Ghost Ruins

神崎千城

霊能少女と幽霊屋敷


月の光が夜の世界を照らしている。道行く者の気配も無く、家屋の活気は感じられない。だが、夜の世界にも活気は存在する。

――――酒場だ。

活気があり、喧騒があり……。夜の酒場は周囲の家屋には無いもので溢れていた。

「除霊の依頼ですね」

酒場の中、店舗玄関から離れた二人用席。比較的人の入りが少ないエリア。そこにある対面席に男女の一組がいる。

一人は先程声を発した少女。 除霊や浄霊を生業とする彼女は、数日前に仕事の依頼についての話がしたいといった旨の手紙を受け取りこの場所に来た。

「はい……。除霊と言っても霊がいるか定かではないのですが」

彼女と向かい合う男性、依頼人である彼は重々しい表情になり話し始めた。

「除霊を御願いしたいのは、この街の外れにある屋敷なんです……」

「街の外れの屋敷と言うと……」

「えぇ、五年前の殺人事件の現場です」


五年前――

事件当日、屋敷には一組の夫婦とその息子、そして、夫婦の息子と一つ歳の離れた友人の少女、計四人がいた。

事件によって三人が殺害され、子供一人が生存。

生存した子供、死亡した三人が誰かは世間には明かされず、今それを知るのは犯人や生き残った子供くらいであろう。

結局犯人は捕まえられず、未解決のまま捜査は打ち切られた。


「つまり、殺された家族の怨霊が居るかもしれないので祓っていただきたい、ということなのですが」

「家族の怨霊、ですか……」

依頼そのものは簡単なもので、普段彼女がこなしているものと大差はない。

 彼女は「わかりました」と肯定の意を示す。して、席から腰を上げ、告げた。

「この私、サン・クレールが貴方の依頼をお受けしましょう」

 サンは席に着き、男性へと話を切り出す。

「一つ疑問があるのですが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、構いませんが」

「ありがとうございます」

サンは会釈をし、自身の疑問を口に出す。

「街外れの屋敷。あの場所は、あなたの所有する土地ではありませんよね? 何故、貴方は私に依頼を?」

「それはですね………」

 屋敷には管理者は居らず、捜査が打ち切られた時の状態で放置されている。街の子供が肝試しと称して出入りすることが稀にある程度で、それ以外に目立った人の出入りは無い。

「私、趣味で人形を集めておりまして。今住んでいる家では置き場が足りないので屋敷に移り住もうかと」

「先ずは幽霊祓いから、ということですか」

 抱いた疑問に対して納得のいく答えを得た彼女は、一つの提案を男性へと持ち掛ける。

「屋敷の除霊、一緒に来ませんか?」

 微笑を浮かべながら、しかし真剣な声音でサンは言った。


――翌日夜


木々の隙間から月光が漏れている。光は暗い森の中を太陽に代わって照らしている。日中の明るさには程遠く、しかし人が歩ける程度のものではある。

その光を頼りに、土草を踏みしめ森の中を歩き続ける少女がいる。白衣と緋袴を身に纏ったサンだ。

彼女は歩みを止め、何か思うところがあるように――

「屋敷の除霊か……」

そう小さく呟き、懐へと手を入れ、そこにある何かを強く握る。暫く経って彼女は、また歩き出す。

歩きながら彼女は、先のことではなく今現在の状況について考え出す。

「この辺り、やけに霊の気配が多いですね……」

霊能者である彼女が感じているように、それは事実だ。今、この近くには多くの霊が集まっている。

「悪霊というわけでは、無さそうですね」

人に害をなす霊ではない。故に、彼女が祓う必要は無い。しかし――

「祓う必要がないとはいえ、気になりますよね……」

人に害を与えないといえども、彼女は霊能者であり霊の気配を感知できるのだ。彼女以外は誰一人いないとしても、彼女にとっては大勢の人間がいるのと何一つ変わらない。

「それにしても、何故、こんなに多く……」

彼女が気になっているのは何も気配だけではない。霊が集まるということは、何かしらの理由があるはずなのだ。

霊という存在は、基本的に何処へでも行ける。地縛霊のような、特定の地に強く結び付いているものもいるが、基本的には自由だ。だから――

「何か、意思をもって集まっている……?」

解らない。いくら彼女が霊能者であっても、会話をせずに霊の意思を理解することはできないのだから。

「考えても、解らないものは解りませんよね…………」

諦めたように言い、

「少し、急ぎますか」

歩みの速度を少し増した。

五分程経って、サンは目的地へと到着した。屋敷の扉の前には既に依頼人の男性がいる。

「お待たせしてしまい、申し訳ありません」

彼女は詫びを入れて頭を下げる。

「いえいえ、頭を上げてください。私も先程到着したばかりですから」

言われ、彼女は頭を上げる。

