第12話 隣にいる人


「各部の様子を偵察に行くのだ!」

 私は文化祭実行委員の川名と、はりきって廊下を歩いていく。


 こっちは名札に触れられて以来、余計に意識してしまっているのに、本人はどこ吹く風で教室のリストなんか見ている。


 ずいぶん背が伸びたんだね。

 隣にいて顔をちらっと見る時、自分のあごを上げる角度が大きくなっていくことに気づく。



 律のいる手芸部と、陽向先生率いる料理研究部は、今年は合同で『森の喫茶店』というのをやることになったんだって。

 見に行ったら、二つの部が家庭科室で会議をやっていた。なかなか良い案が出なくて困ってるみたい。


「秋らしく、パンプキンパイやスイートポテトを作るのはどうですか?」

 手芸部と科学部の掛け持ちをしている葉月先生が、そっと提案している。

「さすが葉月先生!」

「手芸部の皆さんも案を出してください」


 そこで、律が思いがけないことを言ったんだ。

「赤毛のアンの『レヤーケーキ』が作りたいな」

 律、かわいい。ここからトントン拍子に話が決まったみたい。よかったね。


「じゃあ、手芸部はパッチワークでポットカバー作ろうよ」

「ティー・コージーですね。パッチワーク・パフで作れば冷めにくいですよ」

「刺繍のランチョンマットも作りたいな」

「クラフトテープでフラワーベースを編んで、ドライフラワー飾ろうよ」

 はっ? 手芸部の提案の1割も言語を理解できないぞ。


「料理部はパンケーキ作ろう。クリームチーズとブルーベリージャムのせて」

 あ、そっちはわかるー。おいしそう。ぜったい食べに来ようっと。

 一回のってくると、どんどん案が出て来て、みんなすごく楽しそう。


「あの……。私、作れないんだけど、みんな大丈夫?」

 あ、陽向先生、きっと私と同じで話についていけてなかったな。

「ひなたちゃんは食べる係でいいよ」

「うんうん、食べる係!」「毒見役!」

「じゃあ、私、買い出しに行くね。ケーキの材料とか」

 申し訳なさそうに、ひなたちゃんが言う。


 でも、みんなったら、容赦ないよ。

「ひなたちゃん、買うものわかるの?」

「あ……」

「大丈夫ですよ、僕が一緒に行きますから」

 そこで、助け舟を出す葉月先生。ほぉ、一緒にお買い物ですか。


「あー、それなら安心だねー」「ねー!」

 立つ瀬ないね。がんばれ、担任!

「あー、それなら私も安心です!」

 あ、本人がそれ言っちゃうか。ん、ひなたちゃんらしいね、がんばって。



 部活に戻りながら、川名と廊下を歩く。

 3年生になっても同じクラスになりたいな。委員会も一緒にやりたいな。ずっとこうして過ごしていられたら。


「そういえば、陸部は何やんの?」

「俺ら? へっへー、お化け屋敷! いいだろ?」

「ああ、顔そのままいけるもんね」

「何だと。イケメンをつかまえて、まったく失礼な」

「メイクしてあげよっか?」

「いらねーよ。どうせ蒟蒻かなんかで脅かすだけだろ」

「ああ、そうだね。メイクなしでフランケンシュタインOKだもんね」


 つかみかかる真似をする川名を笑ってかわしながら、こうしてるのが楽しい。

 私、きっと一生自分の気持ちに素直になんかなれない。でも、それでもいいや。


「お前んとこはよ? 何やんだっけ」

「あのね。大きな声じゃ言えないけどね」

 小声で喋ろうとすると、川名が顔を近づけてきた。あ、どきっとする。


「レオタード・カフェ」

「おー、蒼、マジかーー。やべ、はな血出るわ。俺、ぜったい行く」

「ばあか。冗談に決まってるでしょ。あれ、なんだっけな」

「お前いいかげんだなー」


 中学に入ってからは、川名は私のことを「海野」って苗字で呼ぶけど、こうやってふざけて喋ってる時、うっかり「蒼」って呼んだりするんだ。


 だから。

 私はいつまでもこうやって茶化すのが、やめられないのかもしれない。







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