第9話 栗の鞠


 小学生の頃、学校からの帰り道で見つけたものを、ちょっとずつ蹴りながら運んでいく遊びに夢中だった。

 それは、空き缶だったり、石ころだったり、とても些細なものだったけど、なんだか宝物のような気がしたんだ。


 思い切り、サッカーボールのように蹴ってしまったら、あっという間に草むらに入って見失ってしまう。

 だから、そっとそっとゴールの家まで、少しずつ進めていくんだ。


 途中で小川が流れている場所は、特に慎重になる。宝の多くはここで消えていったから。


 川名と私は家が近いので、よく一緒にこの遊びをしたね。自分の方のを先に失くしちゃった後は、相手の方の邪魔をしながら。

 そんな風に一緒に過ごした、なつかしい小学生時代。



 去年、1年生の時に、栗村にすきだって言われた。

 あんなに堂々と言えるなんて。びっくりしてしまって、言葉がでなかった。


 すきな人は決まっているからごめんなさいって断っているのに、彼はとてもひとなつこい笑顔で

「じゃあ、時々でいいから、学校から一緒に帰ろう」と言い出した。


 中学生同士で彼氏彼女としてつきあいはじめた子たちは、学校からの帰り道でみんなにばれてしまうことが多い。

 家が反対方向なのに、彼女の家まで遠回りして送って行って、話したりなくて道端で時が止まるほどおしゃべりして。

 嬉しさをかみしめながら自分の家に帰る男子って、かわいいかも。


 中学に入っても部活の終わる時間が一緒になると、私は当然のように川名と並んで帰った。

 ただの近所のクラスメイトだよ。ほら、方向が同じだからね。

 何度こんな言い訳のような言葉をみんなに言っただろう。


 或る日、サッカー部の栗村はリフティングをしながら、私のことを待っていた。

「よ、一緒に帰ろ」

 栗村と私の家は反対方向だから、つきあってるみたいになっちゃう。

 そんな時に、ああ、やっぱり。川名の声がする。


「おー、くりー。なんだよ、海野とデートかー」

 栗村は「まあな」とか適当にうなずきながら、歩き出した。

 川名もそのまま私の隣に並んで 、なぜか三人になる。あ、こいつに「遠慮」の二文字はなかった。


 冗談めかして、栗村が言う。

「なんだよ、純! ついてくんなよ。せっかく海野と二人っきりになろうとしてんのに」

「あいにく俺の家も同じ方向なんだけど。あ、邪魔? はいはい、じゃあなー」

 駆けだしていく背中を見送る。え、置いていっちゃうの?


 この時の私は、川名にどう思ってほしかったんだろう。少しはやきもちとか妬いてほしかったんだろうか。

 私も女の子なんだよっ。ほっといたら、知らないよって。



 一度だけ、栗村とふたりで日曜日の遊園地に行ったことがある。

 私はズルいんだ。休日のデートってどんな感じなんだろう。って、なんとなく知りたくて。少しドキドキなんかしちゃって。


 すっごく楽しかった。ジェットコースターできゃーきゃー言って、ベンチに並んで座って、ソフトクリーム食べたの。


 でも、次はあれに乗ろう!って栗村に手をつながれた時、ほんの一瞬「ああ、川名だったらな」って思ってしまったんだ。

 そんな自分が嫌で、手を振りほどいてしまった。

 そうしたら、栗村はなんとも言えない顔で笑って

「ごめん、わかってるよ。純だろ?」って言ったんだ。

 まるで、私のこころが透けて見えてしまったみたいだった。


 それから、栗村は 普通に会話するだけの元のクラスメイトに戻ってしまった。



 理科室で、葉月先生に尋ねてみた。

「ねぇ、葉月先生?  先生はすきになった人に告白したことある?」

「僕はまだ誰かに自分から気持ちを告げたことがないんです。ですが、本当に好きになった時はそうするかもしれませんね」


 先生がキスしてた人は誰? って聞いてみたかったけど、私たちがベランダからバッチリ目撃しちゃったことがわかったら、いつも冷静な先生も真っ赤になって照れてしまうのかな。

 そんな先生をすっごく見てみたいような、やっぱりいつもの先生のままでいてほしいような。迷ったまま口には出せずに、先生が眼鏡を上げる仕草を見てた。


 じゃあ、あの人は、先生から好きになった人じゃないのかな。



 道端に栗のイガが落ちていた。すっかり茶色のたわしみたいになっている。

 左足で端っこを押さえて、右足で剝いてみたけど、もう実は入ってなかった。

 隣に黄緑のイガも転がってたけど、これはまだまだだな。


 その先にもぽつりぽつりと転がっていて、調べたらひとつだけ、ちゃんと栗が入っていた。


 私は大切にその4つの実を拾ってポケットに入れた。

 そして、空になったイガを、家までそっと蹴り続けた。







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