第四話『合流』(2)-1

AD三二七五年六月二三日午後一〇時

 

 暢気な奴らだなと、鋼は紅神のモニター越しに苦笑していた。

 叢雲の整備デッキは、鋼の想像以上に広かった。それに整備設備も充実している。


 だが、どうも整備兵達が紅神の姿を見て惚けているのが数名いた。

 こんなんで大丈夫かと、最初は心配したが、ほんのちょっと目を離した隙にとてつもない大男がその整備兵達の前に現れ、顔面に鉄拳をかましていた。

 整備兵は思いっきり腫れ上がった頬を一度抑えた後、すぐさまその大男の前で直立不動になり、頭を下げ、すぐさま持ち場へと戻っていった。どうやらあの大男がこの整備兵達のトップらしい。


 その後、紅神は収納用のベースに案内された。そして紅神はそこで停止する。

 鉄骨で出来た足場が紅神の前を塞ぐと同時に、鋼は紅神の機能を停止させた。

 その瞬間、操縦桿が横にずれ、コンソールパネルユニットが足下へと向かいコクピットが開いた。

 モニターで見るよりも少し明るい光と一人の男が彼の目に飛び込んでくる。

 見れば、先程の大男だった。少し汚れているつなぎがやたらと板に付く赤茶色の髪の毛と左頬にある傷が目立つ。


「お前さんが今回の傭兵か? 俺はウェスパー・ホーネット。この船の整備兵のトップつったところか。ま、よろしく頼むぜ」


 ウェスパーは武器ケースを持って出てきた鋼と握手を交わした。

 しかし、でかい。優に二メートルは超えているし、筋骨隆々だ。下手な兵士より明らかに体格がある。


 その後鋼は改めてデッキを見渡した。整備スペースは二十機分以上の空きがある。モニター越しよりも広いと感じた。

 またそこには先ほど帰還した紅神以外の三機の他に、漆黒の機体とヤケに細身なスカイブルーの塗装がやたら映える機体が整備されている。背部や各所に取り付けられたブーストユニットがある。空中戦闘能力重視機のようだ。

 漆黒の機体は、どちらかと言えば若干パワー重視のバランス型という感じだ。何処か不知火に似ている。


「そんなに珍しいか、ホーリーマザーとファントムエッジがよ」


 鋼の目の前に、見慣れない男が出現する。全身黒尽くめの男だった。髪の毛から始まり、靴に至るまで、全て黒。まるで闇を表すかのように、黒い。

 何か、悪寒のような物が走ったのを感じた。いつの間にかマシンガンを展開し、目の前の男に突きつけていた。

 だが、その男も平然と、トンファーとM-72がセットになった珍妙な武器を鋼に向けていた。それも平然とした顔をしながら、だ。殺すことに何の抵抗もない、冷めた目だった。

 周囲にいた兵士達も自分の銃を各々鋼へと向けていた。


「おいおい、俺もここの奴だって」


 男は苦笑している。愛想は良かったが、表情の奥底には得体の知れない何かがあった。まるで意図的に笑顔を作り込んで周囲を油断させているかのような、そんな気さえした。

 鋼はちらりと横で自分に銃口を向けているブラスカを見た。


 鋼はその銃を見て驚いた。それもそうだろう、今のこのご時世極めて珍しいリボルバーだ。しかも超骨董物と言える一九〇〇年代の産物『タウルス・モデル480SS5M「レイジングブル」』、480ルガー装填可能の狩猟用のリボルバーだ。

 さすがに、そんな物を米神に当てられるといい気分はしない。

 一度溜め息を吐いた後、鋼は義手を降ろした。それと同時に、周囲の兵士と男もまた銃を下げた。

 しかし、それでも鋼の殺気だった表情を崩さなかった。


「てめぇはなんだ? 他の連中と明らかに違う。血の臭いが、しすぎンだ」

「ま、そうかもな」


 男はあっさりとそれを認めた。


「お前ほどの名の知れた傭兵だ。これ見りゃわかるだろ」


 男はただ右手の甲にある血の十字架のタトゥーを見せるだけだった。それが彼なりの自己紹介なのだろう。

 確かに、十分だった。


 かつてあるアサシン兄弟の噂があった。片方は鎌を振るい、片方は体術を得意とする、全身黒の兄弟。

 異名『千人殺し』。こいつは恐らくその弟のブラッドだと、鋼は直感的に理解した。

 千人殺しと言うが実際何人殺害したかなどわかるわけもない。なにせ暗殺する時はターゲット以外にも護衛まで全滅させていたからだ。彼らの通る後には肉片と血痕以外残らないとすら言われていたくらいである。

