海死神《カナロア》の星
アタシたちは折り重なるようにして砂浜に倒れてたらしい。朝、村人たちが漁に出るとき、アタシたちを見付けたんだって。
すぐさま、村の巫女、ヒナが呼ばれてアタシたちの正体を占った。
「見慣れぬ風体のかたがたですね。ですが、村に害を及ぼす存在ではありません」
だから、アタシたちは長の家へ運んで介抱された。武器も所持品も取り上げられずにすんだ。
ストーリーを進めることにする。
ニコルはお芝居みたいなお辞儀をした。
「皆さまのご親切、本当に感謝します」
相手はAIなのに、わざわざこんなことするのよね。変なヤツ。
長は、髪も
長の隣に控えた男は、カイと名乗った。長の末息子だって。ガッシリ系の、まあまあイケメンキャラ。タイプじゃないけど。
ラフとニコルがきょろきょろして、村の様子を観察した。
「なんか、雰囲気がものものしいな」
「そうだね。戦でも始まるのかな?」
村の男たちの顔や体には、紋様が描かれてる。フアフアの村の人たちもそうなんだけど、紋様はホヌアの呪術に欠かせないもので、
男たちはみんな、木とサメの歯を組み合わせた武器を持っていた。そして、南国の青空に似合わない沈んだ顔をしてる。
カイが進み出て、アタシたちの姿を上から下まで観察した。
「オマエたちも武人か? 腕は立つのか?」
「はい、そうですよー」
「ならば、手合わせ願えるか?」
「おう、やってやろうじゃん」
カイは満足そうに笑った。長である父親に向き直る。
「父上、彼らの腕を見たい。彼らが村の者よりも強いならば、クーナ退治にはオレと彼らで当たりましょう」
村の男たちがどよめいた。三十人くらいいるけど、長やカイと違ってやせ型で弱そうだ。そのうちの一人、カイの友達っぽいキャラが口を開いた。
「よそ者にヒナの命運を預けて、アンタは納得できるのかい? そりゃあ、オイラたち漁夫じゃあ戦力なれないよ。でも……」
「よそ者だろうがなんだろうが、戦士がここにいる。これは天地万物の神のご意向、祖先の御霊の思し召しだ。ヒナのために、必ずクーナを討ち取らねばならない」
やせた男たちは顔を見合わせて、うなずいた。
ニコルがアタシとラフに確認した。
「次のセリフをスクロールさせたら、バトルスタートみたい。ザコキャラ三十人、任せちゃっていい? ここでスタミナ消費したくないから」
「おう、任せとけ。な、お姫さま?」
「そうね。殺しちゃったらペナルティよね? 素手でやるわ」
村の広場がバトルフィールドだった。
久々にこんなザコと戦ったわ。感心するくらい弱かった。アタシとラフが強すぎるって説もあるけど?
三十人全部を倒したら、カイがアタシたちに敬礼した。
「お三方の腕前、しかと拝見した。どうかお力をお貸しいただきたい。もちろん、報酬は用意させていただく。この名もなき村で用意できるものなど、たかが知れているが」
バトルでは何もしなかったくせに、ニコルが真ん中に立った。
「お引き受けします。この村のトラブルを解決しなきゃ、もとの時代に戻れないんだろうし」
現実の世界だったら絶対に避けるリスクでも、ゲームの世界だから、むしろ望んで引き受ける。困ってる人がいて、ユーザがそれを助けるヒーローになって、そうやってストーリーは進められていく。
「ピアズの世界は、非現実的にお人好しな展開の話ばっかりよね」
ラフは、傷のあるほっぺたで笑った。
「古典的なRPGはそういうもんだからな」
「知ってるけど。でも、お人好しすぎるストーリーを演じてると、やっぱり、ときどき違和感を覚えるわ」
「お姫さま、今日、冷めてないか?」
「別に」
ニコルはおかっぱの銀髪をサラッと揺らして、小首をかしげた。
「先、進めるよ?」
「いいわよ」
カイの話によると、村は今、危機的状況らしい。
「巫女のヒナがさらわれてしまう。そうなっては、村は道しるべを失うんだ。潮の満ち引きも、天気の移り変わりも、災害の訪れも、巫女なくしてはひとつもわからない」
アタシたちはヒイアカの呪術で古代に飛ばされてる。フアフアの村はリゾートっぽく、にぎわってた。ネネの里でさえ農業をやってて、暦や文字を持ってた。ここ、「名もなき村」は全然、文化レベルが低い。カロイモやバナナみたいな主食すら見当たらない。
名もなき村はつねづね、「荒くれ者の海精クーナ」という存在におびやかされてるらしい。
たとえば、クーナの機嫌が悪いときに村人が漁に出たら、嵐を叩き付けられて、舟をひっくり返される。巫女が