「では、早速行きましょう」

男性がサンに急かすように言った。

しかし彼女は、その場に立ち止まったまま右の人差し指を立てて「一つだけ先に言っておきます」と前置きをしてから

「ここに、かなり多くの霊が集まってきています」

「それは、悪霊の類いで?」

「いいえ、違います。ですが、異常な数です。せめて話をできれば訳がわかるのですが……」

「……っ! 話が、出来るのですか?」

男性が驚いたように問う。

「えぇ……、向こうが会話に応じてくれればの話ですが。それが、どうかしましたか?」

男性の反応に戸惑いながらも聞く。すると、彼は「いえ……」と小さな声で答える。

「そうですか? では、出発しましょうか」

少しの疑問を残しながらサンは敷地へと入っていった。数歩後ろに男性を連れながら。



「あの娘は………」

屋敷の一室に、一人の少年がいる。幼く見える彼は、そこに立っているわけでも、座っているわけでもない。その存在は確かなのだが、彼の存在そのものは不確かなものだ。

「そうか、来たんだ……」

彼は、屋敷の外……庭への扉がある位置を見ている。そこには二人組の男女が居て、扉を開け敷地内へと入っていく瞬間であった。

それを見た彼は――

「ようこそ――サツジンキサン――」

来客を歓迎するように、黒い笑みを浮かべながら呟いた。

彼は人でありながらも、人外の存在として、そこにいる。体は半ば透けており、脹ら脛の辺りから下は完全に消えていた。


二人の入った屋敷は、古びていた。壁には随所にひびが入っており、窓は割れ、あちこち埃を被っている。

月の光が窓や壁のひびから差し込み、屋敷の中は歩ける程度には明るさがある。サンは、男性に先行して屋敷内を進む。

「肝試しみたいで、ちょっと怖いですね~」

言葉のわりには平気そうに彼女は話す。

「夏といえば肝試しですよね~。この時期だと、街の子供がよくやってたっけな~」

「あの……」

背後からの声を聞き、体は向けずに声で応じる。

「どうかしましたか?」

「その……悪霊は、いるのでしょうか?」

おどおどとした男性に対して、サンは軽々しく「まだわかりませんね~」と答える。そして、「ただ……」と前置きを入れ

「大きな霊気は、少し先にあります。なので、まずはそこに行こうかと」

「そうですか……」

屋敷に入る前……、霊の異常な集まりについて話した時から男性が恐れを感じている。何故かは、わからない。確かに、悪霊ではなくとも霊は霊だ。恐怖心を抱いてもおかしくはない。

依頼人が恐怖を感じている。だから、少しでも恐れを和らげようと――

「何か、お話ししましょうか」

会話をもちかけた。

「何でも、聞いてくださって大丈夫ですよ」

「は、はぁ……。では、年齢、とか……」

少し困惑ぎみに男性が問うと、「フフッ」という小さな笑いを含みながら答えが来る。

「十七歳ですよ。……女の子に対して年齢を聞いちゃいますか~」

「すみません……」

「いえいえ、お気になさらず。どんな質問でも大丈夫ですって言ったのは私ですし」

それから暫く、二人は喋りあっていた。基本的には男性が疑問を投げ掛け、サンが答えるという繰り返しだったが、屋敷に入ったばかりの時に比べると男性の様子も随分落ち着いてきていた。

「ずっと気になっていたのですが、その衣装は正装か何かで?」

「気になります?」

「えぇ、あまり見ない格好ですので」

「正装ではあるんですけ……。これは、東の異国で使われてるもので……」

男性が驚いたように「異国の衣装……」と言った。

「結構気に入ってるんですよ。可愛いと思いませんか?」

サンは立ち止まる。そして両腕を軽く上げ、左足を軸にして左に半回転し、数歩先にいる男性へ微笑む。

「え、えぇ……」

サンは、少し恥ずかしそうに男性が答えるのを見ると

「次は、私が話しますね」

そう言って、前を向き歩き始める。

「五年前、この屋敷で殺人事件が起きました。未解決のまま捜査は打ち切られ、犯人は未だ捕まっていません」

「その事件がどうかしましたか?」

男性が不思議そうに尋ねるが、サンは答えず。代わりというように、彼女は語り続ける。

「三人家族と友人の少女の計四人が襲われました」

「あの…………」

「三人家族は殺害されました。ですが少女は逃げのびました。では、何故少女は逃げられたのでしょうか?」

「……………」

サンは再び立ち止まり、話をしながら

「そう言えば、凶器として使われたのは短い片刃の刃物だったそうですね。そう――」

懐から何かを取り出し、横凪ぎの動きと共に振り返り……





「――これくらいの、ね」






笑顔で言いながら、彼女は前方の男性へと、その切っ先を向けた。



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