 だが、鋼は当然疑う。こんなもの掘ってしまえばいくらだって誤魔化すことが出来る。だいたい、彼らが元々所属していた暗殺者ギルドは、確かこの入れ墨を彫ることが入団の証だったはずだ。


「ホントかよ?」


 ブラッドは一つ頷くだけだった。


「おめぇ、最初に殺した奴の名前と殺した日にちは?」

「は?」


 目を丸くした。これくらい普通は言えるだろう。ブラッドが少し考える仕草をする。本当に考えているかは、よく分からなかった。


「三二六五年のクリスマスに地域住民から寄付金と称して賄賂になる金を集めまくっていた教会幹部をその部下もろとも皆殺しにしたな。確か、あん時殺ったの五八人だったか」


 確かに情報で公開された通りだった。その後も適当にいくつか質問してみたが、彼は平然と答えている。殺し方まで言っていた。

 しかし、かなり残虐なやり口が多かった。聞くに堪えられなくなったのか、遠ざかる整備兵も何名かいたくらいだ。

 なかなかに常人だとこうはいかないものだ。必ず何処かで歯止めが掛かる。だというのに、この男は平然と、なんてこともなくただの作業のようにそれをやっていたと言った。

 間違いなく本人だと、鋼は悟った。だとすれば当然の疑問が上がる。


「だったらよ、なんでまたそんなてめぇがこんな所にいるんだ? 死刑台じゃなくてよ」


 ブラッドは言葉を詰まらせた。一気に表情が暗く、かつへこんだ物になっている。

 思ったよりもこいつ性格軽いのかと、鋼は思い始めていた。


「密入国に失敗して捕まってここに……」

「は?」

「いやな、高飛びしようと華狼から船に隠れて乗ってきたまでは良かったんだけどよ、途中で突然入国管理局の監査が来たんだよ。それで俺と兄貴とブラスカはとっ捕まっちまってな。で、その後無理矢理ここに身柄移されて自由なき軍属となり戦闘してるって訳だ……」


 もう鋼は呆れるほか無かった。

 あれだけ世界を騒がせたあのアサシン兄弟が捕まった理由が密入国失敗だというのだ。あまりにも情けないから一言だけ言う。


「バカじゃねぇの?」

「お前そこまで言うか、おい。意外に酷い性格だな」


 ブラッドは頭を抱えた。

 どうやらブラスカもブラッドと同境遇らしいが、彼からは暗殺者という感じがしないし、入れ墨も見受けられない。

 だが、訳ありなのだろうとは察した。傷は、拷問などで受けたような傷ではない。

 似たような傷を持った人間を知っていた。コクピットの中のパネルやモニターが飛び散って、付いた傷だ。もっとも、そいつは死んでいたのだが。

 恐らく別軍勢からこの男は亡命でもしてきたのだろうと、鋼は勝手に感じた。ベクトーアにしては珍しい黒色系の肌だったから、そう感じるのだ。


 それからは二、三、軽く話をした。そんな時に、空破のコクピットがようやく開いた。ルナはコクピットから出てくると周りに何かの命令をして足早にどこかへと消えた。

 一瞬だけ見えた表情には、何か焦りの表情が浮かんでいる。先程言っていた妹とやらが、心配なのだろう。


「あいつらしい、か」


 ウェスパーが横に来て、ふとぼやいた。


「あいつは、まだ若い。俺よりも年齢は下だろ? 何故あいつが隊長をやっている? コンダクターと言うだけじゃねぇだろ?」

「あいつには、何か不思議な魅力みてぇなもんがあるのさ、鋼。こいつなら何をやってもなんとかなるみてぇな、そんな不思議な魅力だ。ルーン・ブレイドが出来て十年になるが、あんな奴は久方ぶりに見た」