村の巫女である「月の美少女ヒナ」はある日、祈りの庵でおぞましいお告げを受けた。
「次の下弦の月が上るころ、海精クーナが巫女ヒナをイケニエとして連れ去るであろう」
クーナは、下弦の月の晩には「海に落ちた星のような石」を抱いて、必ず姿を現す。その石っていうのが、つまり、ホクラニのことだ。
ただでさえ強大なクーナが、下弦の月の晩にはさらに凶暴になる。ホクラニがクーナに神の力を授けるんだ。その力を使って、巫女ヒナにまで手出しようとしてる。
お告げを聞かされたカイは、我慢の限界だった。クーナ討伐を決めた。
「そういうわけで、オレたちの協力が必要になったってわけか」
「頼む、旅の戦士たちよ。クーナを倒し、ヒナを救いたいんだ」
必死な顔。まあ、要するに。
「ヒナって子のことが好きなのね?」
「お、オレとヒナは、お、幼なじみなんだ。ヒ、ヒナは巫女で、けがしてはならない存在だから……そ、そう、ヒナは村に必要で、皆に慕われていて……っ」
ふと、少女が一人、しずしずと歩いてくる。
青みがかった銀色に輝くストレートヘア。大きな目も、髪と同じ色。月の光にも似た髪と目と対照的に、肌は日に焼けている。不思議な雰囲気の美少女だ。
華奢な体に白い服を着た彼女は、ふわっと微笑んだ。
「初めまして、旅のおかた。ワタクシはヒナと申します。カイに呼ばれて、こちらへ参りました」
ラフはノーリアクション。ヒナはキレイな子だけど、胸がないから。
ニコルが単刀直入に尋ねた。
「アナタはイケニエになるのが怖い?」
青白いはずのヒナの両目に、真っ青な星がきらめいた。ほっぺたと唇が、ほんのりと染まった。生き生きとして、かわいくなった。
「怖くはありませんわ。ワタクシの身と引き替えに、海精は村の安泰を約束しているのですから」
***
カイとヒナの話を聞いた後、アタシたちは、思ったことや感じたことを交換し合った。
「ヒナは絶対、何か嘘をついてるわ」
「一方で、カイは単純な男に見えるぜ」
「海精クーナって、やっぱり手強いんだろうね」
方針を話し合う。予言された下弦の月の夜は、明後日だ。
「下弦の月まで待たなきゃいけないのかしら?」
「ホクラニ発動より前に敵と戦えたら、設定上、だいぶ楽なんだよな」
「うん。で、これからボクたちはどう動こうか?」
「アタシはヒナの様子を探りたいんだけど、アンタたちは?」
「オレはカイの腕試しを受けることになってる」
「じゃあ、ボクは村の食事事情その他を調査してくるよ」
一時間後に再集合することにして、いったん解散。
休憩用に貸し与えられた小さな掘っ立て小屋を出て、アタシは海に向かった。
夕日が水平線に落ちていく。世界じゅうがキラキラした橙色に染め上げられている。寄せて返して砕ける波は宝石みたい。一瞬で砕け散る、
「夕日って、どうしてあんなに大きく見えるのかしら?」
いつ見ても、不思議になる。その錯視のメカニズムは今でも解明されてないから。
人類の進化なんて、きっと、とっくに止まってる。人間は、賢いと勘違いして発展しすぎた未熟な生き物だ。たくさんのものを見落としながらここまで来たんだと思う。
簡単で便利なものに価値が与えられる世界だから、難しくてめんどくさいアタシは居場所を持てない。それはたぶん、平和な世の中のカタチだ。平和で、だけど最低なカタチ。
ピアズは現実よりマシなカタチをしてる。だって、アタシはここにいる限り、そのままのアタシでいられるから。
言葉が出てこない苦しさを、こっちの世界では味わうことがない。アタシにとって、それはとても大きな驚きだった。嬉しい驚きだったんだ。
こっちの世界の匂いって、どうなんだろ? 海には、どんな匂いがあるんだろ? よく動き回るラフは、やっぱり男っぽく汗くさいの? ニコルの作る料理の匂いは、きっと食欲を刺激するのよね?
歌が聞こえた。
わらべ歌みたいだ。おばあさんと小さな子どもたちが、波打ち際で網を修理しながら歌ってる。
海のまやかし 青い色
波の下から 牙をむく
ねんねしない子 どこにおる
早く寝なされ 寝なければ
ねんねしない子 さらわれて
青い夢見て 海の底
ちょっと悲しげなメロディの、素朴な歌だ。初めて聴くのに、なんとなく、なつかしい。ラフやニコルも村のどこかで聴いてるかしら? 悪くない歌よ、って伝えてやりたい。
アタシは夕日の風景の中を、ヒナの住む庵へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます