第四話『合流』(2)-2
せわしなく、人が動いている。ウェスパーにとって、そういう風景が一番心を揺さぶるのだ。
先程入ってきた鋼の機体は、紅神という名前のようだ。データ取りは、鋼の協力もあって何とか終わった。
意外にあっさりと協力を認めたのは、ウェスパーも驚いた。
「しっかし、真っ赤な機体だよなぁ……」
ウェスパーは腕を組みながら紅神を見上げた。
まるで炎。そういう印象を持つ、赤。不思議と、鋼の瞳の色も、同色だった。
面白ぇ奴だと、ウェスパーは思う。
「ヘッド、この機体の左腕やばいですぜ。ちょっと来て下さい」
ウェスパーは頷いた後タラップを駆け上り、整備兵の一人のグレアムの元へと駆けつける。
「見て下さいよ、これ。サブフレーム完全にひん曲がってますぜ。何かリーダーの話では、あそこで黙々と整備してるバカが格闘戦でゴブリン破壊したって言ってたからそれが原因だと思われますぜ。後ロクに整備されてねぇのと、こんなゴミクズみてぇな粗悪品フレームと別機体のフレーム使って無理矢理なんとかしてるのが原因かと。今まで壊れなかったのが奇跡ですぜ」
その言葉にウェスパーは少し眉間にしわを寄せた。厄介な問題抱えてやがると、心底思った。よほど金がなかったのだろう。そうでなければこんな粗悪な代物誰も買わない。それくらい一緒に付いていたサブフレームは酷かった。
鋼は聞こえないふりをしているのか、スルーしている。
「どうします、予備のフレーム無いっしょ? 後は他の機体から代用するしか手無いですぜ?」
「それだ」
ウェスパーはその言葉に腕を組んでうなずいた。そして自信に満ちた笑みを浮かべる。
「あるじゃねーか、おい。たった一つだけ使われてない腕が」
そう言い終えた後、何故か彼は豪快に笑い出した。周囲からは明らかに白目で見られているが、気にしない。元々そういう性分だからだ。
ウェスパーは不知火を整備している新型武器開発研究所所長(ルーン・ブレイド内にあるものの当然ベクトーア非公認だ。なんせ資金源は予算の余りだからでその上所長と言われても所員は彼一人である)のアルバーンへと目を向けた。
「アル、第四格納庫の『あれ』を出せ」
アルバーンは立ち上がって大声でウェスパーと会話を交わす。
「あれッスか? でもやばいッスよ、またジャンクにされたらどうすんスか?」
「ああ? 俺がんなことするとでも思ってんのか?」
鋼はアルバーンに対して殺気に満ちた瞳を向けるが、アルバーンと共に整備をしていたグレアムの弟のコクソンが
「じゃあ、腕破壊すんなよ、こんバカ」
と随分と心を抉りそうな発言をしてきた。
もっともだと、ウェスパーは感じる。さすがに反撃の手口は見つからないのか、一瞬だけ、拳を上げ、すぐに下げるやいなや整備に取りかかっている。
「おいおいコクソン、喧嘩起こすなよ?」
グレアム達の幼なじみであるアレックスがコクソンをなだめた。アレックスがいなければ、今頃コクソンは本当に刑務所で何年の懲役喰らうか、分かったものじゃない。
実際、グレアムはコクソンが血の気が多すぎることに、少々危険性を感じている。それをアレックスがなだめているから
「ち、わーってる」
と、殺気だった目を崩していないがコクソンは引くのだ。
それにウェスパーはため息を吐いた後、少し考える。左腕そのものを取り替えた方が早いだろう。
と、なれば、あれを出すしかない。
「あれをこいつに無理矢理つけっぞ」
その言動に周囲はさほど驚かず、一つ頷くだけだった。
「三ヶ月目にしてやっとッスよ! ようやくオイラの腕の見せ所ッス! 全員、さっさとあれ出すッス!」