 ウェスパーが、どこか遠くを見ているようにも感じた。


「だが、このままいくと、いずれ限界が来る。だからよ鋼、あいつを頼むわ。俺も何でこんなこと言ってるのか、よくわかんねぇけどよ。だが、ルナの暴走を大喝で止めたのはお前だけだ、何とかなりそうな気がする」


 鋼はどうしてかウェスパーの言葉に頷いた。別に報酬貰えりゃいいから、死のうが何だろうが知ったことかという感情があるにもかかわらず、彼は何も考えずに頷いた。

 本能的な何かが、彼女を死なせてはいけないと教えていた。

 それに、恐らく明日の作戦はかなり厳しい。あれだけ派手にやりあったのだ、大方警備は増加しているし、増援も来ているだろう。

 その中であいつを死なせないこと、それをやらなければならないように、鋼は感じた。


「さてと、整備取りかかるか……」


 ウェスパーが踵を返すやいなや、鋼は硬直した。

 それもそうだ、ウェスパーの背中に刻まれている文字は、よりにもよって『喧嘩上等』である。

 ま、この程度はよくあるよな。などと鋼が思っていた直後、ウェスパーが怒号を上げた。


「おいコラ、ブラー! どこにおんじゃぁ?!」

「お頭ぁ、何ですかい?!」

「一時間でこいつのデータ全部取れ! 出来なかったらケツバッドだ、わーったな?!」

「了解しました!」


 壁に反響して見事な音響をウェスパーはブラーなる人物と醸し出している。

 すると鋼の前に素早く一人の男が現れる。恐らくこいつがブラーだろう。


「よぅ、あんたが鋼か? 俺はブラー・ラウンド。この整備部隊の副主任にして、ウェスパーの兄貴が『Beat it』を率いていた頃からの一番弟子よ」


 そう言われて思い出した。

 昔テレビで見たことがあった。二十年近く前に、ベクトーアを騒がせていた大物暴走族が二つあった。その中の一つが『Beat it』である。第十五代で解散したらしいが、その十五代目とか言うのがウェスパーだ。

 後でもう一度鋼が調べると、当時の彼は『クレイジードッグ』とまで称されたヘッドだったようだ。頬の二本の傷も、その時の物らしい。

 しかし、ブラーにこう言われると、そこかしこに魑魅魍魎やら蝋燭やら、愛羅武由アイラブユーという訳分からん言葉まで入っているのも納得できる。

 更に周囲にチェーンソーはまだしも釘バッドが置いてある。ということは、恐らくほとんどの連中が元々からのウェスパーの部下だったのだろう。後で聞いたら実際そうだった。

 ブラーが身を乗り出して下で作業をしていた整備兵に呼びかける。


「てめぇら、やるこたぁわかってるな? こいつのデータ取りと平行して他の機体のメンテやるぞ。サボったら頭直々に焼きいれられっぞ!」

「押忍!」


 轟音としか言いようのない声だった。思わず鋼も一瞬耳を塞ぐほどに。

 なんだか、酷く疲れた気がした。

 一度、どこかで眠ろう。ふと、鋼はそう思った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「レムは?!」


 ルナは医務室の扉を開け、医務室に駆け込むやいなや、言った。

 レムは眠っていた。見る限りだと、点滴を受けている程度で、大したことはないようにも見えた。玲・神龍レイ・シェンロンが、彼女の横に付いていた。


 玲はルーン・ブレイド医療班班長にして、ナノマシン工学の第一人者でもあった。

 なんでも嘘か誠かは定かではないが、華狼の名家『アルチェミスツ家』の嫡男らしい。

 だとすれば、かつての紅神のイーグだったと言うことだ。紅神は、代々アルチェミスツ家が継いできたものであるからだ。一〇年ほど前に鋼が強奪したという噂があるが、本当かどうかは分からない。


