第12話 隣にいる人
「各部の様子を偵察に行くのだ!」
私は文化祭実行委員の川名と、はりきって廊下を歩いていく。
こっちは名札に触れられて以来、余計に意識してしまっているのに、本人はどこ吹く風で教室のリストなんか見ている。
ずいぶん背が伸びたんだね。
隣にいて顔をちらっと見る時、自分のあごを上げる角度が大きくなっていくことに気づく。
*
律のいる手芸部と、陽向先生率いる料理研究部は、今年は合同で『森の喫茶店』というのをやることになったんだって。
見に行ったら、二つの部が家庭科室で会議をやっていた。なかなか良い案が出なくて困ってるみたい。
「秋らしく、パンプキンパイやスイートポテトを作るのはどうですか?」
手芸部と科学部の掛け持ちをしている葉月先生が、そっと提案している。
「さすが葉月先生!」
「手芸部の皆さんも案を出してください」
そこで、律が思いがけないことを言ったんだ。
「赤毛のアンの『レヤーケーキ』が作りたいな」
律、かわいい。ここからトントン拍子に話が決まったみたい。よかったね。
「じゃあ、手芸部はパッチワークでポットカバー作ろうよ」
「ティー・コージーですね。パッチワーク・パフで作れば冷めにくいですよ」
「刺繍のランチョンマットも作りたいな」
「クラフトテープでフラワーベースを編んで、ドライフラワー飾ろうよ」
はっ? 手芸部の提案の1割も言語を理解できないぞ。
「料理部はパンケーキ作ろう。クリームチーズとブルーベリージャムのせて」
あ、そっちはわかるー。おいしそう。ぜったい食べに来ようっと。
一回のってくると、どんどん案が出て来て、みんなすごく楽しそう。
「あの……。私、作れないんだけど、みんな大丈夫?」
あ、陽向先生、きっと私と同じで話についていけてなかったな。
「ひなたちゃんは食べる係でいいよ」
「うんうん、食べる係!」「毒見役!」
「じゃあ、私、買い出しに行くね。ケーキの材料とか」
申し訳なさそうに、ひなたちゃんが言う。
でも、みんなったら、容赦ないよ。
「ひなたちゃん、買うものわかるの?」
「あ……」
「大丈夫ですよ、僕が一緒に行きますから」
そこで、助け舟を出す葉月先生。ほぉ、一緒にお買い物ですか。
「あー、それなら安心だねー」「ねー!」
立つ瀬ないね。がんばれ、担任!
「あー、それなら私も安心です!」
あ、本人がそれ言っちゃうか。ん、ひなたちゃんらしいね、がんばって。
*
部活に戻りながら、川名と廊下を歩く。
3年生になっても同じクラスになりたいな。委員会も一緒にやりたいな。ずっとこうして過ごしていられたら。
「そういえば、陸部は何やんの?」
「俺ら? へっへー、お化け屋敷! いいだろ?」
「ああ、顔そのままいけるもんね」
「何だと。イケメンをつかまえて、まったく失礼な」
「メイクしてあげよっか?」
「いらねーよ。どうせ蒟蒻かなんかで脅かすだけだろ」
「ああ、そうだね。メイクなしでフランケンシュタインOKだもんね」
つかみかかる真似をする川名を笑ってかわしながら、こうしてるのが楽しい。
私、きっと一生自分の気持ちに素直になんかなれない。でも、それでもいいや。
「お前んとこはよ? 何やんだっけ」
「あのね。大きな声じゃ言えないけどね」
小声で喋ろうとすると、川名が顔を近づけてきた。あ、どきっとする。
「レオタード・カフェ」
「おー、蒼、マジかーー。やべ、はな血出るわ。俺、ぜったい行く」
「ばあか。冗談に決まってるでしょ。あれ、なんだっけな」
「お前いいかげんだなー」
中学に入ってからは、川名は私のことを「海野」って苗字で呼ぶけど、こうやってふざけて喋ってる時、うっかり「蒼」って呼んだりするんだ。
だから。
私はいつまでもこうやって茶化すのが、やめられないのかもしれない。
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