ラフの理由
アリィキハとのバトル終了後。バトルフィールドが消滅すると、ラフが元に戻った。
「大丈夫なの?」
「へーきへーき。ご心配ありがと、お姫さま」
「べ、別に、心配なんか」
「それより、イベント発生の気配だぜ」
ラフが指差す先に、クラとイオがいる。クラはイオの前にひざまずいた。
「ねえさまの帰りを、ずっとお待ちしていました」
イオの、ナイフを持つ腕から力が抜けた。クラから目をそらす。
「アタイは盗みをした。里の掟を破った。親父がアタイを許すはずがない」
「いいえ。とうさまも、ねえさまの帰りを待っておられます」
「わからずやの親父となんか、顔を合わせたくない」
「里を出られる前、とうさまと、どんなお話をなさったのです?」
「男たちに交じって森へ入るのはやめろって。アタイに戦い方を教えたのは親父だぞ? そのくせ急に、もう戦うなと言ったんだ。しかも、このアタシに向かって……は、は、花嫁修業しろだなんて……っ!」
「ワタシにも、とうさまは同じ話をなさいました。一年と少し前、ワタシが成人の儀を迎えた夜に。時は満ちた、と」
「い、言うな!」
「ねえさま」
「姉と呼ぶのはやめろ! あ、アタイは、本当は、もっと前から勘づいてたんだ」
「もっと前から?」
「オマエ、自分の置かれた立場を知ってるんだろう? 親父がなぜオマエを引き取ったか。オマエは初めから候補だったんだ。アタイと結婚させるにふさわしい、と……」
クラは、すっと立ち上がった。一歩、進み出る。
「お聞きください」
クラはイオの両肩に手を掛けた。すぐ近くからまっすぐに見つめられたイオは、ひるんだみたいに半歩、後ろに下がる。でも、クラはイオを離さない。
「く、クラ?」
「ワタシには戦う力もなければ、長としての統率力もない。ワタシはそういう男です。あるのは、ネネの里への忠誠心だけです。イオさま、どうぞネネへお戻りください。ネネにはイオさまが必要です」
「……イヤだ、と言ったら?」
「おっしゃらないでください。無理やりアナタをさらって帰るしかなくなります」
ヒュウッと、ラフがかすれた口笛を鳴らした。
「男らしいじゃん! クラさんカッケぇ」
「アンタいちいちうるさいのよ。黙って見守れないわけ?」
「いやぁ、ついつい。お姫さまも憧れるだろ、こーいうシーン」
「そ、そんなこと……別に……」
ニコルが仕切った。
「二人とも、いい? 続き、進めまーす」
「イオさま、二心を持っていることをお許しください。ネネの里に対する忠誠心と、イオさまに対する忠誠心。ワタシは、その二心を持っています。幼いころから勝手にお慕いしてきたことを、どうぞご容赦ください」
「何が言いたい?」
「愛しています。
「生意気なやつ……」
イオは短剣を地面に投げ落とした。そして、クラに抱きついた。クラがそっとイオの背中に腕を回した。
「イオさま」
「浮気したら殺す」
「はい」
***
一夜、明けた。アタシたちはネネの里を発つことにした。
ニコルは食材の買い物に出掛けた。ラフは、暇つぶしに双剣を研ぎ始めた。アタシは、立って腕組みをしたまま、ラフを見ていた。
ラフの姿が変わった。あの赤黒い呪いの紋様の範囲が広がっている。
初めて会ったとき、紋様はメイルの胸当てから少し、はみ出す程度だった。それから二回呪いを発動させて、胴体はおへそのラインより上が、腕は肘より上が、赤黒い紋様で埋め尽くされている。
「なぁに見とれてんだ?」
「見とれてるわけじゃないわよ」
「そうかな? 熱ぅいまなざしを感じたんだけど」
「バカ。ぶっ飛ばされたい?」
「遠慮しとく」
「あのね、アンタに訊きたいことがあるの。なんで呪いを設定したの? せっかくレベルやクラスを上げても、デリートされる運命なのよ?」
そもそも、どうやって呪いなんて設定できたの? ほとんどのユーザは、その存在さえ知らないのに。
もしかして、ラフの「中の人」はピアズの開発部の人?
ラフは剣を研ぐ手を止めずにささやいた。繊細な声だ。
「呪いを設定したのは、早いとこハイエストまで来たかったからだ。それと、終了の目安がほしかったから」
「終了?」
「ほら、ピアズは、家庭内完結のハコ型と違うだろ。ゲームをクリアするって概念がない。ユーザがクラスを上げるペースに合わせて、ステージも新しく増やされる。半永久的に遊べるゲームだ」
「そうね」
「オレはちょっとした訳ありでさ……いや、というか、まあ要するに、あんまり時間に余裕がないんだ。だから、呪いのチートな能力を設定した。デリートされるまで遊ぶって決めて、ハイエストクラスに上がってきた」
「でも、呪いがなくても、そこそこ強いでしょ。使わずに乗り切ってみたらどう?」
「んー、ハイアークラスまでは、呪いを使わずに来れたんだ。ハイエストは、このステージで二つめだけど」
「前も聞いたわ」
「一つ前のステージでは、大所帯のピア・パーティと一緒に行動してた。呪いは一回しか使わずにすんだんだけど、失敗したよ。もっと使ってやるべきだった」
「どういうこと?」
「オレがもったいぶってるうちに、ピアが三人ほどハジかれちゃってね。世話になってたのに、悪ぃことした。ハイエストまで来ると、ボス戦はやっぱ苦しいよ。ぶっちゃけた話、オレはそこまでコマンド速くないから」
「嘘ばっかり」
ラフは作業を止めて、剣を置いた。両方の手のひらを広げて、手のひらを黒い目で見つめる。生身の人間みたいな仕草だと、アタシは思った。
「嘘ならいいんだけどな。長いコマンドは厳しいんだ。十代のころみたいには、速い入力ができなくなっててさ」
「え。アンタ、オッサン? 声、肉声でしょ? 若い感じだけど?」
ラフは両手をグーにして、パーにして、またグーにした。
「詮索禁止。まあ、とにかく、お姫さまの足を引っ張らないように、頑張ってみるよ」
「呪いをやられると困るわ。アンタの動きが読めなくて、バトルに入れない」
「悪ぃ。アリィキハ戦では、オレ自身、どう動くかわからなかった。コントローラに従ってくれねえの。頭を狙うっていう指示だけしかコマンドできなかった」
コントローラに従わない?
「それって……」
ヤバいんじゃないの、って言おうとしたら。
「ところで、お姫さま。お出かけ前の朝シャンとか、しないの?」
「なっ……しないわよ、バカ!」
「のぞきイベントで、貧乳のよさに目覚めたかもしれねえ。なかなか衝撃だった」
「こんのぉ!」
アタシは、ラフが脱いでほったらかしにしているブーツを拾った。ラフ目がけて投げつける。
「おっと」
ラフは、あぐらの状態から機敏にジャンプした。はだしのまま、すたすた逃げ出す。
「あははは! そんなんじゃ当たんねえよ!」
ラフの笑い声を聞きながら、アタシは立ち尽くした。
ブーツを脱いだラフの脚。初めてちゃんと見たけど、脚にもビッシリと呪いの紋様が刻まれてた。
呪いの紋様が全身をくまなく覆うとき、デリートが始まる。
「アイツ……あとどれくらい、こっちの世界にいられるんだろう?」
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