第五話『死闘』(1)-1
1
AD三二七五年六月二四日午後九時三一分
サイレンが響いたとき、スパーテインの左目が疼いた。
確か、昨日のこのくらいの時間にやられたのだ。眼帯を当てた左目に感覚はない。
それに、やはり片側に死角が生まれている。そればかりは仕方がない。だが、感覚で十分に補える。
「関節ロック解除実行完了。オートバランサー正常稼働。イーグ、気力、体力、心拍数、呼吸、体温、その他適正面問題なし。XA-056、スタンバイ」
夜叉のAIが告げた瞬間、コクピット内に光が灯り三面モニターが周囲を映し出す。
スパーテインはグローブをはめた後、イヤホンマイクを耳に取り付ける。耐Gスーツを着込まないのが、称号を持った者の共通事項の一つだった。誰が決めたわけでもないが、何故か全員着込まないのだ。
「全機に告ぐ。借りを返す時が来た。徹底的に礼をしてやれ。だが、油断はするな」
『御意!』
兵士の士気は相当に高い。さすがに昨日あれだけの惨敗を喫しただけあって、意地でも勝つといった風潮が強く出ている。
一方、夜叉の隣に待機している狭霧は、静かな佇まいのままだ。
狭霧は何とも変わった機体であった。
極端に右腕だけ巨大で、後もう少しで指が地面と擦れあいそうなくらいだ。逆の腕部にはウェイトバランスを整えるためだけに装備されたとしか思えない程巨大な大型パイルパンカー内蔵型シールドを装備していた。
「アイゼンウォーゲ、腕を見せてもらうぞ」
三面モニターの一カ所に写ったエミリオの瞳に踊るのは憎しみの感情だった。
『了解』
エミリオは静かに言う。その空気はどこか危うい、彼自身をも崩壊させかねない危険なバランスの上に立っているような気が、スパーテインにはしていた。
「無茶だけは、するなよ」
それだけ言って、スパーテインは夜叉をハンガーから出し、ドックに掛けてあった武装を掴む。
それはまさしく大剣だ。だが、その大きさたるや機体とほぼ同じM.W.S.用の武装の中でも最大級の巨体を誇るであろう。
この武器こそが夜叉の接近戦闘用固定武装『メガオーラブレード』である。
夜叉はそれを背中に背負い、整備兵の指示通りに出撃ゲートへと移動する。そこにたどり着いた瞬間、ゲートの信号が緑に変わり扉が開いた。
「夜叉、出撃する」
六二.九トンもの重量を誇る機体の足音は強烈な重低音、それが周囲にこだまする。
外は気温一二度を示していた。意外に冷えている。そんなことを確認しながらスパーテインは迫り来る敵が来る方向を見つめる。
そして、彼は強く言いはなった。
「さあ、来い、ルーン・ブレイド。借りを返させてもらう!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
村正は『C-061』M.W.S.輸送機のハンガー内に収まる紫電の中で作戦内容を確認していた。
漆黒の耐Gスーツは、シャドウナイツの証でもあった。ヘルメットの横には自身のエンブレムである血の付いた剣が描かれている。
モニター越しに写る輸送機のハンガーはかなり窮屈だ。搭載機数枠五機は見事に埋まっている。
『では最終ブリーフィングを開始する』
紫電のコクピット内に通信が入る。輸送機の艦長からだ。
『今回の任務の最優先事項はレヴィナスの奪取だ。それが済み次第各機は撤退して構わない。ランデブーポイントはポイントW-26。作戦行動については第一、第二小隊は二時方向、第三、第四小隊は八時方向より挟撃を掛ける。ブラッドダイバーは四時方向より攻撃を仕掛けて下さい。現場指揮はそちらに委託します』
「ブラッドダイバー、了解」
『現在高度
オペレーターの声の後輸送機の艦長が号令を上げる。
『全機スタンバイ。降下用意』
その瞬間機体背後にセットされていた降下用パラシュートパックがバックパックにロックされた。
各部、オールグリーン。
全ての機体にセットされたのに確認が取れた瞬間、輸送機のゲートが開いた。
『予定降下ポイント到達まで後、5、4、3、2、1、降下!』
その声が上げられた瞬間、スコーピオンの一機目がカタパルトに沿って射出される。
続いて等間隔に降りていき最後の最後は村正だ。
『では村正殿、ご武運を』
「了解した。
カタパルトから一機に射出される、プロトタイプエイジス。
XA-012紫電。名の通り、淡い紫色に染められた機体で、強襲用に開発された機体である。
父からこの機体を受け継ぎ早六年。長いことこいつと戦ってきた。
しばらくは自由落下、ある程度の高度に来たらパラシュートを展開して着地、その後作戦行動を開始する。
自由落下のさなかに考えついたのは、やはりより巨大な敵との戦だった。
自分が世界で最も強いという奢りが出た瞬間、武人は死ぬのだと、父はよく言った。
