第2話 山菜を描くスケッチブック


「葉月せんせー! こんにちはー」


 少し暖かくなって来たね。

 私たちはいつも、玄関に回るより断然早いから、先生のお家の縁側から元気よく入り込んじゃうの。

 お家にいる時は鍵かかってないって、知ってるんだもん。


 あ、でも、それじゃ、プライベート空間は……。

 たまに先生って誰か女の人といるんだったね。くすくす。

 ああ、それに、先生がお風呂上りだったらいけないし。

 これからはせめて、ノックしましょうか。 あは。



 陽の光が射し込む、葉月先生の研究室。

 机に並んでいる花束のようなものの正体。何だろう。


 律がそっとてのひらにのせて、愛おしそうにしている。

 白いリボンが似合いそうな、その植物の名は。


 小さな黄緑色の春のひまわりみたいな、ふきのとう。

 何か隠そうとしているの、君は。奥ゆかしいね。


「えっ、先生。ふきのとうとフキって親戚なんですかっ」

 律がぴょこんと飛び上がって、変なこと言ってるよ。


「親戚ではなく同じものですね。ふきとうはつぼみ、蕗は葉っぱなんですよ」

「え、どんなお花が咲くんですか。あ、その前に食べちゃうんだぁ」

 律が可哀想という目でふきのとうを見てるから、先生が苦笑してる。

 二人で花の写真を植物図鑑でさがしているよ。



 二人がキッチンに立ったあと、私は山菜のページをぱらぱらめくってみる。

 いつも持ち歩いているスケッチブックに真似して描いてみよう。

 なんだかどれもこれも、健気だなぁ。


   ぐるぐるシダ科の3兄弟

   やわらかい孫の手いたずらもの わらび

   カメレオンのキャンディみたいな こごみ

   おじいちゃんの杖っぽい ぜんまい


 一口に緑といっても、いろいろあるんだなぁ。

 芽吹きを感じる新鮮な緑もあれば、茶色が混じって、より土に近い色もある。


 可憐なのにぴりっと他を寄せ付けない、花わさびがすき。

 山菜には白い花をつける子が多いね。


   りりしいまっすぐ坊や たらの芽

   白い肌がじまんのお兄さん うど

   春の緑の繊細な香りがする せり


 そういえば、みんなお花が花火みたいなの。

 うどの花が打ち上げ花火なら、せりは線香花火だ。

 たらちゃんは、かよわいナイアガラの滝かな。



「先生? 葉っぱには、きのこみたいに毒のものあるのかなぁ」

「見分けがつかないものがたくさんありますから気を付けないとね。たとえば、トリカブトは猛毒ですが、二輪草にそっくりです。経験者と行くこと、植物図鑑を携帯することが大事ですね」

 きゃー、サスペンスだ。こわーい。先生、一緒に行ってください。


 先生! めっちゃ山菜蕎麦が食べたいです!

 中学生はお腹がやたらすくの。

 ねー、律。あれ、うなずいてよ。私だけ食いしん坊みたいじゃない。

 あ、天ぷらも、だいすきです。


 ちょっとほろ苦い、山菜の味がたまらなくいいな。

 ほんのちょっと塩つけてね。やだ、律、なんちゅう顔。

 おこちゃまなんだから。同い年だけど。


 最高! 次の時は、きゃらぶきがいいな。だいすき。

 私やっぱり酒屋の娘だから、今からつまみ、オッケー。



 中3になったからかな。ふと自分の進む道について考えてしまう。

 すきな教科、やりたいこと、目指したいこと。何だろう。


 理科がすきだ。わくわくする。数学の式や証明も、解けることがうれしい。

 家の仕事にもめちゃくちゃ興味がある。

 お酒づくりに必要な勉強って、何が近いんだろう。やっぱり理科かな。


 そして、私、こうして絵を描いてることが、とても大事な気がしてる。






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