アルバーンはそう言って整備員達をせかす。彼は一見ひ弱そうに見えるが、こう見えても暴走族時代からの自分の弟子の一人でもある。
「んあ?! ちょっと待て! てめぇら俺の機体改造する気かよ?!」
鋼はようやく状況を判断して止めようとしたが時すでに遅し。暴走族は止まらないのだ。
その後整備班は格納庫からM.W.S.用の腕を出した。マニピュレーターもついていなければ塗装すらされていない。ただ腕に大型ブレードが四本も付いている。
ウェスパーは不適な笑みを浮かべた。
「ようやくこいつのお出ましだ。攻防一体型じゃじゃ馬ソード、『Special Weapon No.16「スクエアブレード」』。取っといたのは正解だったぜ」
そして、ちらりと鋼を見る。
何をやる気だと、問いかけている気がしたが、無視した。
「早急に作業を行え! さっさとこいつを取り付けるぞ!」
「応!」
この怒号がいつもウェスパーの心をかき立てる。
整備員達は一部を除き一斉に作業に掛かった。
腕は外され、各部は強制解放されと、もうオーバーホールに近い。が、やるだけやっておこう。ウェスパーはそう思い、嬉々としながら腕を取り付けていく。
最終的には、鋼の報酬からこの修理費をたんまりと引いたのは、言うまでもない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
かすかに、風が吹いていた。その風に、レムは起こされる。
目を開いてみると、花びらが舞っていた。
ボーッとした頭のまま、一度体を起こす。
照りつける陽光と一面に広がる花、そして優しく吹く風がレムの感覚を刺激した。
「ここは……?」
レムは起きあがって辺りを見回す。
な~んかどっかで見たことあるような……。
そう思うと彼女ははっとした。
テレビで見たことがある。確か、あの世だった。
「ひょっとして私、死んだ?! つーか何が起こったんだっけ?!」
レムは自分の記憶を巡らせる。
村正に背中からバックリ刺されて、その後背中になんか翼が生えて、意識が遠のいて……それから……それから?
「えと、その後は……覚えてない?! ちょお、それやばいでしょレムさん、ねぇちょっと!」
自分で自分にツッコミを入れるなど、内心が焦りすぎている証拠といえる。
「やばい、ひょっとしてマジで死んだ? ちょ、ちょっとタンマ! 冗談っしょ?!」
しかしその後、レムはぽんと手を叩く。
「そうだ。これは悪い夢か幻覚だ。たぶんそうだ、きっとそうだ。そうに決まっている、いや、そうに決めた、うん」
「いや、ここはあなたの中よ」
突然、一人納得しようとしたレムの後ろから声がした。彼女は瞬時に振り向く。
しかしレムはその姿を見て愕然とする。
そこにいたのは、自分と瓜二つな姿を持ったブロンドの髪を持つ女性だ。
背格好はレムとほとんど大差がない。顔つきや目つきなどはよく似ているそんな女性だ。年はと言うと、自分よりは明らかに年上である。自分の倍の年齢は行っているのでは無かろうか、そんな感じだがその姿は若い。
自分が成長したらこんな感じになるのだろうと、レムが思い描く姿に似ていた。
しかしはっきりと違う点が三つ。
六枚もの翼が生えていることと、左半身全土を覆わんばかりの刻印が刻まれていること、そして瞳が赤く瞳孔がまるで獣のような形をしているということ。
「え? ちょ、これ鏡っしょ? 変な夢……」
「だから、ここはあなたの心の中なのよ。私はセラフィム。『あっちの世界』ではそう呼ばれていたわ」
レムは目の前の『何か』の言っていることがまるで理解できなかった。完璧に目を丸くしている。
これは自分の性格を表した幻影か? 『あっちの世界』? 何それ?