その言葉故に、村正は常に戦に潤いを求めてきた。強い奴は何処にいる。
地上が近づく。地上に着いたら、自分は地を這う刃となる。
それが、村正には異様に楽しみだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
荒野の向こうに、光が見えた。アシュレイ駐屯地の光だ。
ルナは空破を疾走させながら、絶えず叢雲から送られてくる基地のデータに目を配らせる。
後方のレイディバイダーはゲイボルクを外し、手に一三〇ミリ大型カノン砲『ハウリングウルフ・β』を装備している。後方支援にはうってつけだ。
一方の紅神の性能は、昨日であらかた見破った。先陣として十二分すぎる活躍が出来るだろう。
『敵軍、展開開始しました。フェンリル勢も近づいてきています』
ルナはオペレーターからの言葉ににやりと笑う。
「予定通りね。全軍、作戦通りに進めるわよ」
『了解』
その言葉に呼応するように三機のブースターは更に青い光を出して機体を加速させた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
スパーテインは、出方をうかがった。
一九歳とは思えないほどフレーズヴェルグは老練な指揮をする。出方からして一二機、否、十五機は陽動。
本命は自分率いる三機。しかもその三機のうち二機はプロトタイプエイジスと来た。恐らく彼女にとって、フェンリルが仕掛けてくるのも計算のうちだろう。
「大胆なことをやる」
思わず、口に出た。
しかし、まだ甘い。機動戦に秀でた部隊には機動戦でもって相手をすると同時に、止めてやればよい。
「ハッセス大尉、麾下の部隊を率い、ベクトーアの十二機を殲滅せよ。割り振り通り、第二から第七までの小隊はフレーズヴェルグの足止めを行え。第八から第十一小隊は残りの三機を足止めしろ。双方ともそこそこに相手をしたら退却して構わん。五分持てばいい。CIWSは掃射を終え次第放棄。銃身が焼け付くまで撃て。退却の指示は各部隊長に任せる」
そう伝令を出すと、
「散れっ」
と言って部隊を方々へ出した。
『少佐、フェンリルは?』
史栄のゴブリンが夜叉の横に付いた。手には二丁の六四式機関砲を持っている。
「史栄、それは、我らの仕事だろう?」
『おっしゃると思っておりました』
史栄が、白い歯を見せて笑った。
血が滾りだしている。この感覚こそ戦だ。
「第一小隊、ハイエナを駆逐した後、本命に掛かる。駆除は二分で行うぞ。続け!」
『御意!』
史栄が声を荒げると同時に、スパーテインも夜叉を一気に加速させた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
空中を駆け抜ける蒼い弾丸、ホーリーマザーの姿を例えるならそう言ったところだ。
レムは自身を襲うGに耐える。額から汗がしたたり落ちているが、メットの横の吸気口に吸い取られた。
一方の地上ではファントムエッジと不知火がそれぞれホバーを掛けながら疾走している。今のところ行軍に遅れはない。
一応この部隊の指揮官はブラスカとなっている。この三人の中では一番軍歴が長いためだ。実際時々舌を巻く指揮をする。
そんな中、レーダーに赤いマーカーが二点見えた。敵だ。高度計から見ると、地上ではなく空中。
となってくれば、相手はゴブリンのオプションタイプの一つ、『フライヤーユニット』を装備した『六九式歩行機動兵器四型ゴブリンフライヤー』だろう。
レムは更に加速させた。人型形態での空中での機動性のみを極限まで追求した機体だ。ゴブリンフライヤー如きに遅れは取るつもりはない。
コンソールパネルで武装を選択し、ブレードライフルをブレードモードにする。
その瞬間、二本のブレードライフルの剣先に蒼い気の炎が揺らめいた。
レムはフットペダルを思いっきり倒して、ホーリーマザーをゴブリンフライヤーへと疾走させる。
六四式機関砲をゴブリンフライヤーは放ってくるが、旋回しつつ接近し、零距離になった瞬間、二本の刃でゴブリンフライヤー二機の胴体を一気に切り裂いた。
切り裂くと同時に離れると、地上の様子を見た。
敵軍が展開を始めている。陽動に対してあてがわれている兵力はわずか四。自分達が増援に駆けつければ一五機で四機を相手にする。
ならば造作もない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おー、かっ飛ばしてんな」
ブラッドはホーリーマザーの様子を見て呟いた。レムはいつも無駄に元気がいいし負けん気も強い。
その気が剣技にも影響を及ぼすのだろう。
『あいつらしいやないか』
ブラスカは淡々と言う。いつもこの男は華狼との戦闘では元気を無くす。ただ、それで士気が鈍るというわけでもないから、特に問題にはしていない。
