第10話 すきな理由


 すきなもの。すきな人。すきな理由。


 葉月先生はよく、理由を考えることは大事ですって言うんだ。

 先生ったら、分析好きー。さすが理科の先生。


 そうしたら、英語の相羽先生も同じようなことを言うんだよ。

 外国の人はすぐ、 Why?「なぜ」って聞くんだって。

 たとえば私が、 I like autumn. 「秋がすき」と言ったとする。すると、すかさず Why? って。


「好きな理由。そんなのなんとなく」すぐ君たちは言うけど、それは相手には伝わらない感覚だよね。会話もそこで終わってしまう。

 まず、日本語でも答えられないものを英語で答えられるはずがない。だから、異文化交流をしていると物を考える癖がついてくる。思ったことを言葉にしないと、親しくはなれない。

 いつでも真っ先に自分に問いかけてみてほしい。



 ふうん。私はすぐに、すききらいを直感で思ってしまう。

 それに、その感情に後から理由をつけようとしてしまうと、その時の気持ちとは少しずれていってしまうような気がする。理由がないとすきにならないのも、なんとなくさみしい。


 それでも、すきなことを「どうして?」と考えるのは、すきを何度も思い出すことだから、胸の奥がやさしくなる気がする。


 はっとつかんだ感情を、後から考えてみてもいいのかな。

 後から自分の中の言葉をふやしていってもいいのかな。



 私は絵を描くのがすきなんだ。

 いつも手のひらサイズのスケッチブックと色鉛筆を持ち歩いてる。


 こどもの頃は、だいすきなたべものばっかり描いてた。

 最近は、ふと目にとまった風景とか、葉月先生の庭のお花とか、どこかさりげない小さなものを切り取っている。


 誕生日にお願いして買ってもらった色鉛筆があって、それは3つのシリーズに分れているもののひとつなんだ。

 季節によって移り変わる色たち。森の木々、道端の草、名前も知らない花、鳥の羽。ペールトーンの淡い色が重なって変わっていく。


 自然の色が写し取られたようなそれらは、紙に書いてもはっきりと色はつかなくて、ただ控え目に線になるだけなんだ。


 そんな淡色もすきだけど、私が選んだ色鉛筆はもう少し渋い色。

 ライトグレイッシュトーンが、いちばんすき。

 小学生の頃は、はっきりした絵の具の青がお気に入りだったけど、いつのまにか、もっとやさしいくすんだ色がすきになってきた。


 だって、自然の色って、複雑にからみあっていて、そんなにはっきり名前で塗り分けられない。そこがいいなって。



 飛行機雲だっ。だいすきだ。なぜだ。

 上昇しているから。空に線が描けるなんてカッコイイから。

 おーい! 空に向かって手を振りたくなった。


 季節が奏でる音がすきだよ。

 強い風が窓をたたくのは「この音なーんだ」のクイズみたい。

 あいさつに来てくれた雨粒の仕業のようで、かさこそした枯葉のいたずらのようで、そっと耳を傾けて、その声を聞く。


 そして、みぞれが雪に変わる時の、急に静寂に切り替わる瞬間がだいすきだ。これ、英語ではとても言えないな。


 そして、すきな人をすきだと思う理由は、どこかぎこちない。







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