第一話『出会い』(1)
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AD三二七五年六月二三日午後七時四三分
かつて、衝撃波が世界を駆け抜けた。
アラビア半島と呼ばれていた場所から発生したその衝撃波の威力は凄まじく、半島を消滅させ、ユーラシア大陸は半島を起点として『ディバイド海峡』が出来るほど左右に分断され、数多の諸島が沈没し、あらゆる大都市と呼ばれた場所が砂漠と化した。
人々はそんな旧世界の滅亡を、極めて有名な北欧神話のあの言葉より取って、こう呼ぶようになった。
神々の黄昏-『ラグナロク』と。
それを機として、世界は新たなる国家基盤を作り上げた。その結果が『企業国家』の出現だった。
かつて存在した主権国家とは違い、各々の大陸を企業が支配する国家体制が築き上げられて千年。未だに奇妙な感覚を覚える名だが、それ以外に呼び名がないのだからしょうがない。
一体何が原因でこんな事になったのか、それは全くわかっていない。その当時のことを書き記した文献が少なすぎるからだ。世界経済の混乱が原因だと思われる歴史の空白期間『ロストセンチュリー』のことなど誰もわかりはしない。
当然、企業国家の出現理由も諸説あるが、最も信憑性が高いのは『ラグナロク後の復興事業によって多額の利益を上げた企業が力を付け主権国家が弱体化、それで企業国家中心社会が形成された』という考えである。
そして千年、世界は『ディバイド海峡』より西に位置する西ユーラシア大陸の『ベクトーア』、逆に東ユーラシア大陸を支配する『華狼』、そしてアフリカ大陸を支配する『フェンリル』の三社といくつもの中立的立場を見せる独立企業国家が存在しているという極めて異端な国家体制を築きあげていた。
だが、例え新体制の国家が生まれても人々の性質までは変わらない。利潤を求め続ける人々は宗教戦争や経済戦争、そして武力抗争などによる戦争を繰り返した。それにより幾多の企業国家が崩壊に追い込まれたか、その数は想像もできない。
そして、そんな戦争という螺旋をこの時も人類は歩んでいた。それが当たり前の光景であるかのように。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「お客さん、着いたぞ、アシュレイだ」
乗客の一人が寝ていた鋼を起こしてバスの窓の外から街を見せる。
華狼支配地域の中でも比較的田舎に位置する街『アシュレイ』。地域一帯を仕切っており、厳しい態勢で知られ銃製造を主産業とする華狼属国の企業国家『ガストーク』ですら存在を放置するほど治安の悪い街として有名だった。
何せ主たる産業はマリファナ、犯罪発生率は世界トップレベル、更には闇賭博、人身売買や臓器の密売に至るまで、犯罪という名の犯罪が集まる、そう言った印象を持つ街だからだ。
めんどくせぇとこを集合場所にしたもんだ……。
鋼は心の中で愚痴る。
確かに妙な話ではあった。戦略的に考えてもそう大して意味がない故にこの街を支配する意味は特にない。そして華狼側としても特に取る価値はないはずであった。
華狼、その狼の名の通り気高き精神を社訓としていることで有名だ。
この時、華狼とベクトーアは『アラビア覇権戦争』の最中だった。
根本的原因は経済摩擦だが、関係を悪化させるには十分すぎる要因はいくつもある。
まず、三二六〇年一一月四日に起きた『粛正』だ。ベクトーアと華狼による華狼国内一都市『ティーラジティー』で起きた内紛。紛争状態だった二社の状態を全面戦争にまで豹変させた事態。
ここでよりもよってベクトーアが手出しをしなければ……暴徒と化していたからといってその都市の住人を虐殺しなければ、この戦争はもっと早く終わったのかもしれない。
最初のうちは、この戦いもまた我々人類が頻繁に行っていた戦争行為の一つに過ぎなかった。
だが、更に事態をより悪化させる事件が発生する。
『血のローレシア通り事件』。
三二六五年三月二二日、ベクトーア内部のローレシア通りで起こった街そのものの消滅。未だに原因は不明。死者二〇六名、行方不明者一〇二四名、わかっていることはそれだけだ。
そしてこの死者の中に、当時の敏腕外務長官『ディール・ラナフィス』がいた。彼の死によって、調停寸前だった華狼との和平交渉はなかったことにされ、ベクトーアは軍部の暴走を許した。当時のベクトーア会長はまだ若く、それを抑える力がなかった。更には、華狼も『闇の時代』と称されるほどの暴君を会長に頂いていたことが運の尽きだった。
ベクトーア側は原因不明なのをいいことにこれを利用して『華狼側のテロ』と公式に発表。原因も分からなければ理由も不明、でっち上げるにはちょうどよかったのである。
これによる士気高揚は絶大な効果があったのは言うまでもないが、両者の関係修復はもはや困難を極めるという次元を越えていた。
そして、これを契機として、事態は妙な方向へと進む。
『アイオーン』と呼ばれる物の出現だった。
いや、出現ではない、再現だ。この存在は二二六〇~七五年までの『聖戦』において、人類と雌雄を決した存在である。そのアイオーンが千年ぶりに再び地上へと姿を見せた。
