廃墟の戦い
松明を手にしたクラは、吹っ切れたみたいに淡々と告げた。
「ホクラニを盗んだのは、イオさまだと思われます。イオさまは長の実子。一年前に、ネネの里を出奔してしまわれました」
「その人が戻ってきたんだね?」
「今年は大トカゲ属の繁殖期です。イオさまは、里の様子をうかがいに、こっそ戻られたのでしょう。そして、里で最強の戦士である長が痛手を負ったと知った。だからイオさまは、ホクラニの力を利用してアリィキハを倒すことを決心されたのではないかと思います」
「なるほどねえ」
「イオさまであれば、ホクラニのことをご存じです。番犬も、イオさまにはなついていました。簡単にホクラニを盗むことができたでしょう」
彫りの深いクラの顔に松明の火が映り込んでる。同じように、ラフの顔にも、ニコルの顔にも。
少し沈黙が落ちた後、アタシは言った。
「で? 具体的に、アタシたちは何をすればいいの?」
「ホクラニを持っているのが本当にイオさまだとしたら、必ず今宵、望月の明るいうちにアリィキハ討伐を試みるはずです。ワタシはイオさまを止めたい。ホクラニの強い力を人間が扱うのは危険です。皆さま、よろしければ、ワタシと一緒に来ていただけませんか?」
「そりゃー、ここまで来て『いいえ』って選択肢はねえよ。な、シャリンにニコル?」
「そうね」
「うん」
アタシたちの返事に、クラは深々と頭を垂れた。
***
アリィキハの居場所は、長がヒントをくれた。
「里の北西にある森を目指せ。ワシがアリィキハと戦ったのは、その森のそばだった。近くまで行けば、アリィキハの足跡をたどれるはずだ」
アタシたちは森に入った。
アリィキハの爪痕はすぐに発見できた。大木の幹が深くえぐられている。
クラは松明で森の奥を指した。
「縄張りを主張するための爪痕でしょう。足跡は森の奥へと続いています。行きましょう」
途中でバトルが発生した。
クラは攻撃手段を持ってないけど、傷や毒を治す呪術を使える。畑仕事に鍛えられてるからスタミナはある。敏捷性も低くはないし、まるっきり役立たずってわけじゃないみたい。
アリィキハが作った道は一直線だった。森の奥へ奥へ、アタシたちは進んだ。
そして、森が切り拓かれた場所にたどり着いた。村の廃墟だった。雑草が生えた荒れ地。あちこちに、建物の柱の跡が遺されている。
クラは松明を掲げて四方を見回した。呆然とつぶやく。
「ワタシがかつて暮らしていた里です……こんなに近い場所だっただなんて……」
風が渡った。森がざわめいた。風に押されてクラはよろめいた。松明が土に落ちた。炎が弱くなって、でも燃え続けて、やがて消えた。
満月の明かりが廃墟を照らしてて、不気味だった。
ふと声が響いた。
「クラ、オマエは弱い。この場所に来れば、心が揺らぐに決まってる。ただでさえ戦い方を知らないってのに、そんなふうにボーッとしてんじゃ、ますます邪魔だ」
女の声、だった。
クラはハッと顔を上げた。
「イオねえさま!」
ラフとニコルがのけぞった。
「ええっ? イオって、女なのか?」
アタシは驚かないわよ。やっぱりねって感じ。
プア・メリアの木のそばでクラが見せた表情は、切なそうで、寂しそうで。あれは、ロマンスの気配だった。
よくあるシナリオだもの。アタシもそのあたりは推測できるようになった。
でも、ラフとニコルが驚くのは仕方ないか。あの会話イベントを見逃したんだし。
木立の間から現れたのは、野性味あふれる美女だった。女の人としては、背が高い。威圧的なくらいの巨大なバスト。胸と腰をほんのちょっと覆っただけの格好。太ももにベルトを巻いて、幅広の短刀を装備している。筋肉質な体つきをした女戦士だ。
ラフが無神経に口笛を鳴らした。アタシはラフの足を踏んづけた。
「痛ぇな」
「いちいち気に障るのよ」
「妬くなって」
「ぶっ飛ばされたい?」
女戦士イオは、背中の後ろに回していた右手を前に出した。輝く球体が、イオの右手にある。満月みたいな光。ホクラニ、
静かな風が、光るホクラニから起こっている。風と光を受けるイオの黒髪がそよいでいる。
「オマエたち、命が惜しかったら立ち去りな。はぐれ者のアリィキハが、じきにここへやって来る。やつを誘うため、メスのモオキハの血を森の木々に塗りつけてきた」
モオキハの血?
ピアズはグラフィックとサウンドだけの世界だ。匂いはユーザには伝わらない。もしも匂いまでが感じられるなら、と想像して、アタシは気持ち悪くなった。森から廃墟までの間、モオキハの血の匂いに満ちてたはずだなんて。
キシャァァァッ!
突然、咆吼が夜の空気をつんざいた。
パラメータボックスに“WARNING!”と、赤い文字が躍った。アタシと相手との体積比は計測不能。やっぱり、よっぽどデカいんだ、アリィキハって。
ニコルはローブの袖から杖を取り出した。ぶん、と一振り。杖がバトルモードのサイズになる。
「逃げる暇なんてなさそうだよね」
イオが舌打ちした。
「もう来たのか」
そういう設定でしょ? でも、切羽詰まって闇をにらむイオのCGは、ゾクッとするほどキレイだ。
ホクラニの輝きを、イオは見つめた。思い詰めた表情。イオは、ホクラニ、胸元に寄せた。
オヘのホクラニもそうだった。胸の真ん中に入り込んでいて、オヘを狂わせてた。
って、ちょっと待って! イオまで正気じゃなくなったら、ボスが二体になる!
飛び出そうとしたアタシより先に、動いた人影がある。クラがイオの右の手首をつかんだ。
「おやめください! 人の子が
「アタイがどうなろうと、かまわない! あの化け物を倒さなけりゃ、ネネの里が危ない」
「いいえ。ねえさまがおられなければ、ネネの将来はありません」
「長の地位はオマエが継げばいい!」
「戦い方を知らないワタシは里を守れません。里にはアナタが必要です」
「手を離せ、バカ!」
空いたほうの左手で、イオはクラの頬を叩いた。クラは少しよろめいた。でも、イオの手を離さない。
キシャァァァッ!
地響きが迫ってきた。森が悲鳴をあげている。眠っていたはずの鳥たちが一斉に飛び立った。
巨大な頭が木立を薙ぎ倒しながら、廃墟のフィールドに現れた。続いて、全身が出てくる。毒々しいピンク色の喉首。鈎爪を持つ四肢。
アリィキハだ。
「あっ! クラ、オマエ何をする!」
イオが叫んだ。アリィキハに気を取られた隙に、クラが動いてたんだ。イオの手から、ホクラニを奪っていた。
「ニコルさま、ホクラニをお預けします!」
クラはホクラニを投げた。正確なコントロール。ニコルはキャッチして、ポーチに落とし込む。
アタシとラフは、同時に剣を抜いた。
3・2・1・Fight!
アリィキハが突進してくる。
「動きは遅いわね!」
アタシはアリィキハの前肢を踏み台にして跳び上がった。高速でコマンドを入力する。
“Wild Iris”
七連続の斬撃。アリィキハの鼻面に、うっすらと引っかき傷が付いた。
「あー、もうっ! また硬くてヒットポイントが高いってパターンっ?」
「まぶたや喉を狙えよ。まだしも皮膚が薄いはずだ」
ラフは双剣を両肩に背負ってアリィキハに突っ込んでいく。前肢の爪をくぐって、ふところへ。ピンク色の喉元に双剣を叩き付ける。
“chill out”
ガキン。
「前言撤回。やっぱ、喉も硬ぇ」
ニコルが口を尖らせた。
「ラフの馬鹿力でもダメかぁ」
ニコルは足下の雑草を摘み取って、杖で打った。細長い形をした雑草の葉っぱが槍へと姿を変えた。
キシャァァァッ!
アリィキハが咆吼した瞬間。
「そぉれっ!」
ニコルは雑草の槍を投げた。槍がアリィキハの舌に突き刺さる。
でも。
「効いてねぇぞ」
「魚の小骨みたいなもんかなぁ?」
まぶた、喉、口の中。弱そうなところを、繰り返し狙ってみる。
「ヒットポイントのゲージが減らないわね。長期戦覚悟よ」
攻撃要員は、アタシたち三人とイオ。
イオのナイフは、ネネの戦士らしく原始的だった。金属の刃は付いてない。ナイフの本体は木製。刃の部分には、サメの歯がびっしりとくくりつけられてる。切り裂くんじゃなくて、えぐる武器。
イオは、タカみたいな独特の動きで、アリィキハの尾に打ちかかる。ニコルがイオのAIに命令した。
「尻尾じゃ意味ないよ。こっちに合流して、頭を狙って」
「アタイに命令するんじゃないよ!」
啖呵を切りながら、イオはニコルの指示に従った。ニコルは遠隔攻撃で、イオは直接攻撃で、アリィキハのまぶたや鼻面、開いた口の中を襲う。
アタシとラフは、交互にアリィキハに接近した。喉元をしつこく攻め続ける。だんだん、傷が開いていく。時間はかかってるけど、無意味じゃないみたい。
アタシは一回、ラフは二回、アリィキハの前肢の一撃で、吹っ飛ばされた。すかさずクラが駆け寄ってきて、呪術で傷を治癒する。
でも。
「ワタシでは力不足です。皆さまの傷を塞ぐことはできますが、疲れを癒してさしあげることはできません。申し訳ない」
傷を塞ぐのは、ヘルスポイントの回復。疲れを癒やすのは、スタミナポイントの回復。つまり、クラの呪術を受けてもスタミナポイントは減ったままだ。
アタシはパラメータボックスのゲージを確認した。純粋な体力消費やスキル発動によって減ったスタミナポイントは、レッドゾーンが目前だ。このペースじゃ、アリィキハより先にアタシたちが動けなくなる。
「ラフ、ニコル! のんびりしてる場合じゃないわよ! スタミナ、かなり減ってる!」
「オレもさっき気付いたとこ。こんなペースじゃあ、らちが明かねえよな」
「ボクもヤバい。打てば当たるのが気持ちよくて、ガンガン魔法使ってた」
ラフはアリィキハから間合いを取った。
「本気出すよ。あんまりキレイな姿じゃないけど、勘弁してくれ」
ラフは目を閉じた。双剣を持つ両腕が下ろされる。
不穏な風がラフの足下から、ぶわりと湧いた。
まぶたが開かれる。まがまがしい赤が両眼にともっている。
「また呪いを発動するの?」
むき出しのお腹に、二の腕に、赤黒い紋様が燃える。燃えながら、紋様はじわじわと広がった。
猛獣の唸り声みたいな笑いがラフの口からこぼれた。牙が光った。双剣が軽々と振りかざされた。
「あ、ハはっ、はハハッ……! コントろール、どうナってンだヨ? 体のジユウがキかねェ……!」
ザラザラと濁った響きでつぶやいて、ラフは跳躍した。
二本の大剣は、まるでおもちゃだった。重量を無視した動き。ラフは、やたらめったらに大剣を振り回す。
「なんなのよ、あの動き……スキルも何も、あったもんじゃないわ」
ものの数秒で、アリィキハの舌が
ラフは止まらない。アリィキハのまぶたが、鼻面が、喉首が、ズタズタに切り裂かれていく。
アタシは立ち尽くすしかない。
「援護に回る隙もないなんて」
ラフは、前回の呪いよりも激しく暴走してる。
ニコルはイオに防御を命じた。ニコル自身もバトルフィールドから下がる。
「ラフの攻撃力、ゲージが針を振り切ってる。理性のゲージはほとんどブラックアウト。スタミナが尽きるまで暴れ続けるね、これは。同時にヘルスがゼロにならないように気を付けとかないと、ほっといたらハジかれちゃう」
「そんなの、めちゃくちゃだわ」
アリィキハの前肢を、ラフは交差させた双剣で受け止めた。巨体の重みに、ラフのブーツが地面にのめり込む。
ラフの顔が歪んだ。赤い目が、紋様が、らんらんと燃える。ラフは牙をむいた。獣の声で吠えた。
アリィキハの前肢がスパッと飛んだ。
キシャァァァッ!
悲鳴。アリィキハが横倒しに倒れた。
「アハハははっハハはハッ!」
ラフは笑っている。
仰向いたアリィキハの喉を目がけて、ラフは双剣を振りかざして宙に跳んだ。
四人がかりで手こずっていたモンスターは、呪いを発動させたラフひとりの手で、あっという間に光になって消滅した。
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