第五話『死闘』(4)-1

AD三二七五年六月二四日午後一〇時〇六分

 

「来た……ホントに来た……」


 レムはまさかと思いたかった。

 セラフィムが朝に『アイオーンの情報が全て記憶されている』と言っていたが、その通りらしい。頭の中に何故か出現したアイオーンの情報が流れ込んでくる。

 数はイェソドが二〇、ケテルが一。出現地点も急に頭の中に思い浮かぶ。


 何の冗談かと思っていたが、叢雲のオペレーターから送られてきた情報は、先程頭に浮かんだ完全に一致していた。

 世の中に起こりえないことなど存在しないのか、レムはふとそう思った。

 しかし、悩むのは後にしよう。成すべき事がまだあるのだから。


『あー、テストテスト。こちらベクトーア海軍第四艦隊ルーン・ブレイド戦闘隊長ルナ・ホーヒュニング。当戦闘区域は現在、アイオーンによって襲撃を受けている。だが、全軍勢とも現段階の戦力では打倒しがたいことは事実であると思われる。よって、アムステルダム戦争協定第一四三条特別枠『アイオーン緊急撃破特権』に従い、各陣営の協力を仰ぎたい』


 レムが聞くまでもなく、ルナは堂々と外部マイクの音量をやたらでかくして呼びかけている。

 アムステルダム戦争協定はもう千年以上前に作られた物だが、未だにこれに変わる物は存在していない。その中の一つ『第一四三条-停戦協定-』の中にアイオーンの出没が確認されたころから追加された特別枠が存在する。それが先程言った『アイオーン撃破特権』だ。

 アイオーンが出てきたらどんな戦だろうが即時停戦し、全軍併せて迎撃しろと、端的に言うとこういう規則である。

 誰が今のこのご時世にこんな条約飲むのかとレムですら思う。恐らくルナも当てにしていないだろう。


『ふざけるな! 誰が貴様らの協力など!』


 エミリオが大声で罵倒している。確かに憎しみの対象であるベクトーアと協力するのは納得がいかないだろう。今にもまた糸の大群を展開しそうな勢いだ。


『戦場を邪魔されるのは、私も気に喰わん』


 スパーテインが、エミリオを止めた。


『少佐、しかし』

『純然たる人間としての戦がしたい。このような化け物共に戦場が蹂躙されるなど、私の心が罷り通らぬ。だからアイオーンを潰す、それだけだ。フレーズヴェルグ、お前に一時協力しよう』


 戦のやりようにスパーテインはこだわりを持っている気がする。骨の髄までこの男は武人なのだ。

 ルナが尊敬するのも、何となく分かる気がする。


『了解。だが、俺は貴様らとなれ合うつもりはない』


 エミリオは憮然とした態度を崩さないまま、アイオーンの方へと狭霧を進めた。

 しかし、頭痛だけはまだ収まらない。むしろ酷くなっている。

 汗がにじみ出ていた。ヘルメットを外す。それでも、暑さは変わらない。


(数が多い)


 セラフィムの声が、脳に響いた。頭を揺さぶるように語りかけてくる、独特の感覚だった。


(何これ?)

(脳を直接刺激してるのよ。聴覚を使わないから、会話が周りに行き届くことはないわ)

(で、何の用? 私もさっさといきたいんだけど)

(レム、少し私の能力を解放するわ。結構負担になるけど)

(能力?)

(こう見えても上級よ。変な能力付いててね。大丈夫、人間には害を与えないわ)


 少し考えた。本当にこのアイオーンを信じていいかどうか迷った。

 第一相手は化け物だし、この存在もまた同様だ。


(私もアイオーンだからいつ裏切るか分からない、か)


 また言い当てられた。本当にこの人物には嘘をつけないらしい。

 それに、考えてもみれば、信じることが己の信条の一つでもある。

 それで乗っ取られたり、自分の心が死んでこいつが出てきたとしたら、私は所詮その程度の人間だったのだと、レムは思うことにした。


(想像以上にあなたはドライね)

(そうでもしなきゃ、生きてけないっしょ)

(では、使わせて貰うわよ。弱体化能力を、ね。効くまでには少し時間がかかるから、それまで耐えてよ、レム)


