第三話『覚醒』(3)

AD三二七五年六月二三日午後八時四五分


AD三二七五年六月二三日午後八時四五分

 

『そこの男、ただちに降伏しろ!』


 ゴブリンから鋼に向けて言葉が放たれる。


 るっせぇな、こんなろー、黙りやがれ。


 鋼は内心そう思いながら、耳をほじくっていた。


『投降する気か? 諦めたか?』


 もう一機のゴブリンから発せられるその言葉に、鋼は再度挑発的な笑みを浮かべた。


「諦めるだぁ? それは俺が一番嫌ぇな言葉だな。生きること諦めてなんになるってんだ?」


 諦めた瞬間、人は死ぬ。だからこそ、鋼はどんな時でも諦めなかった。だからこそ、彼は生きて来られたとも言えた。


『だが、この状況からどうする?』


 兵士の言葉に鋼はにやりと笑った。

 そして自信たっぷりに言い放つ。


「言ったな? 後悔すンなよ?」


 そして突如彼を中心として周囲に緑色の光が立ちこめ電撃が走る。


『何だ?!』

『当該ターゲット周辺に熱源並びにレヴィナス反応確認! 召喚です!』


 その後一時的に鋼の体が消える。

 そして鋼のいた場所には徐々に紅の巨人が形成されていく。


 この世にはM.W.S.を遙かに上回る能力を持った機動兵器が存在する。

AEGISエイジス』、守りし者。ギリシャ神話に登場する女神の盾の名を持つ機動兵器。

 天然レヴィナスを装甲材質とし、それの持つオーバーテクノロジーを当時装甲素材がニッケルクロム鋼だったM.W.S.に流用したのがこのカテゴリーが発展するそもそもの始まりだった。

 しかも自在に機体を生成・分解するというレヴィナスならではの技術『召喚』や、『Image Direct Shift System』-『IDSS』という脳にイメージした行動をそのままフィードバックする操縦システム、レヴィナスの持つ心を読みとる能力の恩恵によってその心が強ければ強いほど武装の威力も増すという不可思議な力を持ち合わせると、これだけ書くだけでもエイジスが如何に特殊か理解できるだろう。


 また、液状になったレヴィナスを体内に注入することで、操縦者自体を一つのパーツどころか、マシンの心臓そのものとした。

 そしてそれを打ち付けられた場所に現れる紋様が『召喚印』でありこれら召喚印が刻まれている人間のことをまるで機械であるかのようにこう呼ぶ。

 『Aura Employment Generater』-『AEGイーグ』と。


 しかし、これだけのオーバーテクノロジーをふんだんに利用し、更に装甲素材がレア度の高いレヴィナスである故に、一機につき高級M.W.S.の三〇〇機分に相当する生産コストにも達した。当然このようなもの量産できるはずがなく、このタイプの機体は別カテゴリーとして存在することになる。

 そして与えられた名が『Aura Employment Generater Instration System』、略称『AEGIS』だった。


 そして現在、開発期初頭に開発された機体を『プロトタイプエイジス』、もしくは『プロトタイプ』と呼ぶ。

 開発初期は一〇〇機存在したものの、今現在は確認されている限りでは二十数機しか存在していない。

 プロトタイプ全機の特徴としてカメラアイがエメラルドグリーンに光るデュアルアイで、マニピュレーターはナックルクローと呼ばれる格闘戦闘用装備を内蔵した尖った指を持ち、腕部の横には近~中距離用小型気弾発射装置『オーラシューター』を標準装備しているという点がある。また名前が漢字二文字で構成されているというのも大きな特徴だ。

 どうやらアジア系の科学者が開発に関わっていたのが原因らしい。

 製造費用を度外視して作られたことも相まって、精神力を電力に変換するエイジスのメイン動力炉である『マインドジェネレーター』の内部にあるレヴィナスも天然物である。故に精神力を効率良く電力変換することが可能で、大規模なオーラ兵器の使用にも、機体にさしたる負担が掛からないのも強みだ。


 今のエイジスはレヴィナスを人工的に完全に再現した『KLクエネストレヴィナス』が使用されているが、これもオリジナルに比べれば強度が弱い。

 アーク遺跡がラグナロクの後に封印されたため、レヴィナスの採取が不可能になり、レヴィナスを人工的に開発せざるを得なくなった人類は極めて高コストだが召喚も可能なKLと、安価なコストで生産できる硬度のみを再現したELの二種類を開発した。