しかし、それにしたってこの張り詰めた奇妙な感覚はなんだ。向けられている敵意が、今までとは比にならないほどだ。
そんな時、ファントムエッジのコクピット内に警報が響き渡る。地上に多数。機数は一二。全てゴブリンタイプだ。
『先行するで』
不知火が一気に加速した。
両手でやっと持てる超大型重火器『BHG-012-H』三〇ミリ大型ガトリングガン、肩に大型マガジンを装備しているが故に装弾数にも優れており合計三〇〇〇発もの銃弾を装備している。まさに動く武器庫だ。
更には腰にハンドグレネードが二本、もう片方の腕部には信じがたいことにブラスカの普段持っているそれを模したかのような一八.二五メートルオーラハルバードまで装備されている。全備重量は恐らく八〇トンを超えている。これだけの規模を持つ機体そうはいない。
不知火はBHG-012-Hを構えた。
その直後、ゴブリンは発砲を開始する。
だが、もう遅い。
『いったれや』
ブラスカが言うやいなや、銃口が火を噴いた。
辺り一帯に鳴り響く弾丸の重低音が響き渡り、ゴブリンを蹂躙する。
何機か完全に行動不能に陥ったゴブリンをブラッドが確認した後、一気にファントムエッジを加速させた。
先陣を切っていた不知火とホーリーマザーを一気に抜くやいなや、漆黒の闇夜を駆ける。
自分が笑っていることに気付いた。
昔、似たようなことを人間相手にやった。似たような状況だった。それをふと、思い出した。
ファントムエッジは正直器用貧乏だ。下手な機体よりも陸上での疾駆能力は高いが、それ以外にはトルクに優れているくらいしか特徴がない。
だが、それは逆に言えば、どんな戦局にも、そしてどんな作戦にも対抗できると言うことだ。
ファントムエッジの腕部にはブラッドのデッドエンドをほぼ同一パターンで巨大化した『デッドエンド・レイ』が装備されている。
そのトンファーが黒々とした炎を波打つ。まるで彼の心の闇を示すかのように、黒い。
まず食って掛かったのは前方に展開している生き残りのゴブリン三機。
手負いだが知ったことではない。手負いの獣は何をするか分からないからだ。実際、自分も過去それで散々やられたことがある。
手負いの奴がいても容赦はしない。口を割るようならば味方だろうが始末しろ。暗殺者ギルドで、師はそう言った。
まずは一機。コクピットをトンファーで貫く。そして残骸と化したゴブリンを突き刺したまま持ち上げ、盾とした。
さすがに撃ってこない。動揺しているのだろう。
死んでるんだ。所詮は物だ。そんな物に対して、何故動揺する。
そして、開いていた片方のデッドエンド・レイを放つ。
ゴブリンに穴が開いていく。人と違うのは、出る物が血ではなく人工筋肉の冷却液や潤滑油だというただそれだけのことだ。
直後、警報。まだ生きている機体があった。不知火の銃撃の後で、まだ生きている奴がいた。
だったら、なおさら始末する。
そう感じて銃口を向けた直後、別の方向から銃撃があり、そのゴブリンは破壊された。
なんだ。
目をこらすと、不知火がBHG-012Hを持っていた。銃口から煙が上がっている。ブラスカがやったのだ。
「ったく、バカ野郎が……」
小声で、ブラッドはブラスカに対して言った。
血を浴びるのは自分だけでいい。レムは若いし、ブラスカは心が汚れていない。汚れ役だろうと、死ぬことになろうと、それは自分だけでいいのだ。
だというのに、何故この二人はそれに付き合おうとするのだ。
『ブラッド、独断で突き進むんは感心せぇへんで。おのれの機体は無駄に弾丸使う。火力不足を補うためや。せやけど、そんな火力不足は、ワイでも補えるんねん。おのれ一人が、別に血ぃ浴びんでもええがな。もう既に戦や。今更気ぃ使うてどないすんねん』
当にブラスカは見抜いていたらしい。
実際、このやり方の半分はクセだが、半分はより残虐な殺し方をすることで他の部隊員がどんな行動に出ようとも自分の責任でやったと言えるからだ。
千人殺しなどと言われていた自分を、この部隊は拾ってくれた。ならば、それに応えるのが、いわゆる忠義という奴なのだろう。
『男二人何ちんたらしてんのさ! こっちはセンターなんだからフォワードがさっさと行ってくれないと困るっしょ?!』
レムが大声で通信してくる。ホーリーマザーが彼らの機体の真上にいた。しかし耳を塞ぎそうになる声だ。実にやかましい。
不思議と心の緊張が和らいだ。殺気を自分が解いていることに気付く。
ルナがレムと組ませたのは、こういうことを狙ったからだろうか。
「ま、わからんわな」
『何がや、ブラッド』
「なんでもねぇよ。ほら、次いくぜ」
ブラッドはファントムエッジを反転させ、陽動部隊へと向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます