1st Attack
第零話『変わり果てた世界の中で』
AD三二七五年六月二三日午後三時一五分
カッと差し込んでくる日差し。そんな日差しが照りつける砂漠のど真ん中に一人の男が水を飲みながらただずんでいた。
頭からすっぽりと簡易マントを被っているため顔を確認することは出来ない。だが男が少々妙な雰囲気を持つことくらいは誰もが想像できる。
何せ持っている物は身の丈よりも巨大な銀光りする武器ケースだ。一八〇センチメートルという巨大な男の身長をも更に上回るケースを持ち歩き、あまつさえこのクソ広く、そしてクソ暑い砂漠に一人たたずんでいるのだ。
そんな酔狂な男が何をしているのか。簡単なことだ。来るバスを待っている。
砂漠の真ん中を定期的に通るバスがあり、彼は目的地までそれで行くつもりだ。バス停は基本的に存在しない。ただそのバスの進行ルートで待っていればいい。だからこんな場所にこの男は佇んでいる。
そしてバスが近づいてくる。男は親指を差し出してヒッチハイクをする。
砂上バスが男の前で止まり、戸がピストンの音と共に開く。別に客は見向きもしない。客くらい当たり前すぎるからだ。
歩くたびにギシギシと揺れる木製の床がディーゼルエンジンの振動を直接伝える。その感覚がどこか懐かしい、何故か思った。
「お客さん、頭の物くらいとれって」
中年の運転手は呆れるように言われて男はようやくマントのフードに手を掛けた。
客がざわつくと同時に、忌避の目を向ける。どうやら自分の風貌に驚いたらしい。
無理もない話だった。左腕は完全に鋼鉄に覆われた義肢、右腕の甲に666βと新約聖書で悪魔を司るナンバーと、二の腕には全体を包まんばかりの入れ墨が掘ってある。
次に目に付くのはフードを取った後に現れたその頭だ。
金髪に混じる黒いメッシュ、左頬には十字傷、そして瞳は深紅ときた。色彩感覚も減ったくれもない。
しかし、こうした態度ももう慣れた物だった。
男は気にも止めず適当に空いている席を見つけ、武器ケースと荷物を横に置き座るやいなやヘッドフォンとラジオを取り出してそれを聞き入った。
ラジオでは音楽番組が流れている。曲目は少し古めのジャズだ。サックスの音とそれをサポートするドラムのフィルが印象的な少しアップテンポの曲。
だが、この男にその手の高尚な趣味が存在するはずもなく、退屈そうに欠伸をした後そのまま、まどろみの中へと落ちていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
スコールの降りしきるどこかの森。
そこに跪く一人の少年。年齢はおおよそ一四、五歳程度、左頬に一本の巨大な傷を持っている。
その傍らには、息絶えた自分の仲間がいた。
そんな状況で少年は静かに、嘆願するように言う。
「ヤメロ……」
しかし、それを嘲笑うかのように、その言葉が発せられるたびにスコールの雨音を裂いて断末魔の悲鳴が聞こえ、血の舞いが踊られ続ける。
「ヤメロ……!」
少年は歯を食いしばり、ぎゅっと拳を強く握る。
「ヤメロォ!」
少年は必死に目の前にいる長身の男に呼びかけた。しかし、この声が目の前にいる長身の男に届くことはない、否、届いていると思えない。
十年前に経験した事だというのに、未だに昨日のように思い出される。
アジア地域のどこかのゲリラの集落群、そこがたった一人の長身の男によって血の海へと変わっていく。仲間達の屍が徐々に築き上げられていった。水たまりに仲間達の死体から流れる血が混ざり、茶色から赤色へと液体を変えていった。
中心で血の舞を踊る長身の男は、まるで機械的な作業をこなすかのように無表情で淡々と殺していく。まるで、感情が欠如してしまったかのようにその表情は冷たい。
そして、その光景を如実に表しているかの如く瞳は『赤』。それも片方だけ、まるで血に染まってしまったかの如き色。
少年は怒りに我が身をまかせた。彼は横に転がっている死体からミドルソードを手に取り、眼前の男へと咆哮を上げながら、スコールでぬかるんだ大地を蹴って疾走した。
男はその咆哮に気づいたようで、たった今刺し殺した男の腹から持っていたトゥーハンドソードを引き抜くとすぐさま振り向き、少年に向かって構える。
少年は男の眼前へと迫る。
直後大地を蹴って跳躍し、男の頬を深く傷つける。返り血が彼の頬に付いた。
その時、少年の瞳は長身の男が一瞬、驚きの表情を浮かべたのを見た。
だが、反撃もここまでだった。男は頬に付いた血をすうと撫でると、再び突進してきた少年の左頬に傷を付けた後、そこから一気に彼の左半身を持っていたトゥーハンドソードで付け根から一瞬にして切り裂いた。
少年はバランスを崩し大地に伏せる。そこで初めて自分の左半身がないことに気づく。
何の痛みも感じてはいなかった。痛みを通り越したのかも知れない。
しかし、確かに自分の目の前にあった。
先程まで繋がっていたはずの、自分の手足が。
その瞬間、痛みがぶり返す。
心臓が唸る、汗が止まらない、周囲の音も聞こえない。血がただひたすら自分の左半身と頬から流れていく。
それから逃れるように上げる絶叫。
そんな様子に興味を無くしたのか男はトゥーハンドソードを一度振って血を払った後、その刃を鞘に収め彼らに一瞥もくれずに去っていく。
まるで、すべてに無関心であるかのように。
そして少年は自分以外誰も生きていないその惨状を見つつ、スコールの降りしきる中消えていく男の後ろ姿に復讐を誓い、涙を流しながら何度もその言葉をはき続けた。
『殺シテヤル』と……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
気付けば、二時間ほど眠っていた。
周囲は暗くなりつつある。だが、バスの窓から見える光景は相変わらず砂漠だ。
男は片手で頭を覆う。少し、髪の毛に汗が混じっていた。
「何やってんだ、俺ぁ……」
男は苦笑し、あの時あの男を殺せなかったことを悔いた。
「おい、兄ちゃん、いつまで寝てりゃ気が済むんだよ?」
突如として聞こえてくるドスの利いた声。 男は目をこすった後周りをよく見る。
するとどうだろう。気付いたら自分には『ダグラスM-56』サブマシンガンを突きつけられているではないか。
よりによって車両強盗のようだ。金を要求しているようで、周囲には怯えた乗客が見て取れる。
余程疲れていたのか、それとも悪夢が解放させてくれなかったからかは分からないが、本当に気づかなかった。
むぅ、と一度唸る。
しかし、正直言えば、こういうことをやり出した奴で成功した試しは無いと言ってもいい。
どうせすぐ終わるだろ、と男は思い、強盗の話を無視して思いっきり伸びをした後大欠伸をし、寝る前と表情一つ変えずにラジオを再び聞き入った。
危機意識がないのか、それとも相手を見下しているのか、どちらにせよふざけた行動である事には変わりない。
「聞いてんのか?!」
強盗は男の横に置いてあったラジオを蹴り飛ばして叩き壊し再度通告する。
男のヘッドフォンには何の音も入ってこない。
「何しやがんだてめぇ……」
男は静かに言うと同時に、ゆらりと立ち上がる。
そして、怪訝そうな表情で見ていた強盗の顔面を義手で一発、振り向いたその瞬間に思いっきり殴っていた。骨の粉砕する鈍い音が響く。
そのまま強盗の一人は仰向けに倒れ込む。体に痙攣すら起こしていた。
一瞬、バスの中の空気が凍ったのが、男の肌には分かったが、正直そんなこと今はどうでもいい。
「てめぇら俺の持ち金全部でいくらだと思ってンだ……?」
男は静かに後部座席にいる男達に問いただす。
しかし、解答が帰ってくる前に滅茶苦茶憤怒に燃えたぎった表情で逆ギレしだした。
「五七〇コール(1コール=約1円)しかねぇんだよ、バーロー! ラジオ一個にひぃこら言ってンだ、この○*@#野郎!」
男の言っていることに全員が呆れ顔だったが男の目は本気だ。この態度ではどちらが強盗だかわかったものではない。
放送禁止用語まで使って罵倒している辺り、この男の切れ具合は、本気だ。
しかもこのラジオだって百コール均一ショップで購入した物だし、重要なラジオ番組を寝てしまって聞き逃すという、自分でやってのけたミスすら他人のせいにしようとする。
要するに八つ当たりだ。もう強盗が自業自得とは言え悲惨だとしか言いようがない。
この男はラジオ投稿マニアでその筋では有名だった。聞き逃したのはクイズ番組、出されるクイズを携帯端末やネットワークシステムを使って答えていく。優勝者には三十万コールの賞金が待っている。
いくら強盗とはいえ自分の責任を八つ当たりするこんな無茶苦茶な男の強烈なまでの殺気に対しさすがに強盗は押され始めた。
「ま、待て! そのラジオ確か百コール均一で売ってる奴……」
「黙りやがれ。てめぇらにある選択肢を教えてやる。一生ベッドか、棺桶だ」
男から今までにないほどの殺気が洩れた瞬間、思わず強盗はM-56のトリガーガードから指を外しトリガーに手を掛ける。
一瞬客から悲鳴が上がった……が、撃つ前に男の投げた武器ケースが強盗の顔面を直撃した。そこでまた一人仰向けに倒れ、残りの一人はその武器ケースに気を取られ男の接近に気付かず男に延髄蹴りをかまされ失神した。
しかしそこでも客は驚いた。ズボンの裾から少し見えた左足までも義足だったのだ。
この瞬間、一部の客が愕然とした。
鋼鉄の体を持つ左半身、左頬の十字傷、金髪黒メッシュの髪と深紅の瞳を持つ男、兵士達の間でこの男の名を知らない者はいない。
ある時はたった一人で歩兵部隊一個師団を壊滅させ、またある時は彼自身が瞳の色と同じ深紅に塗られた機体で敵M.W.S.群をわずか五分で壊滅させたなど伝説の数は数知れない、どこの軍隊にも属さず、どこの傭兵組織にも籍を置かない孤高の存在。
『
本名不明、住所不定、血液型、誕生日、出身地まで全て不明だ。
もっとも、名前は一応あるにはある。ただ、彼にとって名前は意味がない。『記号』でしかないからだ。
そんな記号だったら今の自分には『鋼』という記号がある。それで充分だった。
「ンな程度かよ。バカだろ、てめぇら。もうちっと楽しませてくれっかと思ってたのによぉ……」
鋼はため息をつきながら言う。
しかも小声で
「このまま乗客の一人でも重症をおわしてりゃぁ面白かったんだけどな」
とまで言っており、非常識この上ない。
闘争本能の固まりのような男だ。
客からは突然の、しかもあっけない終劇にざわめきが起きる。
「あ、あんた、一体何者だ?」
「あぁ、俺? ただの放浪者、以上」
客からの問いに対して鋼はいい加減に話を切り上げた後、運転席へと近づく。
「おいジジイ、『アシュレイ』まで後どんくらいだ?」
アシュレイという町が今回、彼がクライアントと合流する場所である。治安の悪さで有名な町だ。
だが、そこにも『
そして相手側『ベクトーア』もそれを狙っているという噂もある。
まぁ、そんなこと彼には関係ない。あくまでも金が入るか、否かだ。
「後二時間半もあれば着くだろう」
「ギリだな……。余計な足止めしやがって、このバカ強盗が」
「なんか急ぎの用事が?」
「野暮用だ。ちっとばっか飛ばしてくンねぇか?」
ドライバーが頷き、停車していたバスが加速する。
クライアントからの依頼にこのままでは遅れる。そればかりは自分のプライドや自分に関わる様々な因子が許さない。
その後、鋼は自分の席に戻って、不機嫌そうな表情で眠りに入った。しかし彼の寝言には半殺しの状態で縛られている強盗に対する恨み辛みが延々と続いていた。
そしてこの男は約三時間後、ある女性と運命的な出会いを果たすことになる。
自己紹介をしておこう。
私はトラッシュ・リオン・ログナー。真実の名を持つある出版社の『敏腕』新聞記者、それが私だ。
この話は彼と彼の周囲にいた人物達が語った戦いの記録だ。
西暦三二七五年に世界を震撼させたあの事件のすべてを彼等は語ってくれた。
私はそんな彼等の様子をこんな小説まがいのような形で書かざるを得ない。しかしそうでもしてくれなければ語る者は誰もいなくなってしまう。
だからこそ私はこの『物語』をここに残す。
真実を求めし者よ、この物語を紐解くがよい。
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