第9話 栗の鞠
小学生の頃、学校からの帰り道で見つけたものを、ちょっとずつ蹴りながら運んでいく遊びに夢中だった。
それは、空き缶だったり、石ころだったり、とても些細なものだったけど、なんだか宝物のような気がしたんだ。
思い切り、サッカーボールのように蹴ってしまったら、あっという間に草むらに入って見失ってしまう。
だから、そっとそっとゴールの家まで、少しずつ進めていくんだ。
途中で小川が流れている場所は、特に慎重になる。宝の多くはここで消えていったから。
川名と私は家が近いので、よく一緒にこの遊びをしたね。自分の方のを先に失くしちゃった後は、相手の方の邪魔をしながら。
そんな風に一緒に過ごした、なつかしい小学生時代。
*
去年、1年生の時に、栗村にすきだって言われた。
あんなに堂々と言えるなんて。びっくりしてしまって、言葉がでなかった。
すきな人は決まっているからごめんなさいって断っているのに、彼はとてもひとなつこい笑顔で
「じゃあ、時々でいいから、学校から一緒に帰ろう」と言い出した。
中学生同士で彼氏彼女としてつきあいはじめた子たちは、学校からの帰り道でみんなにばれてしまうことが多い。
家が反対方向なのに、彼女の家まで遠回りして送って行って、話したりなくて道端で時が止まるほどおしゃべりして。
嬉しさをかみしめながら自分の家に帰る男子って、かわいいかも。
中学に入っても部活の終わる時間が一緒になると、私は当然のように川名と並んで帰った。
ただの近所のクラスメイトだよ。ほら、方向が同じだからね。
何度こんな言い訳のような言葉をみんなに言っただろう。
或る日、サッカー部の栗村はリフティングをしながら、私のことを待っていた。
「よ、一緒に帰ろ」
栗村と私の家は反対方向だから、つきあってるみたいになっちゃう。
そんな時に、ああ、やっぱり。川名の声がする。
「おー、くりー。なんだよ、海野とデートかー」
栗村は「まあな」とか適当にうなずきながら、歩き出した。
川名もそのまま私の隣に並んで 、なぜか三人になる。あ、こいつに「遠慮」の二文字はなかった。
冗談めかして、栗村が言う。
「なんだよ、純! ついてくんなよ。せっかく海野と二人っきりになろうとしてんのに」
「あいにく俺の家も同じ方向なんだけど。あ、邪魔? はいはい、じゃあなー」
駆けだしていく背中を見送る。え、置いていっちゃうの?
この時の私は、川名にどう思ってほしかったんだろう。少しはやきもちとか妬いてほしかったんだろうか。
私も女の子なんだよっ。ほっといたら、知らないよって。
*
一度だけ、栗村とふたりで日曜日の遊園地に行ったことがある。
私はズルいんだ。休日のデートってどんな感じなんだろう。って、なんとなく知りたくて。少しドキドキなんかしちゃって。
すっごく楽しかった。ジェットコースターできゃーきゃー言って、ベンチに並んで座って、ソフトクリーム食べたの。
でも、次はあれに乗ろう!って栗村に手をつながれた時、ほんの一瞬「ああ、川名だったらな」って思ってしまったんだ。
そんな自分が嫌で、手を振りほどいてしまった。
そうしたら、栗村はなんとも言えない顔で笑って
「ごめん、わかってるよ。純だろ?」って言ったんだ。
まるで、私のこころが透けて見えてしまったみたいだった。
それから、栗村は 普通に会話するだけの元のクラスメイトに戻ってしまった。
*
理科室で、葉月先生に尋ねてみた。
「ねぇ、葉月先生? 先生はすきになった人に告白したことある?」
「僕はまだ誰かに自分から気持ちを告げたことがないんです。ですが、本当に好きになった時はそうするかもしれませんね」
先生がキスしてた人は誰? って聞いてみたかったけど、私たちがベランダからバッチリ目撃しちゃったことがわかったら、いつも冷静な先生も真っ赤になって照れてしまうのかな。
そんな先生をすっごく見てみたいような、やっぱりいつもの先生のままでいてほしいような。迷ったまま口には出せずに、先生が眼鏡を上げる仕草を見てた。
じゃあ、あの人は、先生から好きになった人じゃないのかな。
*
道端に栗のイガが落ちていた。すっかり茶色のたわしみたいになっている。
左足で端っこを押さえて、右足で剝いてみたけど、もう実は入ってなかった。
隣に黄緑のイガも転がってたけど、これはまだまだだな。
その先にもぽつりぽつりと転がっていて、調べたらひとつだけ、ちゃんと栗が入っていた。
私は大切にその4つの実を拾ってポケットに入れた。
そして、空になったイガを、家までそっと蹴り続けた。
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