第四話『合流』(4)-2
暗がりの部屋の中央に、三次元コンピューターグラフィックで展開されたアシュレイ駐屯地の地図が浮かび上がった。
五分前に偵察隊が持ち帰った物らしい。時刻は午後六時三〇分、作戦開始時間まで後三時間だ。
「今回の任務における最優先事項はあくまでもレヴィナスの奪取です」
ルナの言葉でようやく鋼はアシュレイでの警備の厳重さを理解した。確かにレヴィナスがあるとすればこれだけ多数の軍勢が攻め入るのも納得できる。
しかし、そんな物たかが一ファクターだ。傭兵にとってはクライアントの目指すことなどどうでもいい。ただ任務を遂行して金が貰えさえすればいいのだ。
「この三次元マップを見れば分かるように、警備は厳重。円周上に仕組まれたガトリング群とM.W.S.だけならまだしも、よりによってロックウォールは増援隊としてアイゼンウォーゲまで呼び寄せたようです。更にレヴィナスの強奪が目的だから、それを破壊しないためにも、この戦艦主力装備である七〇連多段頭ミサイルポットの発射も制限ととにかく不利です。今回の任務、相当苦労することになるのは明白かと」
相手にするのはプロトタイプエイジスが二機。それだけでもきついのにM.W.S.が更に五〇機以上。しかも空中戦艦の武装は使おうにも使えまいし、フェンリルも黙ってはいまい。
だからこそ、戦のし甲斐があると、鋼は考えていた。
「つまりゃぁ、今回はM.W.S.戦が全てを制する、ってわけか? 数足り無さすぎねぇか?」
「ご心配なく。アジア方面陸軍第六六M.W.S.中隊『ファフニール』に三次方向から侵入して陽動を演じてもらうことになってます。そして相手が踊らされているうちに、二個小隊にわけられたあたし達の部隊それぞれが六時と十二時方向から一気に中枢へ突入を駆けて挟撃する」
敵は例え陽動とわかっていても迎撃に出て行かざるを得なくなるわけだからそれだけ中枢の警備は薄くなる。
ほんのちょっと、薄くなればよい。それだけで十分だ。今回の戦いはレヴィナスの強奪さえ出来ればよいのだ。レヴィナスが無くなったアシュレイなどに用はない。ベクトーアのみならず全軍勢が興味を失う。
要するにベクトーアかフェンリルがレヴィナスを奪うか、或いは華狼が守りきるか。それが全てだ。
どうやら、鋼の心配など要らないらしい。この女は先まで見ている。
「せやけど、最後の最後が厄介やな」
ブラスカが口を挟む。
「ロックウォールかぁ。確かに厄介だよねぇ、あの機体は」
レムはコンソールデスクの前にいた。
「データ見せろ」
鋼がそう言うと、レムはコンピュータの中から機体のデータを発掘する。
『電脳くん二号ライブラリ、起動』
安直すぎる名前だと、鋼は心底思った。ネーミングセンスが悪すぎる。
「なんじゃいこれ?」
「私が開発したシステムの『電脳くん』。OSは当然専用。しかも三号まであるという完璧ぶり」
「で、こいつは何号だよ?」
「この子は二号。一号は私の部屋。三号はノーパソ」
レムはキーボードを動かしながら鋼の質問に答えた。
なんてことないように言うが、よくもまぁこれだけ巨大なシステムを築いたものだと、鋼は感心すると同時に呆れていた。
レムはライブラリの中から『XA-058』という項目を選んだ。その瞬間、巨大スクリーンに機体のコンピューターグラフィックが表示される。
『XA-058
マスコミで宣伝のために何度も取り上げられていた。そのため、知っていたことは知っていたが、共闘や敵対はしたことがない。だから正確なスペックもよくわかっていなかった。
「これ倒せってわけ? あ~あ、めっちゃ骨折れるわ」
アリスは重いため息を吐いた。
「それもあるけど静止衛星レーザーもあります。武装はレーザーカノン四機。味方マーカー付いてないとそれだけで撃ってくるって代物。ま、そう言うときのためにゲイボルクだけど」
「ゲイボルク?」
「アリスの機体の肩に搭載されてるメガオーラカノンだ。確かにあいつの射程なら軽く撃破できるな」
ブラッドが口を挟んだ。
「破壊し終わった後に一気に接近。だからアリスは比較的重労働になるわ。チーム編成は六時方向から攻めるのはレム、ブラッド、ブラスカでよろしく。ブラッドがフォワード、レムはセンター、ブラスカはバックで。基地内突入後の行動は各個判断に任せます」
ルナの言葉に三人は頷いた。
「あたしを含めた残り三人は一二時方向から突撃。フォワードはあたしがやります。センターは鋼さん、バックはアリスで。以上」
「待った」
レムが突然話しかける。
「敵機最新鋭配備図の強奪はやらなくていいわけ?」
「まさか。レム、よろしく」
「はいよ~」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
