第14話 まもなく冬
ここは山に囲まれた森。
秋はあっという間に過ぎて、冬がとてつもなく長く感じる。
私は冬がとても苦手で、はじまった途端に春を願う。
わが家は昔からある日本家屋だから、廊下の木の床が飛び上がるほど冷たいんだ。
夏には寝転がりたいくらいにひんやり心地よかった床は、今はふれる時間を少なくしないと一瞬で凍りついてしまう。
ふかふかスリッパを履こうかなと思うこともあるけど、大事な冷たさのような気もして、まだそのまま。
えいっ、瞬間移動だっ。つま先だけで走り抜ける。
でも、雪が降った時のあの独特の、音を吸い込んでいるようなモノクロの景色はすきで。
そんな時は、ぎゅっと両足を踏みしめて、廊下に立ち尽くす。
上半分は景色そのまま透明に、下は模様の入った擦り硝子の窓。
そっと模様に手を沿わせて、外の冷気を体に取り込みながら、かすかに聴こえてくる音に耳を澄ます。
雪の中の蔵の壁は、あんなに白かったのに急に灰色に姿を変えて憂鬱そうに、でも負けずに凛と立って、私を励ます。
*
古い酒蔵の中で、ひりつくような空気を混ぜて作られた日本酒は私の自慢だ。
まだ味の善し悪しなどわからなくても、飲んだ人たちの顔を見ていれば伝わってくる。
私の家族と、家族同然の人たちが心をこめて作る、透明な揺蕩う水面。
これから年末にかけて届け物に忙しくなる。
そう、お正月の振る舞いの準備。
子供の頃は父さんが運転するガタガタ車の助手席に空と一緒に乗って、配達についていったな。
律のとこ行くなら葉月先生に届けてくれと言われて、お酒と酒粕を準備する。
酒粕は魚を漬け込んだり、かす汁にするのに人気だから、お得意さんに持っていく。喜んでくれる顔が浮かぶよ。
「よっ。蒼ちゃん、今日も美人だね!」
これ、誰が言ってるかわかる? 父さんだよ。呆れるでしょ?
にこにこしながら、こうして毎日私を送り出してくれるんだ。
寒い冬が来ても変わらない、丸くてにこやかな笑顔。
あんこがだいすきで、お饅頭とお酒はベストマッチ! なんて言う、しあわせそうな変な父。
きっとお酒も酒粕も、葉月先生が笑顔で迎えてくれる。
先生が作る鮭の入ったお鍋、おいしいんだよね。
だから冬が来るのもすきって、ゲンキンな私は前言撤回しちゃう。
空が家を継ぐのかもしれないけど、私もここにいたいなって密かに思ってるんだ。
秋のものがたり - おわり -
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