン」
と述べた。
味方の斜線軸からの待避は完了していた。
後は、放つだけだ。
IDSSに波紋が広がっていく。同時に吸われていく気。この時ばかりは一気に体が重くなる。
歯を食いしばった。心臓が、大きく鼓動している。
生きている。この時は、そう実感できた。
一つだけ大きく息を吸った後、叫んだ。
行け、と。
直後、デュランダルの銃口からは巨大な光の矢が放たれた。
紅蓮の光が紅神の前方を延々と貫いていく。
瓦解していくアイオーン、崩壊していく施設、そして、撃っている最中にも吸われ続ける気。
保てよ、俺の体。自分に言い聞かせる。
数秒間が、偉く長い。
徐々に収束していく紅蓮の炎の矢。それを確認したとき、鋼の額には多くの汗が浮かび、喘いでいた。
アイオーンが全て殲滅されていると分かったのは、少し呼吸を整えた後だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ルナは、呆然としていた。
デュランダルの破壊力が、こちらの想定を大幅に上回っていたからだ。
通った先には何一つ残っていない。地面はえぐれ、目の前にあったはずの基地の施設も、そしてアイオーンの灰に至るまで何もない。
ただひたすら、夜の闇が続くだけだ。
四〇パーセント程度の出力でこれだというのだ。最大出力で放っていたらと思うと、ルナは背筋に悪寒が走るのを感じた。
デュランダルの遠近両用でありながら持ち合わせた驚異的な火力、それでありながら並のエイジスより遙かに優れた機動力、そして平均以上の防御力。
全ての面に置いて強力な機体であることは否定できない。
だが、大きすぎる破壊力はすべてを滅ぼすということもまた、ルナは知っている。
自分に御することが出来るのだろうかと、ルナはふと不安に感じていた。
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