第6話 図書室の二人
新しい教科書に名前を書いた時、あと1年経ったらここから巣立っていかなくてはいけないことに気付いて、ずきっとした。
学年のはじめに、一度目の進路希望調査が配られた。
ここは山の中だから、あまり高校の選択肢がない。
近くの高校は文系がメインだから、理系や芸術系を専攻したかったら都会の学校に行くしかない。
毎日遠くまで通うか、家を出て寮に入るか。
理系が得意な私は、まだどうすればいいか悩んでいる。
*
律がね、誘ってくれたんだ。
「川名君ったら男子なのに『赤毛のアン』がすきなんですって。蒼も一緒に読もうよ。アンの他にもね、すきな本を教え合おうって言ってるの」
ありがと。あ、今気づいたけど、二人ってどこか似てる。
お互いに気になってるくせに、私のこともすごく大切にしてくれるとこ。
ともだちとして、ちゃんと想ってくれている。
本当は律と二人きりになりたいであろう純が、私が仲間に入っても一ミリたりとも嫌だと思わないことは、知ってる。
そしてどんな時も、私をいちばんに心配してくれる律がいとしい。
「あー、そっかぁ。そうだなぁ」
だから、興味ない振りをして、折角の二人の共通点を邪魔しないように。
私だってそれぐらいできるよ。二人がだいすきだから。
そのうちに、昼休みに律と純が図書室で一緒にいるらしいことを知った。
うん。 よかったね。
……ほんと、よかった。
*
「ねえ、律。 将来何になりたいか、考えてる?」
律の部屋で、私の知らない本が並ぶ本棚を見つめながら聞く。
「えっとね、本に関われるお仕事がいいかなぁって。まだよくわかってないけど、図書館にお勤めするとかいいなって」
「それって資格いるの?」
「確かね、図書館司書っていうのがあるはず」
「じゃあ、高校は地元の文系、だよね」
「うん。蒼の希望は遠い高校?」
「そう。でも、高校は地元で、大学から専攻って人もいるみたい」
みんながみんな、遠いところに行くわけじゃないんだ。
「律は国語の先生は考えてないの?」
「え、あ。考えたことなかった。私に先生、うーん、できるかなぁ」
「陽向先生ができてるんだから大丈夫だよ」 (ひなたちゃん、ごめん)
「律みたいな優しい先生なら、きっと本がすきな生徒ができるね」
「そうかな。先生かぁ。国語はだいすきだから考えてみる。ありがと、蒼。じゃあ、蒼は理科の先生になって同じ学校に赴任しようよ」
逆に、その選択肢、考えてなかったよ。 葉月先生と同じ道。
ああ、私は本当はここを離れたくないんだ。こころでつぶやいてみる。
*
部活のあとの帰り道。もう桜は満開を過ぎて、だんだん散っていくばかり。
てのひらにのせようとして、簡単なようですれ違う。儚いね。
律に尋ねた同じ質問を、純にも聞いてみる。
「俺、走るのすきだからな。でも、本読むのもすきなんだよなー」
ああー、迷うなーって、純が叫ぶ。
それに併せて私も、わぁー、どーしよーって、言ってみる。
律と純は、なんだか同じ方向を見ているような気がした。
そうしたら、きょとんとした目の空が
「ぼくはね、パイロットになるー。だって、名前が空だよ」だって。
「でも、料理もすきなんだよねー。どっちの世界に、ぼくが必要かな」
すっごい自信だなぁ。でも、空はほんと手先が器用だもんね。
うつくしい錦糸卵作れるのだ、わが弟は。あれ、酒造の若旦那はどうした。
純が別れ際に「あ」って言って、私の髪にのった桜の花びらを取ってくれる。
「これ、本にはさんだら、押し花になるかな」
ひとりごとみたいに小さな声で。教科書を出して、ぱたんとはさむ。
なに、こっちが照れるようなことしてるんだよー。
ああ、いつまでも、いつまでも、桜の花びらに包まれていたいなぁ。
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