キーボードを叩く瞬間、レムは快楽に似た感覚に襲われる。自分自身が機械と一体化したかのようなこの感覚が、レムにはこの上なく快感だった。
キーボードの上で手を踊らせる。軍事基地のマザーコンピューターのホストを見つけ出し、そこから敵機配備図や所属兵装のデータを根こそぎ強奪する。
もちろん痕跡など一切残さない。何重にもホストを駆使することで経路判断を困難にする。しかも、相手に気付かれずに相手のホストコンピューターに侵入することなど、レムには造作もないことだった。
アシュレイ駐屯地のマザーコンピューターを発見するのにも、そう大して時間は掛からなかった。念のため本物かどうかをこれまた彼女の作り出したソフト『簡単確認くん』でチェックする。
ポンと一つ音が鳴る。本物だ。
このネーミングセンスのなさは何とかならないのかとよく言われるが、どうもそこらのセンスだけは全く分からなかった。
おかげで友人からはよく「色んな意味でずれてる」と言われることがある。
「みっけ。プロテクト……解除。クライアント権限でログオン、と。パスワードは……三重か、でも、柔い!」
そう言うやいなや、レムは一気に指を走らせ、偽装パスコードを入力し、三重のプロテクトを破った。
『アクセス、許可します』
と音声ガイダンスが告げた。
ちらりと後ろを覗くと、鋼が一つ感心した風に口笛を吹いた。
どーだ、参ったか。
レムはふと鼻が高くなった気がした。
すぐさま情報がライブラリの中にダウンロードされていく。数秒で全ての項目のダウンロードが完了した。そしてその瞬間に通信をカットする。
逆探知をされた様子はない。ウィルスが仕掛けられた偽ファイルであると言うこともないようだ。
レムは思いっきりガッツポーズをする。
「よっしゃ、完璧! まぁ私に破れないプロテクトなんかこの世には存在しないんだけどさ! おお、神よ、私やばすぎ?!」
完璧だ。それがまた嬉しい。
そしていつの間にか、高笑いをしていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
レムの高笑いが作戦会議室に響き渡る様子を見て、鋼は考えを変えた。
やっぱし、こいつはバカだ……。
一度は感心した。確かに仕事は凄い。しかし、鼻に持ちすぎる感がある。
その瞬間に思ったのだ。何故こいつがこんなにむかつくのか。
ああそうか。こいつは、昔の俺だからか。
考えてもみれば、あれくらいの年齢の時は、あんな様子だった気もする。紅神という巨大な力を貰ってしまった故だったのかもしれない。
「よし、総員準備開始。これより警戒態勢をA2へ引き上げる」
ロニキスの声で、ようやく我に返った。
この艦長とは、司令室に入る前に一度話しただけだ。一見老けて見えるが、目の奥には巨大な炎が燃え広がっている。戦を生業とする人間の目だった。
「作戦コード『MOON BASE』。作戦開始時は二一三〇だ。以上、解散!」
ロニキスの声が響き渡ると同時に、全員が一斉に敬礼をして解散した。
それから三時間近く、鋼は整備をしていた。レストアを施した左腕は、問題なく動くようだ。
それに、全体的な駆動が少し良くなった印象がある。
この技術スタッフはなかなかの物だと、鋼も認めざるを得なかった。
そして全ての準備が終了すると、コクピットで待機した。一瞬だけ、このコクピットは暗くなる。その瞬間が、溜まらなく長い。
相も変わらずの、血の色に近い赤い耐Gスーツに身を包んでいると、一瞬闇に同化したかのような感触に何故か襲われた。
モニターに光が灯ると、その感触は急になくなる。
横のモニターには、追加武装として『MG-65』四五ミリマシンガンが握っている紅神の腕が映っている。小振りながらかなりの威力を秘めるベクトーアの優秀なM.W.S.用短機関銃だ。
だが、鋼としてはどうも嬉しくない。横にいる空破の保持している武装が特注品だからだ。
『AR-68』四〇ミリアサルトライフルをベースにした銃だ。『CAR-No.01「ゲイルレズ」』というらしい。『槍を持つ者』の意味を持つ巨人の名を借りた『Customized Assult Rifle』、だからこの名前なのだそうだ。
ルナが割と先程自慢げに語っていたのが腹立たしい。
『どう、緊張してる?』
そんなルナから通信が入った。彼女はベクトーアの共通耐Gスーツに身を包んでいた。その姿は普段よりも勇ましく見えた。
「んなわきゃねぇだろ」
鋼は苦笑しながら言うが、ルナの表情は少し暗かった。
『今回の任務の相方はクレイモアが一二機いるけど……どうだか……』
さすがにプロトタイプ二機、いや三機を相手にするにはあまりにも戦力が不足していると考えているのだろう。