私こんなに怪電波大量に受信するタイプだったっけ? そりゃそれでショックだし……。
頭がパンクしそうになってきた。
「あっちの世界って……何?」
レムは呆れ顔で『熾天使』の名を持つそれに問いかける。
「アイオーンの世界」
その存在はただ静かに、素っ気なく言った。
少し状況の把握が遅れた。
「は?」
と聞き返したほどだった。
セラフィムはため息を付きながらレムに再度説明をする。
「だからアイオーンよ」
その言葉を聞いた途端、レムは殺気に満ちた表情を浮かべ思わず腰に手を伸ばす。
「敵?!」
「そうかも知れないけどそれ前に……武器、なくない?」
そう、あくまでもレムが腰に手をのばしたのは癖だ。いつも腰にBang the gongを差しているため抜く癖が付いている。
セラフィムの説明を受けてレムはようやく納得する。レムは少々恥ずかしがった。
だが殺気ある目を崩すことはない。
しかしレムがその様子でもセラフィムの目は優しげだった。
「敵対行動を起こす気はないわ。むしろ、あなた達に頼みたいのは、私たち、アイオーンの消滅よ」
レムは目の前の存在の言っていることがわからなくなった。
「どゆこと? 自分たちを殺せなんて」
「私たちは、ただの兵器化された魂でしかない。それが気にくわないだけよ」
「はぁ? なーに夢の中のくせに訳わからんこと言ってるのさ? せめて夢ん中なんだからそこくらい小難しい話やめにしよーよー」
こんな話を聞いて「はいそうですか」と納得するほど、自分の頭は落ちぶれてはいない。
だというのに、この夢だか現実だか、それとも心の中なのかよく分からないこの風景は未だに終わることなく、そしてセラフィムはしゃべり続ける。
「心の中は、嘘は付けないの。嘘を言おうとしても真実しか述べることが出来ない。嘘は、何も付けない」
「は?」
「貴方は今嘘だらけであってほしいと願うから私を疑っている。何故それが分かるのか? 心の中では嘘を付けないという説明通り。本当に自分はアイオーンか? こんな羽生えて瞳孔が変わった人間いると思う?」
レムはかなり驚いた。それもそうだろう。深層心理の疑った理由どころか、その後に浮かんできた疑問まで的確に捉えられたのだから。
レムは今の光景がすべて嘘であって欲しいと思っていた。アイオーンと同居するというどこか気まずいムード、それがあるから嘘であって欲しいと願っている。
その様子をセラフィムは諭す。
「嘘は塗り重ねていけば行くほど、自分の存在を、心を踏みにじっていくことになるわ。『真実を見据えて生きて』、貴方の心にはその言葉が根強く生きているのでしょ?」
レムははっとした。
何でその言葉を知っている。一瞬、詰め寄ろうかと感じた。
自分の、四歳の頃死んだ母親の最後の言葉、自分に向けていってくれた言葉、自分だけの秘密。父親にすら教えたことはない。
姉はその言葉が発せられたことすら知らない。自分しか知らないはず。
それを言われた瞬間レムはようやく納得する。どうやら目の前の言っていることは事実らしい、そしてこれは夢ではなく現実なのだ、と。
仕方ないからレムは目の前にいる存在を信じることにする。
だが、そのための保険をかけた。
「……やってもいいけど、一つ頼める?」
「何?」
「ずっと私の意識下にいろってこと。暴れられると迷惑だから、いやマジで。つーかんなことやったら地獄に堕ちても追いかけ回して殺すからね! ケルベロスの餌にしてやる!」
レムも暴走したルナのことは知っている。もし仮に自分が姉と同じような存在だったとしたら暴走する危険性が高いからだ。
だが、セラフィムはレムにこう説明する。
「大丈夫。後天性にはそういうことはないの。そう言うプログラムが成されているのよ」
プログラム。その存在から発せられるあまりにも機械的な言葉。それがレムに驚きを与えるには十分なインパクトを持っていた。
「プログラム……?! どういうこと?!」
「そればかりは教えられないわね、まだ」
セラフィムは軽くはぐらかした。
「ケチ」
