第2話 山菜を描くスケッチブック
「葉月せんせー! こんにちはー」
少し暖かくなって来たね。
私たちはいつも、玄関に回るより断然早いから、先生のお家の縁側から元気よく入り込んじゃうの。
お家にいる時は鍵かかってないって、知ってるんだもん。
あ、でも、それじゃ、プライベート空間は……。
たまに先生って誰か女の人といるんだったね。くすくす。
ああ、それに、先生がお風呂上りだったらいけないし。
これからはせめて、ノックしましょうか。 あは。
*
陽の光が射し込む、葉月先生の研究室。
机に並んでいる花束のようなものの正体。何だろう。
律がそっとてのひらにのせて、愛おしそうにしている。
白いリボンが似合いそうな、その植物の名は。
小さな黄緑色の春のひまわりみたいな、ふきのとう。
何か隠そうとしているの、君は。奥ゆかしいね。
「えっ、先生。ふきのとうとフキって親戚なんですかっ」
律がぴょこんと飛び上がって、変なこと言ってるよ。
「親戚ではなく同じものですね。
「え、どんなお花が咲くんですか。あ、その前に食べちゃうんだぁ」
律が可哀想という目でふきのとうを見てるから、先生が苦笑してる。
二人で花の写真を植物図鑑でさがしているよ。
*
二人がキッチンに立ったあと、私は山菜のページをぱらぱらめくってみる。
いつも持ち歩いているスケッチブックに真似して描いてみよう。
なんだかどれもこれも、健気だなぁ。
ぐるぐるシダ科の3兄弟
やわらかい孫の手いたずらもの わらび
カメレオンのキャンディみたいな こごみ
おじいちゃんの杖っぽい ぜんまい
一口に緑といっても、いろいろあるんだなぁ。
芽吹きを感じる新鮮な緑もあれば、茶色が混じって、より土に近い色もある。
可憐なのにぴりっと他を寄せ付けない、花わさびがすき。
山菜には白い花をつける子が多いね。
りりしいまっすぐ坊や たらの芽
白い肌がじまんのお兄さん うど
春の緑の繊細な香りがする せり
そういえば、みんなお花が花火みたいなの。
うどの花が打ち上げ花火なら、せりは線香花火だ。
たらちゃんは、かよわいナイアガラの滝かな。
*
「先生? 葉っぱには、きのこみたいに毒のものあるのかなぁ」
「見分けがつかないものがたくさんありますから気を付けないとね。たとえば、トリカブトは猛毒ですが、二輪草にそっくりです。経験者と行くこと、植物図鑑を携帯することが大事ですね」
きゃー、サスペンスだ。こわーい。先生、一緒に行ってください。
先生! めっちゃ山菜蕎麦が食べたいです!
中学生はお腹がやたらすくの。
ねー、律。あれ、うなずいてよ。私だけ食いしん坊みたいじゃない。
あ、天ぷらも、だいすきです。
ちょっとほろ苦い、山菜の味がたまらなくいいな。
ほんのちょっと塩つけてね。やだ、律、なんちゅう顔。
おこちゃまなんだから。同い年だけど。
最高! 次の時は、きゃらぶきがいいな。だいすき。
私やっぱり酒屋の娘だから、今からつまみ、オッケー。
*
中3になったからかな。ふと自分の進む道について考えてしまう。
すきな教科、やりたいこと、目指したいこと。何だろう。
理科がすきだ。わくわくする。数学の式や証明も、解けることがうれしい。
家の仕事にもめちゃくちゃ興味がある。
お酒づくりに必要な勉強って、何が近いんだろう。やっぱり理科かな。
そして、私、こうして絵を描いてることが、とても大事な気がしてる。
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