第8話 修学旅行 -竹-
2日目の午後は、待ちに待った自由行動。
男女3人ずつ計6人のグループで、みんなで計画した場所を巡る。
お天気でよかったね。ここは嵐山。
私たちは中之島でお弁当を広げて、渡月橋を眺めながらはしゃいでいる。
竹の篭を開けると、途端に広がるかわいらしい世界。
ちいさな俵型のおむすびに一つ一つ心がこもった色が添えられて。
おじゃこに山椒、だし巻き玉子、こんにゃくの田楽。
笹の葉に包まれた生麩のおまんじゅうを最後にとっておく。
だめ、純、あげないよ。あいつ、すきなもの先に食べる派だもんな。
デザートは後なんだからねっ。残してるんじゃないよ。
*
竹林で有名な嵯峨野一帯は、今とても新緑が濃くて瑞々しい。
最初に訪れたのは
恋愛成就の神様らしくて、女子の人気スポット。
でも、源氏物語に出てくるって、かえって恋が叶わない気がしてしまうけど。
絵馬に「すてきな恋ができますように」って書いたら、純がにやにや笑ってやがるっ。
すっと真っ直ぐ伸びた竹が、細い道の両側に迫っている。
けれど、なぜか圧迫感を感じないのは、竹の間を風が抜けていくからかな。
光が風に乗って届く。ゆらゆら葉影が揺れている地面。
交代で写真を撮り合った。私はやっぱり、純の隣がいい。
ほんとは純は、鉄道に乗りたくて仕方がない。
ここには嵐電、嵯峨野線、そしてトロッコ列車の駅があるから。
「鉄っちゃん」の純がうずうずするのも無理もないよね。
でもね、それに付き合ってたら半日なんてすぐ終わっちゃうから。
やっぱり京都らしい場所を巡らなくちゃ。自由とはいえグループ行動だもん。
「ほんとはエーデンも乗りたいんだ!」と叫ぶ純。
ああ、叡山電鉄のことね。あきらめが悪いったら。いつか自分で来なさい。
色々みんなで話し合った結果、トロッコ列車を見るのだけは採用された。
ちゃんと通過する時刻も調べてある。 その駅は竹林を抜けた先にある。
トロッコ列車がガタゴトとふみきりを抜けていく。
赤と黄のツートンカラー。かわいい車両。
祇王寺までの道のりは田舎道だから親近感。
素朴な中に、どこか京都ならではの洗練された雰囲気を持っている、気がする。
*
あ、葉月先生と陽向先生ったら、甘味処で二人で何かたべてるよ。
葉月先生が白玉あんみつで、陽向先生が抹茶パフェ、かな。
二人を包んだ空気がやわらかくて、しあわせそうで、声を掛けるのがためらわれてしまう。
葉月先生が、あんなに嬉しそうに笑ってる。
私たちに見せる顔と違う、先生ではない笑顔。
カメラ持ってるから、撮っておいてあげよう。
先生、自分で見たらびっくりしちゃうかな。
えー、なんで純、止めるのよー。なにー、そっとしといてやろうぜ、って?
おーい、先生たちー。修学旅行ってこと、忘れていませんか?
生徒見てるから、あーんって交換とかしちゃだめだよー。言っててテレルなぁ。
私と純がそぉーっと去ろうとしたんだけど、あ、だめだ。
あっという間に、他のメンバーが先生たちのところに押しかけちゃった。
「せんせーたち、何たべてるのー?」
あーあ。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて……って、知らないの?
こちらの心配なんて知らない葉月先生ったら、涼しい顔して
「君たちも、抹茶パフェを食べに来たのですか?」 だって。
「先生たちは、デートですか?」
「え、ち、ちがっ……」
「そう見えましたか?」
同時に言う先生たち。
「ひなたちゃん、なに慌ててるの、かわいいなぁー」
「葉月先生、クール!」
陽向先生、面目丸つぶれですが……。葉月先生は動じないなぁ。
ちょっと照れて小首かしげてるひなたちゃんを見て、純が
「やっべ、かわいい」
って言うもんだから、真似して首傾けてみたら、純が大丈夫かって顔をした。
「この抹茶アイスおいしいよ。みんなも食べたら? えっと、白玉とあずきと抹茶ゼリーも入っているのよ」
「あれ、ひなたちゃん、なんかごまかしてなーい?」
女子って、マジ同性ながら、つっこみ激しい。くすくす。
*
おはよう。
最後の朝も、純はホテルの近くを走ってきたんだって。
「今日は、桂川沿いを走ってきたんだ」
夜更かししてふざけてたに違いないのに、元気な奴だなぁー。
名前通り、川がすきなんだな。
最終日の最後は、京都駅近くの梅小路公園。
純はここをめちゃくちゃ楽しみにしてた。そう、鉄道博物館があるから。
そして、実は私も見たいものがあって一緒に来ちゃった。
女子はほとんど隣の水族館にペンギン見に行っちゃったけどね。
見たいのはね、SL車両の扇形車庫。
半円の形の車庫に、放射線状にSLが停車していて、ターンテーブル(転車台)に乗って方向転換するの。きゃっほー。
小学生の頃、純の家にあるトーマスのおもちゃで 散々遊んだの。
出発進行!って指さして、わくわくしたんだ。
純の父さんも電車ずきで、昔々ソノシートという音の鳴る機械(CDみたいな?)で円盤まわすと、SLのシュコシュコ走る音がするのがあって。
音だけで乗った気分になるだろう?って。 私たち、かなり感化されちゃったね。
今もあまり変わらないな 純のほんとに嬉しそうなことったら。
「男のロマンだぜ。って、一部女もいるか」
そう言いながら、最高の笑顔を私に向けた。
*
両親には清水焼の夫婦茶碗を買ったよ。桜の柄が入ってる。
あ、八つ橋も忘れずに。 好みが分かれるから、生と乾いているやつ両方。
空に八つ橋ストラップもおみやげに。ふかふかなのー。気づけば 八つ橋づくし。
お香みたいなかおりのする、ちいさな匂い袋を鞄につけて、京都にさよなら。
また、いつか、きっとね。
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