第13話 名前を呼んで


 文化祭当日。

 今日はいつもの学校が、お菓子でできたお城のように見える日。


 家族や地域の方々を招待して、一日お祭り騒ぎになる。

 部活単位で模擬店をやったり、アトラクション作ったり、あちこち回って楽しめるようにみんなが工夫して頑張ったんだ。


 体育館では発表会があって、新体操部も舞台でアイドルみたいに踊るの。

 チェックのミニスカートに頭の上にはおっきなリボンつけて、ボールやフープを使った体操部らしい振付で。

 なんともはずかしい。みんなこっち見てる。


 弟の空が遊びに来たので、休憩中に律のところに行くことにする。

 次の回の宣伝になるから、そのままの格好で行ってって言われてリボンとミニスカのまま。こんな短いの落ち着かないよー。


「姉ちゃん、まちがえなかったじゃん。盛り上がったね」

 生意気な弟のにやにやした顔を見ながら、やっぱりこいつはかわいいなって思う。

「あ、さっき、純のとこ行って来た。顔いっぱいに絵の具塗ってさ、はりきっておばけやってんの。うけたー」

 きっと川名のことだから、おばけもチカラいっぱいやってるんだろうなぁ。


 甘くておいしそうな匂いがしてきたよ。香ばしいのは何だろう。カラメル?

 入口にはお店の名まえ。「森のくまさん」って。くすくす。


 律がエプロン姿で出迎えてくれる。

「あ、空くん、来てくれたんだー。いらっしゃいませ」

 小首を傾げる仕草。これやられたら、男子イチコロ。


 一つ一つの机の上に、牛乳瓶の周りにアケビの蔓を編んだ花瓶があって、野の花が生けてあるの。

 あめ玉みたいに、白、赤、黄色、ピンク。

 迷い込んだ森の中の小屋に、お邪魔したみたいだね。


「りっちゃん、りっちゃん。このランチョンマットとコースター、手作りじゃん」

「かわいいでしょ? クロスステッチの刺繍してみたんだよ」

 なんか二人で女子同士のような会話をしている。


 確かにね、私より空の方が料理も上手なんだよね。

 私は錦糸卵焼いても絶対穴あけちゃうんだけど、空は菜箸1本でくるっと上手にひっくり返せるんだよね。

 切ってもさ、私だと幅が広くて糸じゃなく板みたいになっちゃう。

 でも、空のはほんとに糸に近くて、きれいな黄色に仕上がるの。


 そこに川名がやってきた。

 顔を洗ってきたみたいで、前髪から雫がたれてる。

 首筋とおでこにまだ青い絵の具が残ってて、具合悪い人みたいだよ。


 当然のように、私の隣の椅子をひょいっと引いて座ったから、私はあわてて、ミニスカートの裾を引っ張って伸ばしてみる。

 どうせ見てやしないのに、何してるんだろう、私。


 私がまだ一人で焦っているというのに、律が「川名君、来てくれてありがと」って小さな声で言ったら、すごく照れちゃって嬉しそうなんだよ。なんだよ、にやけちゃって。


「りっちゃん、レヤーケーキって中何入ってんの?」

「えっとね、ざくろジャムだよ。葉月先生が考えてくれたの」

 空の質問に律が一生懸命答えている。

 メニューにかわいらしいケーキの絵が描いてある。この字も絵も律のでしょ。ちんまりして律らしい。


 川名は説明している律の顔を、まぶしそうに見ている。

 そうなんだよね。律がいると川名は私を見なくなる。

 いつだって律を見てるんだ。

 そのくせ、律が川名にほほえみ返すと、目をそらすんだよ。


 えーい、川名純、こっち向け。心で話しかける。

 私が見ていることに気付くと、なんだよって感じでこっちをにらむ。

 そして思い出したように、私のあたまのリボンをぽんぽんってたたく。


「それもいいけど、俺はこっち。ブルーベリーとクリームチーズのパンケーキ。空、俺に一口ね! おい、蒼はパンプキンパイにしろよ。半分ずっこしようぜ」


 空がいると、私のことを自然に「蒼」と呼んでくれる川名。

 私も昔のように「純」って呼びたい。


 奥の方で、葉月先生とひなたちゃんが楽しそうに話してる。

 あれ、なんだかあの二人、いい感じじゃないですか。

 うん、お似合いかもしれない。


 葉月先生も生徒に向けた先生の顔じゃなくて、なんだか自然に男の人みたいに見えてしまった。気のせいかな。







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