 そうセラフィムが言うと、急にまた頸骨の部分が蠢いた。コクピットの中を、巨大な翼が覆った。

 どんな服でも貫通した跡は無く、消そうと思えば自然と消える。そのクセに実体は存在する。何とも不思議な翼だった。

 直後、体が重くなった。これが能力を使うと言うことか、とレムは頭痛が酷い頭でかすかに感じた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 レムの動きが止まった。

 何があったのかとホーリーマザーに通信を繋げると、翼を生やしたレムが何かに集中するように瞳を閉じていた。


 ブラッドは、昨日の夜のことを思いだしていた。あの夜、レムは一度死んだのだろう。村正の刃は、確かにレムを貫いた。

 だったら次は、死なないように守りきるのが、同じチームである自分のつとめだろうと、ブラッドは感じた。

 あのレムの様子から察するに、何かコンダクターとしての能力を使う気なのだろう。それで割と戦局は優位になると、ブラッドの勘が告げていた。

 だとすればなおさら守り通す必要がある。


「ブラスカ、まだいけるか?」


 三面モニターの一角にブラスカの顔が表示される。無言で彼は頷いた。

 ブラッドはファントムエッジのデッドエンド・レイをリロードする。マガジンは今のがラスト四セットだが、十分だろう。


 直後、警報。

 真っ青なゼリー状のボディを持つ、聖十セフィラーの中の根幹『基礎』の名を持ったアイオーン『イェソド』だ。もっとも基本的なアイオーンで、正直M.W.S.の一.五倍の大きさを誇ることと、体のそこかしこからオーラシューターを放てること以外、これといった特徴はない。だからランクも下級である。


 アイオーンはその強さによって上級、中級、下級の三種に別れており、聖十セフィラーの名を持つ者は中級と下級に分類され、これらは十種類の形状と性能の違いがあるだけだ。

 しかし、上級アイオーンともなれば、総じて人語を解すという特徴がある上、中・下級アイオーンと違い一体一体がその存在独自の姿と特殊能力を持つ。レムの言っていたセラフィムなる存在などそのさしたる例だろう。

 今回の戦場には上級アイオーンは姿を現していない。しかし地味に数が多いのが厄介だ。


 実際、アイオーンは無尽蔵に出てくるときがある。それで消耗戦に追い込まれ、全滅した隊が今までどれだけあるか、ブラッドは割と知っている。

 ルーン・ブレイドは出来た当初からアイオーンに対する危機感を抱いていたようで、ブラッドが来たとき、最初にやった軍学の勉強でアイオーンの心臓部である『コア』の場所を徹底的に叩き込まれた。コアさえ破壊できれば、どんなアイオーンでも灰と化す。


 しかし、そのコアこそがアイオーンの持つ力であり、各国の求める代物でもあった。

 アイオーンの根源は魂そのものである。つまり、元来は何かしらの生命体だったもの。それを何者かが増幅させ、歪んだ形として現世に舞い戻ったのがアイオーンである。

 ある者は欲望を、ある者は無念を、またある者は未練を。そして増幅された感情は莫大なエネルギーとして抽出される。


 コアはこのエネルギーの塊だ。エネルギー需要を一気に解決できる手段として、アイオーンは極めて有効だった。だからこそ、国家はアイオーンを求めた。

 だが、殲滅しなければ人類に未来はないし、倫理的問題や、抽出作業の困難さという難点があった。

 そのため利用推進派と利用否定派とが企業国家の上層部では常に秘密裏に論戦を繰り広げている現状があることもまた、ブラッドはよく分かっていた。


 かつて自分が暗殺者だった頃、その利用推進派の幹部から利用否定派のトップを殺せと言う仕事が舞い込んだことがあった。もっとも、互いがそう言った関係であると言うことを知ったのは、ルーン・ブレイドに来てアイオーンという者の存在を知った後だったが。

 現場で働いている人間として、元暗殺者として、死んだ生命体が今更現世にどんなトリックがあるか分からないにしろ出てこられるのは薄気味悪い。まだ遺族に追われた方がマシである。


