第4章:麗
悲鳴の朝
夜中に雨が降ったみたいだった。朝には、もう空は晴れていた。地面はびしょ濡れだった。学校まで歩く途中、あたしは何度も水たまりを踏んだ。
今朝は校門のそばに静世がいなかった。ホッとする。
中庭のバラは、地面に落ちたままだった。雨に濡れて泥まみれだ。
「やっぱり、イヤね」
ふと、かすかな声が聞こえた。吐息も聞こえた。その呼吸のリズムはせわしなくて、苦しそうで。
違う。苦しそう、じゃなくて。
あたしは忍び足で近付いた。
バラの垣根の小道を外れた場所。イトスギの木立に守られた、鳥カゴの形の藤棚。鳥カゴの中に人影がある。
あたしは息を呑んだ。足がすくんだ。
人影は二つある。もつれ合うみたいに、ぴったりと重なっている。
「いけないわ。わたし、これから……」
女の声が途切れる。
キス、している。
そして、別の女の声が応える。
「一校時、空き時間だよね、センセイ?」
「でも……」
「気持ちよさそうな顔してるよ」
「やめて」
「ねえ、センセイの部屋に行こうよ」
「だ、ダメよ、そんな……」
朝っぱらからなにやってんのよ。
明精女子学院には女子校ならではの恋愛があるっていう噂は、あたしも知ってた。でも、都市伝説だと思ってた。まさか事実だったなんて。
抱き合う二人が体勢を変えた。横顔が見えた。
出来静世と、葉鳴万知。
背の高い万知が静世に上を向かせて、キスをした。
「信じらんない」
足がふらついた。あたしは尻もちをつく。放り出したカバンが、音をたてた。
万知が素早く振り返った。静世がメガネの角度を直した。二人があたしを見た。
まずい、と思った。
あたしは立ち上がって駆け出した。一目散に、黒曜館の出入口へ。ドアに飛びつこうとして、足が止まる。
変なものが落ちている。
なに、これ?
匂いがする。血の匂い。腐った匂い。生ゴミみたいな匂い。
いきなり焦点が合った。あたしは、自分が何を見ているか理解した。
ネコの死骸。
あたしは口を押さえて後ずさった。視界の隅に別のものが映った。見たくない。でも、見てしまう。
一匹だけじゃなかったんだ。
「きゃああああっ!」
悲鳴が聞こえた。喉が痛んだ。叫んでるのはあたしだ。
匂い、匂い、匂い。その死が本物である証拠の匂い。
「風坂っ?」
万知が真っ先に駆けつけた。静世が続く。
この際、万知でも静世でも、誰でもよかった。あたしは万知の腕にすがりついた。群れになった死骸を指差す。
万知が息を呑んだ。静世はへたり込んだ。
死骸は鈴なりになっていた。モクレンの枝には、赤黒く濡れた哀れな毛むくじゃらが、いくつも、いくつも、いくつも。
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