定番の温泉イベント

 クラの家から出ると、サトウキビを抱えたおばさんたちがいた。ニコルが愛想よく話しかける。おばさんたちは話し好きだった。


「おや、アンタたちが噂の旅人かい。ねえねえ、アンタたち、長に会ってきたんだろ? 長とクラはちっとも似てないって思わなかった?」

「クラは長の本当の子どもじゃないのさ。十二年前、隣の里がアリィキハにやられてね。ちっちゃかったクラだけが運よく逃げ延びて、長の養子になったの」


「クラはまじめで、いい人間だよ。ただ、長の地位を継ぐには、ちょいと頼りないね。男なんだから、たまにはガツンとやりゃいいのに」

「当人もわかってるみたいだけどね。でも、自分は長の代理に過ぎないって言って、あの人が帰ってくるのを待ちわびてるのよねえ」


「あの人ってのはね、長の血のつながった子どものこと。クラより一つ年上だっけ。頭もいいし体も強いし腕も立つし、やっぱり次の長はあの人よねえ」

「ちょうど一年くらい前に長とケンカして飛び出して、それっきり、どこ行っちまったのかしら? 早く戻ってきてほしいよ」


 噂好きのおばさんたちのおかげで、里の内情がいろいろわかった。さらに情報を集めようってことになって、アタシは、ラフやニコルと別行動をとることにした。


 一人になると、なんだかんだ言って、気楽だ。アタシは、シャリンの体で大きく伸びをした。


「……って、何やってるんだか。オーバーリアクションの癖がついてるかも」


 ラフやニコルとしゃべりながら、ゲームを進めるせいだ。作業クエでも、ひとりごとが増えちゃってる。いや、もともとひとりごとは多いほうだけど。


「あ、そうだ! 今のうちに、温泉に行っとこう!」


 温泉の効用って、ありがたい。ヘルスポイントもスタミナポイントも完璧に回復する。しかも女性キャラの特権として、一定期間、疲労しにくい体質になる。利用しない手はないでしょ。


 アタシは里の外れの温泉のほとりの茂みで、装備品を外した。軽量型の剣も、シースルーのマントとスカートも、ビキニタイプのメイルも。ついでに、ツインテールのリボンまでほどいて、オーロラカラーの髪を背中に流す。


「助かったぁ。さっき食事したけど、ネネの食材ってバランス的に偏りがあるのよね。完全には回復しなくて、参ってたの」


 乳白色の湯に体をひたす。たちまち、アタシの頬はピンク色にほてった。ちょっと色っぽいCGが、いい感じ。パラメータボックスを表示して、ゲージの回復を確認する。


 ごくらく、ごくらく。


 クラは、夕刻に長の家へ来いって言ってた。きっと、里での情報収集が終わったら夕刻になる設定だ。そして望月が空に上れば、ホクラニの力が発揮される。ストーリーが動く。


 ガサリ。


「ん?」


 大きなシダの葉っぱが不自然に揺れた。

 何かが、そこにいる……!


 アタシは、装備品を置いた茂みから剣をたぐり寄せた。湯けむりを透かして、物音のほうをにらむ。


 ガサッ、ガサリ。


「なんだっていうのよ? こんな人里のそばにモンスター? こっちは裸だってのに」


 剣の鞘を取り払って、ピシリと構える。こんなとこで、こんな格好で負けたら、いろんな意味で恥だわ!


 と。


「ちょっ、ニコル、押すな!」

「うわわわわっ!」


 ラフとニコル!

 葉っぱの影から二人が転がり出てきた。しぶきがあがる。温泉が波立つ。


「……アンタたちねぇ」

「な、なあ、聞いてくれ! これには深い理由があってだな……」

「男キャラにとってはねっ、温泉をのぞくイベントは、ゲージの回復が……」

「バカッ!」


 くたばれ、バカども!!


“Cruel Venus”


 アタシは、のぞき魔どもをまとめて温泉の外に叩き出した。



***



 結局ドタバタだった温泉帰り道、クラを見付けた。白い星形の花が咲く木の下だ。


 ぼんやりと花を見ていたクラに、アタシは声をかけた。クラは驚いた様子で、小さく跳び上がった。


「ああ、シャリンさまでしたか。すみません、考え事をしていました。シャリンさまは里の者たちと話ができましたか?」

「そうね」


「この花はプア・メリアといいます。子どものころ、ワタシはよくこの木のそばで遊んでいました。次の長になるべきあのかたがプア・メリアを好いていたので」

「家出しちゃったんでしょ、その人」


「あのかたが里を出て行かれたのは、長に反発してのことでした。ですが、二人の口論の原因はワタシの存在だったと思います。年月を重ねるにつれて、あのかたは、ワタシを遠ざけるようになられました」

「ふぅん。アンタ、いじめられてたの?」


「あのかたは、本当はとてもお優しいのです。故郷を失ったワタシを引き取るように、と長を説得してくださったのは、あのかたでした。ご自身も幼くして母親に先立たれておられますから、ワタシのことをほうってはおけなかったのでしょう」


 クラはプア・メリアの花びらに触れた。彫りの深い横顔が寂しそうにかげっている。


 足下に落ちた影が、いつの間にか、ずいぶんと長い。景色が橙色の光に染まり始めている。クラが言ってた「夕刻」だ。ストーリーが進み出した。


 クラは気を取り直すように、アタシに微笑みかけた。


「ワタシは一足先に、家に戻ります。皆さまもご準備ができましたら、ワタシの家へおいでください」


 一礼して、クラは歩き去った。

 入れ替わりに、アタシの視界に、不届き者たちの姿。


「ラフ! ニコル!」


 ビクリと固まる二人。アタシは突進した。もう一回、ぶっ飛ばしてやる!

 が。


「「先ほどは、どうも申し訳ありませんでしたっ!」」


 二人のほうが素早かった。華麗な身のこなしで、ジャンピング土下座。


「あ、謝って済むと思うのっ? リアルだったら犯罪よ? い、いくら、ゲームだからって、こんなの最低!」

「いや、あのさ、お姫さま。これはシステム的なことなんだけどさ……」

「システム? どーいうことよ?」


 ニコルが暴露した。


「男にとって、温泉をのぞくイベントはね、究極の料理を食べるのと同じだけの効果が得られるんだよね。料理には材料費がかかるけど、温泉をのぞくのはタダでしょ。だから、絶好のチャンスだと思って、ついつい」

「バっカじゃないの!」


「だけど、オレもニコルも初めて発動させたんだぜ。こーいう、のぞきイベント。今まで女性キャラクターとピアを組んだことがなかったからさ」

「あ、あっそう」


 初めてって言われた。それもそうかな。アタシのことをわざわざ追いかけてきた二人だ。

 ……違うから。別に嬉しくなんかないし。


 ニコルはうやうやしげにおでこを地面にこすりつけた。


「なかなかいい絵を堪能させていただきました」

「さ、最っ低ね。次があったら、承知しないんだからねっ」


 ラフとニコルは土下座したまま顔を上げた。めちゃくちゃ、にこにこしてる。屈託のない笑顔ってやつ。


 アンタたち、その美麗なCGでごまかそうとしてるでしょ。ほんとに反省してるわけ?

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