第3話 お彼岸の餡
花を抱えて坂道を上る。急こう配は相変わらず。
おじいちゃんのお墓に着いて「来たよ」と伝える。
息を整えて、山の上から広がる景色を眺める。
ここからはいつでも、住んでいる場所を見渡せるんだ。
胸いっぱいに息を吸い込んでから、ふぅっと吐く。
沈丁花の香りがしてくると、私は春を感じる。
気品のあるやわらかくて華やかな女の人みたいな香り。
でも、冬の
私には香りが濃すぎて、目まで回ってくらくらしちゃう。
やっぱり花は自然の中にあってこそなのかな。
外の風に乗ってさらっと香るくらいが丁度いいことを知る。
*
春のお彼岸。お墓参りだから私と空は中学の制服を着てきた。
空はもうすぐ中学1年生。一緒に通えるね1年間。
ぶかぶかのぴかぴかの制服に着られてて、なんともかわいい。
でもきっと1年も経ったら、すっかり体に馴染むんだろうなぁ。
やっと母さんが上って来た。
「はぁ、やっぱり高台にあるのはいいけど、年々来るのが大変になるわね」
空が「そのうちリフトがいるね」と笑う。
水を汲んできて、お墓をきれいに掃除する。
雑草くん、少しむしるよ。お花がついているものはそのままに。
雑草だなんて君にも名前があるだろうに、ごめんね。
葉月先生がいたら、きっと教えてくれるんだろうな。
オレンジ色の
それから、わが『海野酒造』のお酒を盃に入れて。
とくとくっと音がして、ご先祖様への日々の報告。おいしいですか。
*
そして忘れちゃいけない、
おじいちゃんは大の甘党。しっかり父さんが引き継いでるよ。くすくす。
お萩と牡丹餅って、基本的に同じものらしいのね。
ちがいは、花の名前でわかる。
萩は秋、牡丹は春。今はいつでも、おはぎって呼ぶ気がするけど。
ぼたもちって、ぼってりしてる名前だけど愛着がわく。
この前調べて驚いたのが、夏と冬にも呼び名があるんだって。
夏は「
なんなの、その美しい響きときたら。由来が詩的。
お萩や牡丹餅は、餅つきと違って杵でつかないから音がしない。
いつついたのか分からないってことから「
それが夏には「着き知らず」となって、船が夜に船着き場に着いても、 いつなのか分からないから「夜船」。
夕涼みをする屋形船のように、しっとり静けさにくるまれて。
同じ言葉でも、冬は「月知らず」となって、見上げても月が見えないのは北の窓だから「北窓」。
雪が舞い散る窓を見つめ、夜空にある月を想う。
なかなかに強引! でもロマンチック。
*
私も空もこしあんがすき。 母さんは粒あん。
父さんは、どっちもだいすきな穏健派。
昔は、秋に収穫したとれたてのやわらかい小豆は「粒あん」として、春には冬を越して貯めておいたのを「こしあん」として作っていたらしい。
だからお萩が粒あんで、牡丹餅がこしあんだったらしいのね。
でも今は、そんなにきちんと決まってないみたい。
暑さ寒さも彼岸まで、って昔の人はいいこと言うなぁ。
陽射しがあたたかくなって、本格的に春がやって来る。
おじいちゃん。坂の上からは梅の林がよく見えるね。
静かにそっと揺れている白と紅の花びら。
春風が通り抜けるここから、ずっと私たちを見守っていて下さい。
家帰ったら、わたしたちもお茶入れて食べるね。
くぅー、こしあん、最高ー。
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