ゆめ

わざおぎ

ゆめ

帰宅してみると、家の形が変わっていたんです。

うちは奥ゆかしい古風な日本家屋のはずなのに、洋風の、白黒で構成された大きなお屋敷になっていました。

私は違和感を覚えながらも、その光景は小さいころ見たものと全く同じであるということに少しして気づきました。

家の形が変わる夢をわたくしはもう3回は見ていて、今回もいつもとまったく同じ家だったのです。

これが夢だというはっきりした意識はありませんでしたが、不安感は薄れていました。

家の中に入ると、中の様子もやはり普段とは違っていて、ただの廊下の壁であるはずの部分に階段の入り口ができていました。

水色の、何やらきらきらとした美しい階段です。大したものができたなあと、50段はありそうなその階段を私は喜々として上っていきました。

 30段くらい上がったところでしょうか、急に自分が何かとんでもなくまずい状況に陥ったという厭な直感が走り、私は油汗を垂らしながら振り向き階下を見ました。

そこには、1年に5回は私の夢に姿を現し私を酷い目に遭わせるいつものおじさんが、ぎいいいいいいと笑いながら入り口に大の字で塞がっていました。

私はこのおじさんに、あるときは町中を追いかけ回された挙句に見知らぬ路地裏で親に言えないような辱めを受け、またあるときは大切なお友達と一緒に捕まり目の前で逆さ吊りにされ全身の骨をそのまま抜かれて豚の解体後のようになった彼女を生のまま食べさせられたりなど、それはそれはおぞましいことをされ続けてきたのです。

そして決まっておじさんは、私が流石に逃げ切った、もう大丈夫だと安心するその瞬間まで、追いかけてくるのをやめてくれないのです。

この最中は感覚がぼんやりとしている上に、これらのことをつぶさに思い出すのが夢の中だけ、というのが唯一の救いなのですが、どす黒い肌に異様に顎がしゃくれ、背が低くがりがりにやせ曇った汚い眼鏡をかけていつも不気味に笑っているおじさんの姿を私は最近日常生活でもぼんやりと目撃するようになっているので、油断はできません。

しかし今回はなんだか、今までよりもはるかにまずいような感じがします。

捕まったら最後、今までとは比べ物にならないほど、想像を絶するほど辛い目に合わされそうな確信めいた予感を感じます。

私は慌てて階段を上りきり、先にあった洋服屋さんに逃げ込みました。

商店街によくありそうな、年配の婦人向けの服屋です。

5時間ぐらい経った後、買う気もないのにごめんなさい、と恐る恐る店を出てみたところ、おじさんの姿は見当たりません。

薄暗い、床や壁にうっすらとヒビの入った、果てしなくさびれた無人のダンスホールが広がっています。ふと振り向くと洋服屋さんはなくなっていました。

誰もいない広々としたホールの真ん中に、私は一人で立っています。

無音です。

なんだかたまらなく怖くなって、私は非常口のマークの光る出口へと走りました。

飛び出すと、急に目の前は明るくなり、学校の体育館の2階の観客席のような場所へ出たことに気づきました。

下を見ると、まるでパーティー会場のように着飾った人々が談笑しているのが見えます。

知らない人でも、人の存在、人の声というのは心細さを薄め、安心させてくれるものです。

よく見ると人々の顔は幼稚園児のクレヨンで描かれた落書きが張り付いたようなものでしたが、そんなことよりも私は早く一人になりたくて、トイレの個室を見つけて走り出しました。

真っ暗な病院のような廊下の先に女子トイレがあります。

急いでトイレに入ると、ついさっきまで真夜中だったはずが途端に空が白み、鳥の声が聞こえだしたので、私はとっても安心して個室に入りました。

とにかく一人になって一息つきたかったのです。

疲れで溜まっていた息を吹き出し、ふと横を見やると、なぜかいつものおじさんの顔がすぐ目の前にありました。

目が合った瞬間おじさんは真顔でしたが、だんだんにたぁっと気味の悪い笑みを浮かべていきます。

よく見るとおじさんには歯がありませんでした。

個室は狭いので、おじさんと私でぎゅうぎゅうで逃げ場はありません。

何が起こるかもわからないのに、取り返しのつかないことをしてしまったという激しい絶望感が私を襲いました。

「に、に、に」とよくわからないことを言っているおじさんは手にカミソリをもっており、私の上着をはぎ取り後ろを向かせます。

何をされたのか頭がついていけないうちに、目に電光が飛ぶような激しい痛みが背中を襲いました。

おじさんはまるで鰹節の様に私の背中をカミソリで削るつもりなのです。

ぎいいいいいいいいいいいいいいいっと笑いながらおじさんはどんどんどんどん私の背中をすり減らしていきます。

ぐええええと叫びながら涎と涙を垂らして俯いている私の視界にも赤色が入ってくるほど、血とそれ以外の体液が溢れているのがわかります。

一番恐ろしいのは、夢の中では感覚がほとんど無いはずなのに、今はカミソリの刃に神経がすられ削られる発狂するほどの痛みが、これ以上ないほど鮮明に感じられることなのです。

私はただの夢を見ていたんじゃないでしょうか。

もうどこからが夢でどこからが現実なのかもよくわかりません。

背中はもう骨まで露わになっているんじゃないかと思うほど削り取られ、私は気絶できることをひたすら願い続けています。

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ゆめ わざおぎ @paul-lenon

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