第11話 シリウスとプラネタリウム


 冬の空は澄み渡っている。星空に見とれてしまう。

 空気が冷たくて、夜がしんとしているからなのかな。

 夏の零れそうな天の川のきらきらもすきだけど、果てしなく広がってる遠い冬空に 吸い込まれそうになる。


 両手を広げてみよう。

 たくさんの星がきらめいて、とりとめがない。

 冬の一等星がこちらを見ている。


 明るいけど青いせいかクールに見えるシリウス。葉月先生みたいね。

 斜めの三ツ星が目印のオリオン座。美しい奇跡に満ちた形。

 Wのカシオペア。スープをすくえそうな北斗七星。

 私がすぐに見つけられる星座は、この4つくらいかな。


 こどもの頃からお星さまを見るのがすきだった。

 願いごとがあったら、いつも手を組んで窓から空を見上げた。

 叶えてください。ぎゅっと目を瞑る。


 トゥインクル トゥインクル リトルスター。

 星に願いを。星のことを奏でる歌がすき。

 銀河鉄道の夜。星が登場する物語がだいすき。

 ギリシャ神話もロマンチックがいっぱい。

 夜の空には、たくさんの音楽やお話がお似合いね。



 私は生まれてからまだ一度も流れ星を見たことがない。

 急にやってきて、願いごとを3回も唱えないといけないんでしょ?

 私いつ来てもいいように、何度も練習しているんだよ。


 ゆっくりと少しずつ動いていく星を見つけて、あっ! って驚いことがあるの。

 私みたいにのんびりした流れ星だ!

 10回以上言えちゃったよ。星、じゃないのかな。


 その話を蒼にしたら

「律、それ飛行機じゃないの? 赤くなかった?」って言われちゃった。

 飛行機じゃないくらいはわかるよー。

「りっちゃん、それ人工衛星だよ、きっと」って空くんが教えてくれた。

 年下の男の子ににっこりされる。そうなのですかー。


「ね、律。もしかして、流れ星って空いっぱいに、はじっこからはじっこまでサーっと流れるって思ってる?」

 確かにそういうイメージを持ってるかもしれない。

「あのね、急に落ち始めて、スーって動いたと思ったらヒューって消えちゃうんだ。一瞬で」

 スーっときてヒューね。そうかぁ。って、わかんないよー。


 葉月先生、解説して下さい!



 授業で習ったよ。夏の大三角形、冬の大三角形、星空の数学。

 星占いの星座って、ちゃんと実在してるのね。物語だけだと思ってた。

 順番に並んで大空を回転している。


 私は「うお座」水の星座。先生、今夜は見えますか?

「うお座は地味で目立ちませんね。3等星以上の明るい星が無いから」

 弱い星だから望遠鏡を覗かないとわからないのかな。

 地味ね。ふぅ。しし座とふたご座は1等星と2等星を持ってて羨ましいなぁ。

「ですが、うお座イータ星の隣には美しい渦巻銀河があるんですよ」

 お隣さんは輝く銀河。まるで先生。


「うお座は、離れ離れにならないようにと、尻尾をリボンで結んだ二匹の魚です」

 先生が紙に書いて、うお座の形を教えてくれる。

 しっぽのリボンと聞いて、思わず恋人同士の赤い糸を連想する。


「あれはアフロディーテとエロースだから親子ですね。恋人ではない」

 そんな私の甘い考えを見透かされてしまったような先生の解説。

「内側に愛があふれている星座ですね」

 葉月先生が私を見て、からかうようににっこりする。

 もう、意地悪だなぁ、先生はー。

 エロースってキューピッドのことなんでしょ?

 愛の矢をすきな人の胸に打ち込んだりできればいいのに。

 なんてね。そんなのだめに決まってる。嘘です。


 勝手に線を結んで、自分だけの星座を作ってみる。

 どれを、こりす座にしようかなぁ。しっぽくるん。



 先生の庭から何度も一緒に夜空を見上げた。

 四季折々に星たちは巡り、手をつないで遊んでいる。


 背の高い先生が、その長い腕をすっと上に向かって伸ばすと、空が大きな傘のように開いて私を包み込んでくれる。

 二人分しか席がない天然のプラネタリウム。

 私の耳だけに届く解説員さんの密やかな声。たくさんの星を知る。



 先生は時折真夜中に一人、星を眺めてるの。

 それをベランダから見ている私。声は掛けられない雰囲気。

 その背中を見つめる時、絶対に入れない先生の心の領域を想う。


 何を考えているのかな。

 誰のことを考えているのかな。

 心がそっと手に取るように伝わったらいいのに。







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