アイオーン、一部読者はファンタジー小説とかであるモンスターとそんなに変わらない存在であると思うだろう。まぁ、そうと言えばそうなのだが、語源はグノーシス主義における『神霊』であり、プラトーンはそれを『永遠』と呼んだ物だ。
その名が与えられたそれは、どこからともなく現れ、やがて消えてゆく。
それの出現によって聖戦の時のように人々は結束し、アイオーンの撃退に打って出るかに見えた。
だが、今の企業国家という体制に協力という言葉はあまりにも愚かしすぎた。
各企業は自らの利潤のためアイオーンの持つ莫大な『力』を利権として求めた。強大なエネルギーを持っていたアイオーンを人類が利用しないはずがなかったのである。
また、この時期から計ったかのように中立の姿勢を貫いてきた『フェンリル』が参戦。ベクトーア、華狼、フェンリルの三社によるアイオーンの争奪戦を繰り広げることになってしまう。
そして、戦争はアイオーン争奪戦と自企業の利益を追求する戦いへと変わっていった。
鋼はそんな戦いの直中に生きていた。
そんな中での今回の依頼、別にいつも通りの任務だが、胸が少し躍っていることに気付く。
原因はメールだ。そのメールが来たのは三日前のこと、ある作戦が終了した後のことだった。
『アシュレイ駐屯地の壊滅を依頼したい。三日後の午後九時までにアシュレイの酒場「ヘヴンオアヘル」に来い』
このたった二言しか書かれていない依頼文を鋼が受け取り、わざわざこの奇妙な依頼文の通りこの町に来たのだ。
理由は報奨金とクライアントにあった。
報奨金はなんと二五〇〇万コール。相当の大金だ。当然これだけの依頼金を出されるとなると金がすべてであるこの男が黙っているはずはない。この男の動く理由には大概金が関わっているのだ。
だが、彼が今回興味をそそられたのはそれだけではない。
クライアント名『フレーズヴェルク』。ベクトーア史上最強を誇る特務部隊『海軍第四独立艦隊ルーン・ブレイド』の戦闘隊長。それがこの異名の持ち主、そんな人物が依頼人だというのだ。
鋼もその人物の噂は耳にしていた。しかし、どういう人物でどういう姿をしているのかすらわからない人物だった。性別すら一般には知られていないのである。
知られている事と言えばその人物はライトグリーンと白を基調とするヒットアンドアウェイを得意とした機体を操り異常とも思える力を持っていることだけだ。
他にもいくつか噂は登っているが実際その噂はほとんどがでたらめで、当たっている噂と言えば『軍属にも関わらず軍隊が嫌いで階級で呼ばれるのを嫌っている』くらいだ。
そのフレーズヴェルクに会えるというのだから鋼の胸は躍った。
だが、この街は補給線の確保につながるようなラインとは思えない。ベクトーアにとって襲撃する意味なぞあるのか?
鋼はそれを疑問に思ったが、すぐにその考えは消えた。
あくまでも自分の役割は『戦うこと』であると同時に『目の前の障害を排除すること』、この二点しかないのだから。
どうせロクな事じゃねぇ。
鋼は溜め息を吐いた後、後部座席に縛り付けてあった強盗を引きずり出し、自分の荷物を全部持って警察署の前でバスを降りた。
けたたましいエンジン音をならしながらバスは鋼の前を通り過ぎていく。
「空気悪ぃな……」
鋼のアシュレイ最初の感想はそれだった。舗装されてはいるものの、そこら中ヒビだらけの道路にもいらつく。
もっとマシな場所選びやがれ。
鋼は心の中でフレーズヴェルグに向けて愚痴りながら、警察署の重いドアを足で器用に開けて車両強盗をカウンターの警察官の前に放り投げた。
もう強盗犯はボロボロだ。あれ以降水も一滴たりとも飲ませてもらえず、一人は顔面が見事にくぼみ、一人は見事に顔面が一.五倍の大きさまで腫れ上がり、最後の一人は延髄蹴りが相当効いたのか未だに意識を取り戻さない。
さすがに一瞬警察側も引いた。だが、そんなことお構いなしに鋼はとっとと話を進める。
「車両強盗とっ捕まえてきた。賞金くらいあンだろ? つーかよこせ」
鋼はあまりにもストレートに聞いてみる。しかも態度が滅茶苦茶でかい。
良識や常識という物を身につけていないのか、この男は。というよりこの物言いではどちらが強盗だかわかったものではない。
職員は呆れ顔でこういった。
「あるっちゃあるが大した金にはならんぜ。そうだな、せいぜい八万がいいところだな」
鋼は耳を疑った。
「は? たったそんだけ?」
「この街は元々治安が悪いからな。犯罪者相手に逐一金払ってたら、こっちが生活できなくなっちまう。八万でも高い方だ。それともいらねぇのか?」
ここまでだらけてていいのかぁ?
柄にもなく鋼はそう思った後、仕方なくわずか八万コールの現金を受け取る。
「おい、ジジイ。ついでだ、酒場どこだ?」
「酒場ぁ? どこのだ?」
「『ヘヴンオアヘル』」
警察官は適当に説明する。鋼はそれを聞いて頭の中にロードマップを作り出した。
自分は頭は恐らく悪いと思っている。だが、記憶力だけは下手な奴よりも自信があった。
警察署を出る前に、警官が「地図渡そうか?」と聞いてきたが、「いらん」とだけ言ってそのまま去ったのも、その記憶力が要因だった。
外に出て臭う、アスファルトの饐えた臭いが、どこか苛立ちを起こさせていた。
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