 そんなことを感じながら、ブラッドはイェソドにデッドエンド・レイを叩き込む。イェソドのゼリー状のボディが震え、かすかに穴が開いた。

 間髪入れずに同じ場所に二撃目。コアを貫く。

 イェソドが灰となり、デッドエンド・レイの上にその灰が乗った。

 自分の拳はM.W.S.なら一撃で沈ませることが出来るが、アイオーンだと二発打ち込まなければならない。その二発というのが面倒なことこの上ないのだ。間髪入れずに叩き込まないと再生されてしまい、またコアを露出させる作業を行わなければならない。


 一方のブラスカは、不知火のオーラハルバードを常に振動状態にして縦に真っ二つにたたき割った。そうでもしなければ再生が追いついてしまうらしい。

 なかなかに豪快だと、ブラッドは常々思っていた。

 直後、通信。レムだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 目を閉じると、あらゆる事に集中できた。能力とやらは初めて使うが、どうやら気をセラフィムの持つ何かしらの力の波長と合わせれば使えると、レムはセラフィムから聞いた。

 呼吸が少し荒くなったが、まだどうにかなる。


 まだ倒れるわけにはいかない。倒れるのは、せめてこの力を使い切ってからだ。

 そしてそれが仲間を守ることに繋がると、レムは感じていた。


 それにしても、まさかここまでとは思わなかった。疲れ具合は今まで体感したことがないほどだ。正直ホーリーマザーに活動限界時間まで延々乗っていた方が楽とすら思えてくる。

 後天性コンダクターは『弱体化』と『次元相転移』なる能力を持つらしい。相当の精神力と引き替えに狙った物のあらゆる活動を弱体化する能力と、別次元にいる存在を強制的に三次元空間に呼び出せる能力だという。

 翼が、熱くなってきた。

 力の波長。感じる。心の中。自分とは違う何かが、その波長を発している。


 セラフィムか。


 そう感じられたとき、レムは瞳を開いた。


「弱体化能力とやら、解放するよ」


 そう言った直後、自分の体に、光が走った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 何が起きたのか、ルナにはよく分からなかった。

 ホーリーマザーから強い光が発せられるやいなや、それはオーロラのように広がって基地全体を包み込んだ。


 弱体化と、レムは言った。コンダクターとしての能力だろうが、何のことだとルナは思った。

 しかし、そのオーロラが消えた瞬間、確かにその能力は存在したと感じられた。


 イェソドがゼリー状の腕を変化させて剣としたものと空破のオーラブラストナックルとが組み合っていたとき、突然イェソドの力が弱まったのだ。一気に押し返し、そのまま拳を一撃。一撃加えただけで、コアが物の見事に粉砕され、イェソドが灰となった。

 どうやらその能力は、読んで字の如くだったらしい。


 これならば殲滅は相当楽になると感じていたが、それと同時にレムが心配になった。

 通信を繋げるが、意識はない。眠っているようにも思える。バイタルは正常に活動しているから、問題はないだろう。


 ブラッドから、ホーリーマザーを回収したと連絡があった。それに胸をなで下ろすと、腕を一本失ったままのレイディバイダーを呼び戻し、アリスと共にレムを帰還させた。

 わずかにこちらの戦力は四機。アイオーン戦が終わった後のことを考えると、少々頭が痛くなる。

 直後、レーダーにマーカーが表示された。

 アイオーンの増援。その数、イェソドが二〇。


 バカな。


 ルナはそう思わざるを得なかった。

 このタイミングで出てくるとは、本腰を入れてきたのか、それとも、別の目的があるのか。

 弱体化能力は、多少その増援として来たアイオーンにも効いているらしく、普段のイェソドより覇気を感じないとは言え、この数を相手にするのは骨が折れると、心底感じた。


「しかし、ここが正念場って奴ね」


 いつの間にか声に出していた。


『その意気だな、大尉』


 ロニキスから通信が入った。彼の周囲では、オペレーターの怒号が響いている。


『大尉、援護射撃を行うぞ』

「了解です。多弾頭ミサイルランチャーの使用を許可します。ただし、保管場所とおぼしき場所には当てないでください」

『そんなことは、百も承知だ』


 ロニキスが、ふと笑った気がした。

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