第五話『死闘』(3)-2

 まったく、先人はなんちゅう兵器作ったんや。


 ブラスカは狭霧を睨みながらそう感じざるを得なかった。

 同時に、対アイオーンに極めて有効な効果を持つこの機体が、今多くの人の血を吸っていることもまた、どう思うのだろうと感じた。


 縦横無尽に糸が舞い、当てようと思っても機動力で回避されるか、ないしは糸でシールドを作られる。

 これ程の糸を使うまでに、どれ程の鍛練を積んだのか、ブラスカには分からない。

 だが、この糸の張り詰め方は憎しみだけではなく、その奥に深い悲しみを持っていると思えた。


 狭霧は手を一回挙げ、一気に振りかざす。

 糸が五本とも不知火へ向かってきた。

 余程自分を始末したいらしい。だが、この機体には狭霧ほどの機動性はない。


「奥の手、使わせてもらうで」


 ブラスカは周囲にスモークを炊いた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ブラスカは何を考えている。ブラッドは額に冷や汗をかいていた。

 スモークを炊いたところで、奴の糸の狙いは正確だ。どうやら知り合いらしいが、互いに手加減する気はないのだろう。

 特に相手は余程ブラスカのことが気にくわないらしい。


 ケツの穴の小せぇ野郎だ。


 ブラッドは心の中で吐き捨てる。

 そしてオーラワイヤードシステムの糸が先程不知火の炊いたスモークの中心部へと瞬時に向かっていき、響き渡る金属の裂かれていく鋭い音。

 まさかと思った。


「ブラスカ!」


 ブラッドは、いつの間にか自分が彼の名を叫んでいることに気付かなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 確かな手応えがあった。糸でスモークの中心に辿り着いた時、確かに感触があった。

 多少なりとも機体に流した気から、感触は伝わる。それで金属を切り裂いたのは分かった。


 だが、何か腑に落ちない。

 狭霧が糸を巻くと同時に、スモークが解け、視界が鮮明になる。


 その時、エミリオは目を見開いた。

 そこに不知火はいない。あるのはバラバラに切り裂かれたガトリングガンだけだ。

 その直後、狭霧のコクピットに警報。

 敵機、上空にあり。


「何?!」


 そう唸らずにはいられなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 後先は考えなかった。

 BHG-012Hガトリングガン最大の難点は重量だ。あれだけで不知火の機動力がとんでもなく落ちる。


 だが、逆に言えばあれといくつかの余分な装甲をそぎ落とし、戦闘で自然に減っていく燃料があるならば、機動力は格段に上がる。

 それに、あのワイヤーで銃弾が全て防がれるなら、接近戦で決めるより他なし。


 あのワイヤーの嵐で近づけなかったが、エミリオにはワイヤーを振り下ろすクセがある。しかも油断して一度しまった。そこから振り下ろすまでは時間が掛かるし、ワイヤーは気が通るだけで実体として存在している。一度巻き戻したら再度出すまでにも時間を食うし、気と違って桁外れの質量があり、また糸というその性質故に空中へ出すのは極めて難しい。

 ならば、空中より一気に攻める。


 不知火の手には『一八.二五mオーラハルバード』が握られている。刃先の近くにある加速器が回転し刃先へとオーラを送った。

 刃先が蒼く燃えさかる。


「ワイにこいつを抜かせよった事、後悔しぃや!」


 空中から不知火がたたみかけるかの如くオーラハルバードを振りかぶった。

 その間、咆吼を挙げ続けていた。何に対しての咆吼かは、自分でもよく分からない。怒りか、哀しみか、それとも、信じたいと思う自分の心に向けてか。

 確かに不知火と狭霧とどちらにパワーが優れているかと言えば不知火だ。

 狭霧は左腕部のシールドを上面に押しだし、それを防御する。

 鋭い金属音が基地全土にこだまする。


「甘いで!」


 ブラスカがそう言った瞬間、オーラハルバードの刃先が振動した。刃先を振動させることでダメージを増加させるという手法は導入時から出来るようになっていたが、使う機会はこれが初めてだった。

 しかし、その破壊力はブラスカの想像を超えていた。あの狭霧の左腕に付いた天然レヴィナス製のシールドを一刀両断したのだ。

 そしてほぼ同時期に後方から狭霧へ向けられる銃弾の雨。

 ブラッドのファントムエッジだ。

 デッドエンド・レイに仕掛けられたMG-65の一斉射撃。

 狭霧は反応が遅れたため、回避したときには既に右腕が穴だらけになっていた。


『くっ……ここまでやるとはな……』


 その瞬間、三機が狭霧を囲む。


「大人しく投降しよったらどないです? もう終わりにしましょうや」

『まだだ! まだ俺は終わりではない! 貴様らベクトーアの者共全てを屠るまで、俺は死なん!』


 ブラスカには、エミリオが何故これ程せっぱ詰まっているのか、分からなかった。


 おどれは、何に追われて何に怯えとんのや。


 言いかけた言葉を、ブラスカは飲んだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 静寂が周囲を支配している。

 レムは五感を研ぎ澄まし、いつ相手が動くかを見ていた。

 空中にいて援護射撃を何度も行ったが、結局地面に当たるばかりで、牽制の役割も成すことが出来なかった。

 相手を追い詰めたのはブラッドとブラスカだ。


 あの二人に守られてばかりだ。自分は、彼らに何をしてあげられるんだろう。


 時々、レムはそういう感情に駆られる。

 額からしたたり落ちる汗で、一瞬にして戦場の空気を取り戻す。ホーリーマザーをホバリングさせて空中に待機しているが、未だに互いに動く様子を見せない。

 何か、声が聞こえた。


『来る』


 確かにその声は、そう聞こえた。

 相手が動くのか。そう思ったが、何かが違った。


 怖気がした。人間の放つ気ではない。狭霧から発せられているものでもない。

 戦場のそこかしこから、まるで地から這い出るような気が通っている。


 直後に、頭を抱えるほどの頭痛が襲った。

 頭を何かがのたうち回っている。先程の気が、一気に駆けめぐっている。

 それと同時に左半身に刻まれていく刻印。昨日の物と全く同じだった。

 心拍数の急激上昇、脳波の乱れ、全てに置いて体の代謝機能が落ちていることをAIは警報で知らせている。

 そして一つ、心臓が唸ったとき、叫んだ。


「奴らが……来る!」


 その瞬間、突然周囲に光が放たれた。


『照明弾か?!』

『違う、これは……!』


 レーダーが反応した。

 それと同時にモニター内に大量に現れる『Alart』の文字。

 そして、AIは淡々と告げた。


「識別反応確認。アイオーン出現」


 その言葉にまるで呼応したかのように基地の中心地に光の柱が乱立し、その柱が真っ二つに割れた瞬間、確かにその存在は現れたのだ。

 その名は、人外の存在、アイオーン。

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