レムはふてくされる。
「それに地獄にケルベロスいないわよ」
レムはまたもげんなりとした顔をした。さすがアイオーン、死を超越した存在であるため天国と地獄を知り尽くしている。
まあ、所詮世の中にある神話など人間が勝手に作り上げた物なのだから実際天国や地獄がどうなっているかなど知っている人物はこの世にいない。ケルベロスがいないのも納得できる。
そんな中今度はセラフィムが質問してきた。
「さて、私からの質問よ。あなたは自分が特殊だと感じたことはない? 時々自分が不思議になったことはない? 他人と違うような気になったことはない?」
レムはふと考え込む。
「そりゃあ、少しはあるけど……。頭良すぎとか。IQ二四〇とか言われて誰が信じるよ?」
実際この通りである。知能指数が、昔測ったとき二四〇という数値を叩きだしたのだ。
もっとも、それだけ高いとはいえ、普段社会勉強のために通っているハイスクールの成績は、実は理系以外ダメダメだったりする。
「それはあくまでも一個のファクターでしかないの」
「なんじゃいそれ?」
「あなたは特殊な存在なの。だけど、まだ不完全。でも、あなたの能力は極めて特殊よ。後天性でも類を見ないほどのね」
「完全なんてもの、この世に存在してたまるもんかい。不完全で結構だよ。つーか、どの辺が特殊なのさ? コンダクターになったってだけで厄介だってーのにさ」
レムは少し苛立ち始めた。だというのに、それを知ってか否か、セラフィムは静かに言い放つ。
「私を伝ってアイオーンの情報が遺伝子内にすべて記録されているの、未知のアイオーンですらね」
あり得ない話だ。未知のアイオーンすら情報が記録されている。会ってもいない物の記録がどうしてわかるのだろうか?
答えを考え出そうとするが全く浮かばない。
そしてこんな状況になった後天性コンダクターは彼女が初めてだ。
何故彼女だけがそうなのか、それはわからない。何が起因しているのか、本人ですらわからないのだ。
物事には何かしらの理由が存在する。結果には原因が付き物だ。だが、彼女にはその能力の『結果』以外存在しない。
だからレムはそのことをセラフィムにぶつけた。
「何バカなこといってんのさ?」
「たぶん少ししたらわかるわ」
「あっそ」
セラフィムは自分の胸に触れる。
「話はこんな所ね。私に触れればあなたは目が覚める」
「触れること以外出来ないんでしょーが」
大方見当は付いていた。彼女は覚悟を決める。
「察しがいいわね」
そしてレムはセラフィムに触れた。
波紋のように揺れ動いたセラフィムの体の中にレムの体が入っていく。全てが入り込んだその瞬間、花畑は消え暗闇が続く。
だが、すぐに光が差した。
なんだってのさ……ったく。
レムは目覚める寸前にそう愚痴った。
そして目覚めた部屋は、先程とうって変わって暗かった。
天井の明かりでレムはようやく自分が病室の中にいると感じ取る。
「やっと目ぇ醒ましたか」
不機嫌そうな声が聞こえた。玲だった。
「……今、何時?」
レムの起きた早々の一言はそれだった。
「朝七時」
玲の素っ気ない言葉が少しだけレムにはありがたかった。やっと現実に戻れたような気がしたからだ。
ふと、レムは夢の内容を玲に語った。
「やっぱな。大方そんなこったろーと思った。で、このことあいつには言うのか?」
「姉ちゃん? 言うに決まってんじゃん。私は私だよ。何があったって、どうあったって」
どうせいずれ知られることだし、姉は昔からコンダクターだっただけあって、少しは違うだろうと、レムは楽観的に考えていた。
そして軽くため息を吐いた玲は
「疲れたから俺は寝る」
とだけ言い残し、そのまま医務室奥の自室へと消えていった。
レムは一つだけ、静かに息を吸った後、また静かに吐き、言った。
「どうやら厄介なことになりそうな気がするねぇ……」
レムは相変わらずの態度を崩さず、呵々と笑った。
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