第四話『合流』(4)-3

 不適な風が吹いている。スパーテインは、慌ただしく出撃の準備を整えるアシュレイ駐屯地のデッキで、それを感じた。

 夜叉をじっと見つめる。

 グレーのボディはまさに『岩』といった雰囲気だ。更にそれを助長させるかのような重装甲。

 岩を叩ききれる自信すら失せてくるとまで言わしめたこれと、防御システム『オーラリフレクトバインダー』の存在がまさに『壁』となっており、だから彼には『ロックウォール』の異名が付けられた。


 しかし、それ以上に興味深いのが夜叉の頭部ユニットだ。

 夜叉は発掘当時、頭部センサーの一部が損壊していたため顔半分に代理品であるKL製の高感度センサーユニットが取り付けられていた。それがまさしく今のスパーテイン自身と被っている。

 片目を失った自分と片方の顔を失った愛機、これ程因果なことがあるのだろうかと言わんばかりだ。


「私も、お前と同じ人生を歩んだか……」


 彼は愛機をじっと見つめる。

 だがその瞬間、表情は怒りに変わる。


「夜叉よ、私に力を示せ。この借りを返すために!」

「少佐、出撃準備、全て整いました。いつでも行けます」


 史栄が近づいてきて、言った。史栄はゴブリンを使うのを好むが、中身はかなりのチューンナップを施してある。外見だけで侮ると痛い目を見るのが史栄の特色でもあった。


「史栄、お前はどう見る?」

「はっ。僭越ながら申し上げます。レヴィナスを、別の施設へ移送するべきです。この戦闘の真っ直中に」

「いいところを突くな、史栄。私もそれを考えた。だが、どうもこの戦そのものがきな臭い。誰かに、これ自体を仕組まれたような気がしてならぬ」

「確かに、張り詰めた別の何かを感じます。しかし、それほど気にすることではないのでは?」

「だといいがな……」


 自分だったらどうするか、スパーテインは考え始めた。

 まずレヴィナスは移送する。しかし、発見されればそれまでだ。となってくると、基地の何処かしらに封印することが正しい。幸いにしてそれは行われているようだ。自分にも何処に隠してあるかは伝わっていない。恐らく知っているのは今幽閉しているあの基地司令だけだろう。

 しかし、何処に隠すか。あの性格からすれば自分で持っていることも考えられるが、同時にあれはたった数グラムで桁外れのエネルギーをはじき出す。そんな危険なものと同居するとは考えにくい。


 ともなれば、未だこの基地の何処かにある。それもそう簡単に破られる心配のないところ。レヴィナスの奪取が目的なら空爆は行わない。となってくれば、安全なのは地下だ。

 地下で、侵略されにくい場所。

 その瞬間、スパーテインの顔が強ばった。

 まさか、地下にある発電施設。そこに隠したとすれば……。


「史栄、ドルーキン殿の兵に伝令。地下の発電施設を調べろと、そう言え」

「承知」


 史栄が直接駆けていく。割と近くにいるようだ。

 自分の考えたことが、考えすぎでなければよいのだが。だが、戦という物は常に最悪の事態を考えて動かねば兵が犠牲になる。

 自分の仮説が正しければ、この基地の自爆コードがセットされようものなら、半径数キロのクレーターが出来る。

 それだけは、なんとしても避けねばならない。


 だが、まずは戦だ。

 整備デッキに、けたたましいM.W.S.の起動音が響き始める。

 それが、急に自分の闘争心をかき立てた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 作戦開始まであと一分となったところで、カウントダウンが始まった。