 しかし、この男は何か思うところがあったのか、今はベクトーアに亡命して医療に携わっている。確かに、剣の腕は悪くないように思えるのだが、実際には研究者としての生活の方が性に合っていたのだろう。

 だが、胡散臭い名前を付けたものだと、ルナはいつも呆れていた。


「ドクター、どうなの?」

「別に問題ない。今は眠っているだけだ。ブラッドが言ってたんだが、こいつの背中から『羽』が生えたらしい。何の因果かは、わからんがな」


 玲は伊達眼鏡を一度かけ直した。普段の目つきの悪さを気にしてかけているいるらしい。

 しかし、玲は平然と言ってのけたが、ルナにとっては、希望が打ちのめされていく感覚を覚えざるを得なかった。

 羽の生える人類、そんなもの、ただ一つしか存在しない。

『コンダクター』、それだけだ。


 少し、頭痛を覚えた。

 泣きたいが、涙は出ない。自分と同じ存在になってしまった妹を救ってやれないのか、ただひたすらその事を考える。

 だが、そんなものありはしないことは、自分が一番よく分かっている。

 ただ悔しく、哀しく、情けない。その感情に押しつぶされそうになる。

 人間である事へのアイデンティティを捨てざるを得なくなるその目覚めをレムは耐えられるのか、心配でならなかった。


「おい、大丈夫か?」


 玲の顔が目の前にあった。


「あれ? あたし、どうしたの?」


 いつの間にか自分は寝かされていた。額には、汗が多く浮かんでいる。


「倒れたんだよ、さっき。一時間程寝てた。精神的な面から来る肉体疲労だろ。ビタミン剤処方してやる」


 少し、驚いた。こういうこともあるのかと、ルナは感じていた。

 しかし、少し寝たからか、頭が想像以上に冷静になっていた。


 因果、玲は先程そう言った。

 確かに、ルナとレムは元を辿れば親戚同士に当たる。要するに多少なりとも同じ血が流れていることになるのだ。しかし現在確認されている限りコンダクターになれたのはこの二人だけ。

 同じ血が少しでも流れる者同士が何故発症するのか。いくらなんでも偶然にしては出来過ぎている。だが、この段階で答えなど出るはずがない。

 レムはどうなったのだろうと、横を見る。

 相も変わらず、寝ていた。


「こいつの世話は俺がしとくから、とりあえず、風呂、入ってこい。臭いから」


 そう言われて袖の臭いをかいだ。確かに、臭い。下水道に長いこといすぎたのだろう。

 少しムッとしたが、実際レムに何もやれはしないのだ。

 いても無駄でしかない。そう思い、ルナは病室を重い足取りで後にした。

 それから、いつの間にか部屋に帰って、無造作に服を脱いでシャワーを浴びていた。


 冗談じゃないわよ……。


 壁を一度、思いっきり叩いた。

 左手の火傷の跡が疼く。シャワーを浴びても、この傷だけは流せなかった。


 冷静になる分だけ、打ちひしがれる度合いが違った。空元気も元気などと言えるような気にすらなれない。

 ただ、彼女の心の中で何かしらの核心が生まれる。

 何かが起ころうとしている。そうとしか思えなかった。


 だが、少し考えて、疲れた。シャワーの音もうるさくなったから、シャワーを止めた。無造作に置いてあったタオルで体を軽く拭き、その後バスローブに身を包むと、すぐにベッドに向かった。

 ベッドの上に腰を落ち着けると、彼女はいつの間にか目頭に熱い物を感じていた。


 泣いていた。今更泣き崩れる自分がいた。涙は出ないと思ったが、今更、止めどなくあふれてきた。

 どうしてこんなことになった。どうしてこんな能力がこの世にある。どうして。

 疑問符ばかり浮かんでくる。それに答えられない自分がいる。それが情けなかった。


「もう……あたし……どうしたらいいの……?」


 彼女は崩れるように体をベッドの上に寝かせた。

 黒い髪の毛が宙を斬った。ベッドが少しきしんだ音を立てる。そのきしんだ音がなおのこと彼女をいらつかせた。

 彼女はそのまますすり泣き、声を殺して泣いた。

 そして自然に微睡みの中へと落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る