 実はこのレヴィナスがアシュレイの重要性を決定づけている。

 この時から一ヶ月前ほど前、なんと奇跡的に極微量だが天然のレヴィナスが発見されたのである。この時くらいから各地で微量-それこそ〇.五グラムくらい-の天然レヴィナスが検出された。

 レヴィナスは無限の可能性を持った地球史上最強のレアメタルだ。それに目を付けないはずがない。

 華狼がこの街に基地を置く理由はそこだ。ベクトーアとしても放っておけないが故にルーン・ブレイドを差し出したのだ。


 そんな天然のレヴィナスで構成されたプロトタイプの一機こそ、今まさに現れた鋼の愛機『XA-006紅神こうじん』である。

 全高二〇.二m、重量五二.八tの紅の巨人。まるで紅蓮の炎の如く紅に塗られたその巨体があたかも鋼の闘志を現しているかのように見える。

 機体のツインアイが燐と光り、ジェネレーターが雄叫びのような咆吼を挙げた。


 いつもコクピットから聞くこの音が、鋼にいつもこの上ない高揚を与えた。

 だが、いつの間にかコクピットに座っているこの感じだけは、未だに慣れなかった。

 彼はシートベルトをつけて自らの体をコクピットシートに固定する。それと同時に自分の武器ケースを無造作に後ろに放りやった。

 三面モニターとコンソールパネルに光りが灯った。彼は操縦桿である球体に手を触れる。少し機体と一体化するような感じがあった。そんな中でAIが機体の状況を刻々と伝えていく。


「関節ロック解除。オートバランサー正常稼動。ジェネレーター異常なし。エネルギーバイパス異常なし。ブースター異常なし。レーダー視界異常なし。イーグバイオメトリクス確認。心拍数、血圧、呼吸、体温、体力、その他異常なし。その他システムオールグリーン。XA-006、起動します」

「デュランダル、発生!」


 鋼は紅神の右手を平手にする。

 すると操縦桿に波紋が広がった後、紅神の掌に光が集まっていき、武器の形を作っていく。

 出現したその武器は極めて変わった形をしていた。大型ライフルを二つ、上下につけたような武器で、大きさも紅神の全長とほとんど変わらない巨大な武装だ。だがその姿はあたかも鋼の持つ両刃刀を更に巨大化したかのようだった。

 これが紅神の主武装『特殊両刃銃剣「デュランダル」』である。高出力のオーラカノンの機能を持ち合わせながらにして大型の両刃刀としても機能できる優れた武装だが如何せん扱いが難しい武器だった。


「デュランダル発生完了。システムチェック、オールグリーン」

「オーラブレード発生」

「了解」


 鋼は自らの気を武装に集中させた。すると両端の銃口から剣状に何かが形成された。それはゆらゆらと赤く燃えながらうなっている。その生成された物の姿は、あたかも鋼の所持している両刃刀をそのままスケールアップしたような物だった。

 これこそが『気』の集まりである。

 IDSSを通してイメージされたイーグの気が形となって現れたのだ。操縦者の気によって武器の出力を決めることが可能であるエイジスにとっては、イーグのメンタルの強さで全てが決まると言っても過言ではない。


 鋼の瞳がまるで炎が宿るかの如く燐と光る。足下の加速用フットペダルを一気に倒す。

 紅神のブースターが一気に火を噴き、炎は敵陣へと突撃していく。

 突入すると同時に、ゴブリンは、所持していた口径五五ミリを誇る『六四式機械歩兵用円筒形薬莢型機関砲』をシールドに隠れながら発射した。

 薬莢の落ちる音が耳にやたら響き渡るが、それをBGMにするが如く、紅神は銃弾をまるで軽快なダンスを踊るように回避する。一発たりともかすれてすらいない。


 元々強襲用に開発された機体だ。機動性重視で作られている。六四式機関砲程度ならば七〇%の出力でも問題なくよけられる。その証拠に動きにかなりの余裕が見られた。

 しかし毎度毎度、義手義足であることをまるで感じさせない鋼の操縦ぶりには驚かされる。


 鋼は一機に狙いを絞る。動きが少し散漫な一機だ。

 やはり一部の連中の練兵が甘すぎる。

 鋼はそう感じると、更にフットペダルを強く踏んだ。

 体に掛かるG。汗が一滴滴り落ちた。

 鋼は紅神をゴブリンの真正面へと移動させるやいなや、デュランダルのオーラブレードで、ゴブリンをシールドごと串刺しにした。

 それからすぐさま更に奥へと切り込む。

 咆吼、いつの間にか上げていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 感嘆の息を漏らした。

 鋼の勇猛さは確かに生半可ではないと、ルナは改めて感じていた。

 あれほどの力の者を、何故もっと早期に雇い入れなかったのか、ルナは少し後悔していた。隊長になった二年前に即座に契約を結んでおけば良かったと思ったが、今更悔いてもしょうがない。