 待機していた各機もカタパルトエリアへと向かい始めた頃だろう。

 作戦開始時間と同時にレイディバイダーがゲイボルクを射出し軌道上の衛星を破壊、その後アリスは出撃と結構なハードワークが待っていた。


 だが、一にも二にもまずは目の前の仕事を片付ける。それを行わない限り何も始まらない。

 アリスはレイディバイダー頭部にセットされているスコープをおろした。それによりコクピット内部のモニターが変化し、一気にズームが掛かった。


 一度、呼吸を整えた。空中戦艦の上といえど、衛星軌道上までかなりの距離がある。気力を使った武器でそれを狙撃するのは、異様なまでの神経と気を消耗するからだ。

 アリスは正面のコンソールパネルでゲイボルクを選ぶ。レイディバイダーの肩に、長大なカノン砲がセットされた。その銃身はモニター越しにすら見える。


「ゲイボルク、セット確認」

『ターゲットは?』

「もうとっくに見えてる。ブリッジ、誤差修正タイミング、そっちに任せるわ。あたしはあいつを破壊する」

『了解。コンマ誤差、修正します。上半身が少し揺れますが、我慢してください』


 オペレーターがそう言うと、確かに少しだけ、機体が揺れた。

 最大望遠にすると、かすかだが、光が見えた。人工衛星がいる。


 唇を舐めると、アリスは、左目を閉じ、右目に神経を集中させた。

 直後、瞬時にレイディバイダーの装甲に仕掛けられている冷却口が解放され、ゲイボルクの銃口に光が灯り始める。


 体から一気に力が吸い取られるような感じだ。それも桁外れの早さで、だ。IDSSの波紋が、まるで石を投げ込んだ水面のように広がっている。

 作戦開始までの時間数値が、徐々に減っていく。


 汗が頬を滴り落ちたが、そんな物は無視した。目が少しだけ霞むが、大したことはない。

 既に、捕らえた。


 行ってこい。


 そう言った瞬間、カウントが〇となり、ゲイボルクが照射された。

 槍の名に恥じぬ青き光の柱が夜空を照らし、天高く飛んで行く。

 照射を終えたとき、息が上がっていた。レイディバイダーも、動くことが出来ない。冷却に四十秒、この時間が、アリスには無限に感じられた。

 この機体に乗り始めて早二年、この武装の使用だけはどうしても慣れない。


『静止衛星、爆散を確認。作戦、開始します』


 そう言われた瞬間、レイディバイダーの冷却が終わり、アリスは呼吸を整え、通信を入れた。


『こちら「魔弾の射手」、冷却完了。これより、作戦行動を再開する』


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 なかなか派手にやった。鋼はアリスを見てそう思った。


 ならこっちも派手に暴れてみようじゃねぇか。なぁ、相棒。


 紅神に鋼は心の中で語りかける。それに呼応するように、IDSSの波紋が広がる。

 リニアカタパルトフィールドに移送されると、すぐにハッチが開いた。月光が、出口に差している。

 考えてもみれば、昨日もこんな月だった。だが、不思議と昨日より不吉な印象はない。


『XA-006、スタンバイ完了』

『カタパルトエリアオールグリーン』

『視界、進路、オールクリア。システムノーマル』


 床に電撃が迸り、紅神が浮いた。

 そして、信号は赤色から緑色へと変わる。

 鋼はその瞬間、ペダルを一気に踏んだ。


「XA-006、出るぜ!」


 ブースターが雄叫びのように咆吼を挙げ、一五〇メートルの長いカタパルトを突き抜ける。

 体に強烈なGが襲う。

 こうして赤い弾丸は戦闘領域へと疾走した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『XA-022、スタンバイ、完了』

『視界進路、その他オールグリーン』


 ルナは瞳を一瞬閉じ、精神を集中させた。

 カタパルトエリアの中に入ると、また時間の流れが遅く感じる。

 しかし、出撃の時は来るのだ。


 瞳を開ける。カウントが始まっている。

 なら、行くまでだ。

 信号が、緑へと変わった。


「ルナ・ホーヒュニング、空破、行きます!」


 叫び、一気に空破を加速させた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 珍しく、レムはカタパルトエリアで悶々としていた。

 アイオーンの戦闘能力をすべて記憶している。

 セラフィムと名乗ったその存在は、確かにレムにそう言ったのだ。


 ホントにそんなこと可能なのかな?


 頭に疑問符が浮かんでは消した。


 今更気にするんじゃない、レミニセンス・c・ホーヒュニング。


 自分にそう言い聞かせていくとなんだか自分でもすっきりしてきた。

 逐一深く考えていたら変になるからやめとこう。

 レムはそう言う結論に達した。


『レム、どしたよ? 今日は不安か?』


 ナビゲーターの浩司は訪ねる。

 だがレムはそれを軽くはぐらかした。


「だいじょーぶ、だいじょーぶ」

『ま、いい。ホーリーマザー、カタパルトエリアへ』


『BA-09-S-RCホーリーマザー』、ベクトーア機械開発部第九課が三機開発した高機動空中戦闘能力重視機『BA-09-S』をベースにレムがOS、並びにブースターをチューンナップしたカスタマイズバージョンでBA-09-S三号機だ。

 マニピュレーターに握られている武装はBA-09-S用に開発された『T-09特殊銃剣「ブレードライフル」』。オーラシューターとオーラブレード双方の機能を併せ持つ武装、それが二丁。

 まさしく彼女が普段装備している双剣と同様のスタイルだ。


 メットのバイザーを閉じる。

 背部の大型ブーストユニットが展開した。

 それと同時にシグナルは緑色へと変化する。


「レミニセンス・c・ホーヒュニング、ホーリーマザー、出る!」


 レムはフットペダルを踏み込みホーリーマザーを一気に空へと吸い込まれんばかりに飛び出させた。

 空を見る。また、つかめそうもない月が広がっていた。

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