だが、鋼にとってはそんなことどうでも良かった。要するに彼らは囮であり、自分にとって任務が成功し金さえ貰えればいいのだ。
無用な感情は任務の邪魔になる。
「別にんなもん知ったこっちゃねぇよ」
傭兵は金で動く。故に真の仲間など存在しない。だからこんな回答になる。
『あの、一つ、相談があるんだけど』
「ンだよ?」
『あなた、うちに入る気ない?』
この言葉にはさすがの鋼も目が飛び出そうになった。傭兵であることをやめ、軍の犬になれと言うのか。
「あぁ? てめぇらの傘下になれってか?」
『傘下って言うんじゃなくて……その、仲間として、あなたを迎え入れたいの。考えてくれないかしら? 入るんだったら給料結構弾むし、それに何より一人でやるよりも遙かに多くの情報を仕入れることが出来るわよ、うちらの部隊ならね』
どことなく金をちらつかせて踊らせるあたりが彼女らしい。
彼女としてはこれだけの戦闘能力を誇る人物を自分の手元から離したくないのだろう。敵に回ろう物なら厄介なことこの上ないし、何よりプロトタイプが自分達の軍に一機手に入るのは相当大きい。士気の向上や戦力から見てもだ。あらゆる意味でプラスになる。
しかし自分がそんな簡単にOKを出してくるはずがないことも彼女は分かっているらしい。それが彼女の利口なところだ。
しかし、鋼としては悪くないと思い始めた。確かにこの部隊の情報収集能力は群を抜いている。
今までもいくつかこの手のオファーがあったが、フェンリルは機密主義のため情報網がそんなに入ってくることはない故却下。華狼は前に玲ことジェイスと共にいたことがあったが、どうも軍部が堅い雰囲気だからか好きになれない。
で、今回のベクトーア、それもルーン・ブレイドからのオファーだ。さすがにこれほどオープンになっているのだったら行けるかも知れないと鋼の中で何かが囁いた。
奴の情報が手にはいるのだったらいても悪くはない。しかし、即答するのも気が引けた。
だからただ
「考えといてやる」
とだけ言った。
「で、一つ質問。いざというとき計算外の勢力が現れた場合は?」
少し、話題を変えた。正直、ああ言われた瞬間から、不思議と妙な焦燥感に駆られている。こんな感情は初めてだった。
『中身に寄るけどそれも一緒に破壊。アイオーンとかだったらなおさらよ』
「了解。ところで報酬の上乗せは?」
『そんなものあるわけないでしょ? あなたは結構高い値で雇ってるンだから、それくらい我慢するの』
少しルナがむくれた。どこか子供っぽい、年相応の仕草だった。
「ち、わーったよ」
わかんねぇ奴だと、鋼は思った。ルナは本当に表情がコロコロ変わる。正直見てて飽きない。
『……ねぇ、やっぱり名前、教えてくれない? 会ってから一日も経って、その上昨日の夜あれだけ助けて貰ったのに、名前知らないなんて、なんだか少し嫌なの』
そしてこういう時に浮かべる憂えた表情は、時にはっとするほど美しく、脆い華のような印象を受ける。
いつ何時最後の出撃になるかわからない。戦場において命は誰の物だろうと等価だ。それはナノインジェクション実験の生き残りだろうが、先天性コンダクターであろうが。特別な存在など所詮付加価値の一つでしかなくなる。
だからこそ、自分の胸にしっかりと刻んでおきたいと考えるのだろう。
そして、鋼が口を開こうとしたまさにその時だった。
『各員に次ぐ。警戒態勢をSレベルに移行。これより戦闘態勢に入る。戦闘における各員の逸走の努力に期待する。以上』
ロニキスからの通達だった。
おかげで会話が途切れた。
『あの……』
「後で教えてやる」
いつの間にか、そんな言葉が口から出ていた。
ルナが微笑み、礼を言った。
その時、鋼の心が、熱く燃えた気がした。
この感情は、なんだ。俺は、何を思っている? 何故、俺はあんなことを言ったんだ? こいつは、なんなんだ。
ルナの笑顔には、不思議な魅力がある。まるで何かに包まれるような、そんな魅力だ。何故か、心が安らぐのだ。
これをカリスマというのだろうかと、鋼はぼんやりと考えた。
『レイディバイダー、持ち場について下さい』
オペレーターの声で、鋼は我に返った。
紅神の横にいたレイディバイダーはすぐさま起動し赤色灯に導かれながら出撃用の第六ハッチへと向かう。
『アリス、気を付けて』
ルナの言葉に対し、アリスは無言でレイディバイダーをハッチの開放と同時にブースターを吹かして甲板へと向かわせた。
これが彼女なりのやり方なのだろう。
ホントに、面白れぇ奴が多い。
鋼には、ルーン・ブレイドはそう思えた。
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