 それに、傭兵は金を払えば裏切ることはない。今の彼には十分すぎるだけの金を払っているから、裏切る恐れもないだろう。

 大丈夫だろうからそのまま放っておくかとも考えたが、どうも個人的に気になる点が多すぎた。

 ならば行って確かめてやろう。彼女はそんな気になった。


 一度、目を閉じた後、ビルの屋上から飛び降りる。

 飛び降りているさなかに、意識を集中させ、自分の愛機をイメージする。

 そして一瞬だけ、自分の体が消えると、周囲に緑の光を走らせ、機体が一つ、現れる。

 戦乙女を思わせるそのプロトタイプエイジスの肩には、蛇を喰らう巨鳥、フレーズヴェルグが描かれていた。

『XA-022空破くうは』。全高一九.八m、重量四八.三tと、機械歩兵の中でも多少小振りなルナの愛機である。


 コクピットにいつの間にか自分が座り込んでいる。何度考えても不思議だった。

 そして、この中だとイヤに集中できた。それと同時に、多くの事柄が何故か浮かぶ。

 レムは、どうしたのだろうか。その思いが、何処か強くなったのを感じる。

 マインドジェネレーターの甲高い咆吼がここまで聞こえてくる。この音が、ルナの心臓の鼓動を早め、目の前の戦に集中することを思い出させた。


「XA-022、起動完了。如何成されますか?」

「飛ぶわよ。目標、レーダーに映るゴブリン」


 ルナはAIに命令した後、球体を握った。球体が淡い青に光る。


「さてと……行くわよ!」


 彼女は空破のブースターをふかしてジャンプし、敵のゴブリンへと向かう。

 空破の右腕のカバーがスライドして放熱フィンが展開する。

 するとそのカバーの先端から気の刃が二本現れる。まさしくそれはルナの使っているナックルと全く変わらない構造をしていた。

 その刃が蒼く燃えたぎる。まるでルナ本人の心を象徴するかのように、蒼く。


『オーラブラストナックル』、この武器はそう呼ばれていた。殴るのみならず、斬ることをも念頭に置いた、極めて珍しいナックルだった。

 それをもって近場にいたゴブリンを急襲し、その頭部を一気に叩きつぶした。機械の潰れるけたたましい音が響き渡ったゴブリンは倒れ込み、あたりにけたたましい音と煙をまき散らした。

 出力良好。ルナは空破の感触を確かめると、紅神の横に付いた。

 この機体はヒットアンドアウェイを得意としている。敵の群れから、すぐに離れた。


『なかなかに派手な登場するじゃねぇか』


 鋼が通信でルナに言った。

 確かに、わざと月の見える方角に向かい、相手から見れば、月をバックに登場したかのように見せかけた。心理的効果を見込んでのことだった。

 だが、こんなアホなこともうやめようと、ルナは心から思っていた。想像以上に、恥ずかしい。

 しかし、すぐに真剣になり、目の前の敵を確認する。


「敵は後七機。早く叩きのめさないと増援が来るから目標制圧時間は二分ね!」


 こういうところに彼女の年相応の表情が現れる。それは、自分でも長所であり短所であると、どことなく思っていた。


『へいへい』


 そう言うと、鋼は通信を切った。

 いつの間にか、鋼のことが嫌いでなくなっている自分に気付いた。


 ならば、あいつの期待とやらにも、少しは答えてやるか。


 一度だけ、ルナは唇を舐め、空破のフットペダルを押し倒した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 紅神を一気に駆けさせた。

 二分、ルナはそう言った。妥当な判断だろうとは、鋼にも思った。

 残ったゴブリンは七機、うち四機を、鋼が担当することになった。


 正直、無性に暴れたかった。強い奴が大挙としているこの状況、それが鋼の心を満たした。

 前方の一機が『五四式パンツァーファウスト』を放つ。すぐさま紅神は回避し一気に詰め寄り、デュランダルで貫く。

 しかしそれと同時に後部で爆発が起こる。どこかの建築物にパンツァーファウストが命中した。コンクリートの崩れる音が響く。しかし、その音はゴブリンの崩れ去った轟音にかき消された。

