第3話 お彼岸の餡


 花を抱えて坂道を上る。急こう配は相変わらず。

 おじいちゃんのお墓に着いて「来たよ」と伝える。


 息を整えて、山の上から広がる景色を眺める。

 ここからはいつでも、住んでいる場所を見渡せるんだ。

 胸いっぱいに息を吸い込んでから、ふぅっと吐く。


 沈丁花の香りがしてくると、私は春を感じる。

 気品のあるやわらかくて華やかな女の人みたいな香り。


 でも、冬の蝋梅ろうばいや秋の金木犀と同じで、この枝を切って家に持ち込んだら、途端にくしゃみが出るんだ。

 私には香りが濃すぎて、目まで回ってくらくらしちゃう。

 やっぱり花は自然の中にあってこそなのかな。

 外の風に乗ってさらっと香るくらいが丁度いいことを知る。



 春のお彼岸。お墓参りだから私と空は中学の制服を着てきた。

 空はもうすぐ中学1年生。一緒に通えるね1年間。

 ぶかぶかのぴかぴかの制服に着られてて、なんともかわいい。

 でもきっと1年も経ったら、すっかり体に馴染むんだろうなぁ。


 やっと母さんが上って来た。

「はぁ、やっぱり高台にあるのはいいけど、年々来るのが大変になるわね」

 空が「そのうちリフトがいるね」と笑う。


 水を汲んできて、お墓をきれいに掃除する。

 雑草くん、少しむしるよ。お花がついているものはそのままに。

 雑草だなんて君にも名前があるだろうに、ごめんね。

 葉月先生がいたら、きっと教えてくれるんだろうな。


 オレンジ色の金盞花きんせんかを供える。

 それから、わが『海野酒造』のお酒を盃に入れて。

 とくとくっと音がして、ご先祖様への日々の報告。おいしいですか。



 そして忘れちゃいけない、牡丹餅ぼたもち

 おじいちゃんは大の甘党。しっかり父さんが引き継いでるよ。くすくす。


 お萩と牡丹餅って、基本的に同じものらしいのね。

 ちがいは、花の名前でわかる。

 萩は秋、牡丹は春。今はいつでも、おはぎって呼ぶ気がするけど。

 ぼたもちって、ぼってりしてる名前だけど愛着がわく。


 この前調べて驚いたのが、夏と冬にも呼び名があるんだって。

 夏は「夜船よふね」、冬は「北窓きたまど」って言うらしい。

 なんなの、その美しい響きときたら。由来が詩的。


 お萩や牡丹餅は、餅つきと違って杵でつかないから音がしない。

 いつついたのか分からないってことから「き知らず」となる。


 それが夏には「着き知らず」となって、船が夜に船着き場に着いても、 いつなのか分からないから「夜船」。

 夕涼みをする屋形船のように、しっとり静けさにくるまれて。


 同じ言葉でも、冬は「月知らず」となって、見上げても月が見えないのは北の窓だから「北窓」。

 雪が舞い散る窓を見つめ、夜空にある月を想う。


 なかなかに強引! でもロマンチック。



 私も空もこしあんがすき。 母さんは粒あん。

 父さんは、どっちもだいすきな穏健派。


 昔は、秋に収穫したとれたてのやわらかい小豆は「粒あん」として、春には冬を越して貯めておいたのを「こしあん」として作っていたらしい。

 だからお萩が粒あんで、牡丹餅がこしあんだったらしいのね。

 でも今は、そんなにきちんと決まってないみたい。


 暑さ寒さも彼岸まで、って昔の人はいいこと言うなぁ。

 陽射しがあたたかくなって、本格的に春がやって来る。


 おじいちゃん。坂の上からは梅の林がよく見えるね。

 静かにそっと揺れている白と紅の花びら。

 春風が通り抜けるここから、ずっと私たちを見守っていて下さい。


 家帰ったら、わたしたちもお茶入れて食べるね。

 くぅー、こしあん、最高ー。






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