第12話 雨の帰り道
あ、雨。 結構強く降ってる。
置き傘を使ったあと、家から持ってくるのを忘れた日に限って、こうして降ってしまうんだ。
昇降口のところで、雨がやむのを待つか、走って帰るか迷ってた。
その時「あれ? 傘ないの?」という声がした。
振り返ると、そこに川名君が立っていた。
「一緒に帰ろうぜ」
とっさに返事ができなくて、蒼がいないかなって見まわしてしまった。
「あ、傘だけ渡して走り去った方が、ヒーローっぽい?」
なんて真顔で言うもんだから笑ってしまった。
だからね、素直に傘に入れてもらうことにしたの。
私の家の方角に向かって一緒に歩いていく。
少しかがんで、傘をさしかけてくれる。
歩幅合わせてくれてるね。
私が少し間を空けてしまっているせいかな。
川名君の右肩、ずいぶん濡れちゃってるよ。
そう思っても間を詰めることができなくて。
*
「いたっ」
急に髪をひっぱられて、思わず声を出した。
「えっ」って、彼がびっくりする。
髪が傘のカチっと止めるところに、ひっかかっちゃったんだ。
私の髪って雨が降るとぽえぽえ広がっちゃうから。
でもね、一瞬、いたずらでひっぱられたのかと思ってしまった。
「あ、わっ、ちょっと待って、動かないで。今はずすから」
そう言って、彼は道の途中で止まってくれた。
「車来たら危ないから端に寄ろう。ゆっくり歩いて」
「ごめん、傘持ってて」
川名君の真剣な顔が近づいてきて、どきっとしてしまう。
髪の先をさわられているだけなのに、自分の一部に触れられてるのがどうしてこんなにわかるんだろう。ちゃんと神経って通ってるんだ。
葉月先生が絡んだ木通の蔓をはずしてくれた時のことを思い出して、比べてしまっている。王子様みたいだった。
先生はかなり背が高いから、私はいつも見上げてる。
冷静で余裕があって、私のことはこども扱いで……。
でも、川名君は先生より近くて、息がかかりそうで、私の緊張が伝わりそう。
やだ、早くこの時間、過ぎてほしい。
手袋を取ってがんばってくれてるうちに、指が赤くなってきてる。
時々はぁーって息を吹きかけてあたためながら、私が痛くないように、ていねいに気をつかってくれてる。
「川名君、手、冷たくなっちゃうね。ごめんね」
やっとほどけて、ほっとした。
*
「ね、川名君。『赤毛のアン』おもしろかった?」
「え、え、え。なんで知ってるの?」
「私もね、今読んでるの。6巻目かな。いつも川名君の名前が先にあるんだ」
彼はちょっと困った顔をしてからこう言った。
「山藤がさ、文化祭の時に「アンのレヤーケーキ」って言ってただろ。俺、甘いものすきだからどんなのだろうって気になって。で、借りたら、結構おもしろくてはまっちゃったんだ。貸出カードみんな女子の名前だったから、こそこそ家で読んでた」
「おもしろいよね! 男子だって読んだら気に入るよね!」
思い出し笑いをしながら、川名君が続けた。
「アンってさ、海野に似てねー?」
「石盤のとこ!」
同時に言って、笑ってしまった。
自分の赤い髪を「にんじん」って言ってひっぱったギルバートに、アンはノート代わりに使ってる石盤を思い切り頭に叩きつけたの。
「何年も二人は口きかないんだよな。仲直りするの何年後だっけ。すっげー強情。俺もあいつ怒らせたら口きいてくれない時あるけど、まあ、せいぜい3日ですんでるなー」
私はその3日間の蒼の気持ちを想った。
「今度もっと話そうぜ。さすがに男じゃアンの話で盛り上がれるやついねーよ」
すきな本が同じって、なんだか嬉しくなる。
でも、これは、蒼にも教えてあげなくちゃ。
蒼は、あの子は、割と自分で抱えちゃう方だから自分の恋心を私に話したりしないけど、川名君のことがだいすきなんだ。
たまに聞くと、真っ赤になって首をぶんぶん振るくらいにね。
だから、一緒に読もうって、誘ってみよう。
アンは自分が叩いた相手と結婚するなんて、想像できたかしら。
運命の人って、案外近くにいるものなのかもしれないね。
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