 直後、鳴り響く警報。


「敵、後方に接近中。注意して下さい」


 わーってる。


 そう鋼が言うが、紅神を一歩も動かさなかった。

 そして、近づいてきたゴブリンを、デュランダルの下の刃で貫く。

 その成果を確認する間もなく、鋼は紅神を転進させ、一気に残った二機のゴブリンへと駆ける。

 二機のうちの一機が、隊長機だった。頭部の横に指揮官用の広域アンテナが装備されている。


 始めにこいつを斬りゃ良かったな。鋼は今更ながらそう思った。


 デュランダルを振るう。敵との擦れ違い様に一閃。互いの場所が入れ替わると同時に、残っていたゴブリンの一機の胴体が見事に寸断された。

 すかさず反転、残りの一機を片付けに掛かる。

 紅神がデュランダルを振りかぶる。しかし、相手は横に飛ぶやいなや手にしていた六四式機関砲を放つ。

 弾丸がかすめる。装甲に少量のダメージが入ったが、問題のないレベルではある。それに、この程度ならレヴィナスの持つ自然治癒力で勝手に直るだろう。

 むしろ問題なのは自分が当てられたという事実だ。

 どうやら手慣れらしい。ゴブリンの動きが明らかに他のものとは違う。


 そうでなけりゃ面白くねぇ。完膚無きまでに叩き潰してやる。


 そしてひとたび訪れる一瞬の静寂。二機はそれぞれの敵をじっくり見つつ対峙する。

 ゴブリンが腰のヒートナイフを抜いた。そして一気に六四式機関砲を撃ちながらブーストダッシュでつっこんでくる。

 紅神はその攻撃を旋回しながら回避し、回避しながら腕に装備されているプロトタイプの標準武装『オーラシューター』を数発放つ。

 まっすぐな赤い気の光がゴブリンへ向かう。しかしゴブリンはその攻撃すら回避しながら紅神に肉薄していく。


「敵正面にあり。来ます」


 わーってる。


 AIの警告にも、鋼はあくまでも淡々と言うだけだった。

 一気に、フットペダルを踏んだ。互いの相手へと肉薄する。

 そして、ぶつかり合った刹那、ゴブリンがヒートナイフで紅神を貫かんとした。

 だが、紅神の右手によって抑えられた。少し腕に力を入れヒートナイフの刃をへし折る。それで動きが止まった。


 この程度か。鋼は、一度だけ溜め息を吐いた後、コクピットの中で相手を睨め付ける。


 そして左手を平手にして、ゴブリンの首関節部を貫いた。プロトタイプ標準搭載の格闘戦装備『ナックルクロー』だ。

 ゴブリンの首は宙を舞いアスファルトの道路にたたきつけられた。土煙が舞い道路がひび割れ、周囲にゴブリンの首を形成していたパーツが散らばった。

 だが、それでも相手のゴブリンは、手に持っていた六四式機関砲を紅神へと向けた。どうやら相打ちにしたいらしい。


 その闘争心、見事だな。


 鋼は、一度だけ敬意を表すと、咆吼を挙げ、相手のゴブリンの腕をナックルクローで貫き、そして、最後にコクピットを貫いた。

 腕を引き抜く。紅神の手が血に染まっていた。

 例え機体を破壊して、ビジュアル的に分かりづらくとも、いつの世も戦場で死ぬのは人間なのだ。

 鋼は闘争心が、冷えたのを感じた。一度溜め息を吐き、紅神の左手を振って、血を落とす。


 その直後、左手がダラリと垂れ、うんともすんとも言わなくなった。

 何が起こったのかエラーチェックすると、左手のフレームが曲がっていた。

 武器とはいえ、繊細きわまるマニピュレーターであるナックルクローで強引にコクピットを貫いたことと、暫く修理をまともにしていなかったことが祟った。

 正直、かなりの額の借金がある。この任務さえ終われば返済の目処は付くが、如何せんその影響で修理パーツも余り買えていなかったが、正直ここまで傷んでいたのは少し予想外だった。


「やっちまったか……」


 鋼は重い溜め息を吐き、少し頭を片手で抱えた。

 しかし、なんとか立ち直り紅神を空破の方を振り返えらせる。

 空破も三機を相手にしておきながら、見事に敵を撃破していた。

 心配する必要は、どうやらなかったらしい。

 ルナから通信が入り三面モニター横の端に彼女の顔が表示された。


『殲滅完了。さっさとずらかるわよ』

「了解」


 紅神と空破はブースターをふかし、アシュレイの町を後にした。

 夜は、まだ深い。

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