第8話 修学旅行 -竹-


 2日目の午後は、待ちに待った自由行動。

 男女3人ずつ計6人のグループで、みんなで計画した場所を巡る。


 お天気でよかったね。ここは嵐山。

 私たちは中之島でお弁当を広げて、渡月橋を眺めながらはしゃいでいる。


 竹の篭を開けると、途端に広がるかわいらしい世界。

 ちいさな俵型のおむすびに一つ一つ心がこもった色が添えられて。

 おじゃこに山椒、だし巻き玉子、こんにゃくの田楽。


 笹の葉に包まれた生麩のおまんじゅうを最後にとっておく。

 だめ、純、あげないよ。あいつ、すきなもの先に食べる派だもんな。

 デザートは後なんだからねっ。残してるんじゃないよ。



 竹林で有名な嵯峨野一帯は、今とても新緑が濃くて瑞々しい。

 最初に訪れたのは野宮ののみや神社。

 恋愛成就の神様らしくて、女子の人気スポット。

 でも、源氏物語に出てくるって、かえって恋が叶わない気がしてしまうけど。

 絵馬に「すてきな恋ができますように」って書いたら、純がにやにや笑ってやがるっ。


 すっと真っ直ぐ伸びた竹が、細い道の両側に迫っている。

 けれど、なぜか圧迫感を感じないのは、竹の間を風が抜けていくからかな。

 光が風に乗って届く。ゆらゆら葉影が揺れている地面。

 交代で写真を撮り合った。私はやっぱり、純の隣がいい。


 ほんとは純は、鉄道に乗りたくて仕方がない。

 ここには嵐電、嵯峨野線、そしてトロッコ列車の駅があるから。

「鉄っちゃん」の純がうずうずするのも無理もないよね。

 でもね、それに付き合ってたら半日なんてすぐ終わっちゃうから。

 やっぱり京都らしい場所を巡らなくちゃ。自由とはいえグループ行動だもん。

「ほんとはエーデンも乗りたいんだ!」と叫ぶ純。

 ああ、叡山電鉄のことね。あきらめが悪いったら。いつか自分で来なさい。


 色々みんなで話し合った結果、トロッコ列車を見るのだけは採用された。

 ちゃんと通過する時刻も調べてある。 その駅は竹林を抜けた先にある。

 トロッコ列車がガタゴトとふみきりを抜けていく。

 赤と黄のツートンカラー。かわいい車両。


 祇王寺までの道のりは田舎道だから親近感。

 素朴な中に、どこか京都ならではの洗練された雰囲気を持っている、気がする。



 あ、葉月先生と陽向先生ったら、甘味処で二人で何かたべてるよ。

 葉月先生が白玉あんみつで、陽向先生が抹茶パフェ、かな。

 二人を包んだ空気がやわらかくて、しあわせそうで、声を掛けるのがためらわれてしまう。


 葉月先生が、あんなに嬉しそうに笑ってる。

 私たちに見せる顔と違う、先生ではない笑顔。

 カメラ持ってるから、撮っておいてあげよう。

 先生、自分で見たらびっくりしちゃうかな。

 えー、なんで純、止めるのよー。なにー、そっとしといてやろうぜ、って?


 おーい、先生たちー。修学旅行ってこと、忘れていませんか?

 生徒見てるから、あーんって交換とかしちゃだめだよー。言っててテレルなぁ。


 私と純がそぉーっと去ろうとしたんだけど、あ、だめだ。

 あっという間に、他のメンバーが先生たちのところに押しかけちゃった。

「せんせーたち、何たべてるのー?」

 あーあ。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて……って、知らないの?


 こちらの心配なんて知らない葉月先生ったら、涼しい顔して

「君たちも、抹茶パフェを食べに来たのですか?」 だって。

「先生たちは、デートですか?」

「え、ち、ちがっ……」

「そう見えましたか?」

 同時に言う先生たち。


「ひなたちゃん、なに慌ててるの、かわいいなぁー」

「葉月先生、クール!」

 陽向先生、面目丸つぶれですが……。葉月先生は動じないなぁ。


 ちょっと照れて小首かしげてるひなたちゃんを見て、純が

「やっべ、かわいい」

って言うもんだから、真似して首傾けてみたら、純が大丈夫かって顔をした。


「この抹茶アイスおいしいよ。みんなも食べたら? えっと、白玉とあずきと抹茶ゼリーも入っているのよ」

「あれ、ひなたちゃん、なんかごまかしてなーい?」

 女子って、マジ同性ながら、つっこみ激しい。くすくす。



 おはよう。

 最後の朝も、純はホテルの近くを走ってきたんだって。

「今日は、桂川沿いを走ってきたんだ」

 夜更かししてふざけてたに違いないのに、元気な奴だなぁー。

 名前通り、川がすきなんだな。


 最終日の最後は、京都駅近くの梅小路公園。

 純はここをめちゃくちゃ楽しみにしてた。そう、鉄道博物館があるから。

 そして、実は私も見たいものがあって一緒に来ちゃった。

 女子はほとんど隣の水族館にペンギン見に行っちゃったけどね。


 見たいのはね、SL車両の扇形車庫。

 半円の形の車庫に、放射線状にSLが停車していて、ターンテーブル(転車台)に乗って方向転換するの。きゃっほー。


 小学生の頃、純の家にあるトーマスのおもちゃで 散々遊んだの。

 出発進行!って指さして、わくわくしたんだ。

 純の父さんも電車ずきで、昔々ソノシートという音の鳴る機械(CDみたいな?)で円盤まわすと、SLのシュコシュコ走る音がするのがあって。

 音だけで乗った気分になるだろう?って。 私たち、かなり感化されちゃったね。


 今もあまり変わらないな 純のほんとに嬉しそうなことったら。

「男のロマンだぜ。って、一部女もいるか」

 そう言いながら、最高の笑顔を私に向けた。



 両親には清水焼の夫婦茶碗を買ったよ。桜の柄が入ってる。

 あ、八つ橋も忘れずに。 好みが分かれるから、生と乾いているやつ両方。

 空に八つ橋ストラップもおみやげに。ふかふかなのー。気づけば 八つ橋づくし。


 お香みたいなかおりのする、ちいさな匂い袋を鞄につけて、京都にさよなら。

 また、いつか、きっとね。






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