第6話 金木犀と気になる人


 今年も、金木犀が咲いたみたい。

 学校に通う道のあちこちで、あの甘く濃い香りがしてきた。


 どこからかな。

 あ、あの家だ。塀のわきに立った濃い緑の葉っぱの間に、ちいさなオレンジ色の花がついているのが見える。

 その下に、粉のように、星砂のように、オレンジの花が散らばる。


 幾つか拾い上げて、ああ、やっぱりかわいいなぁって、名札の中にしまってみた。微かに匂いも拾えたみたい。



 校門に入って、あと少しで昇降口に着く頃

「よっ」という声がして、私を追い越していく。

 校庭を周ってきた彼が、水飲み場の方に走っていく。


「おはよう、海野」

「おはよ、川名」

 君はいつも朝のあいさつする時、ちゃんと名前を呼んでくれる。


「体操部、今日は朝練ないの?」

「うん。ローテだから、今日は卓球部とバレー部」

 体育館を使う部活は、他にバスケ部やバドミントン部もあって、なかなかスケジュールのやりくりが大変なんだ。


「おまえさぁ、だったら校庭走れよ。走るのはすべての基本だぜ。朝はランニングとストレッチだけだから邪魔にもなんねぇよ」


 川名かわなじゅん

 君は生意気な口調の、陸上部のキャプテン。

 小さい頃から、ずっと近くにいる男の子。

 弟の空が同じ少年団のサッカーやってたから、弟応援するついでに、いつも彼のことも応援してあげてた。そんな同い年の仲間。


 毎日、泥んこになって駆け回ってたあの頃。

 いつのまにか、中学生の男子。気になって仕方ない人。

 ほんとは、君が少年だった時からずっと、目で追っていた。


 今でもよくお互いの家に行き来している。

 空なんて、川名の家のこたつがだいすきで、ねこみたいに入ってるもの。みかん食べながら、おかえりーだって。どっちの家の子だよ。


「今日の放課後、生徒会で文化祭の話進めるってよ。部活の前に一仕事だな」

 川名と私は同じクラスで、何かと生徒会や実行委員会の活動を共にすることが多くて、いつもみんなに仲がいいと冷やかされている。


 お互いにじゃれている、ふざけてばかりの間柄。

 川名はほんとによく私にからんでくる。私は、いつもそれを期待しちゃってるんだ。

 でも、嬉しいんだけど照れてしまうから、男子同士の会話と変わらないよって、ちょっとした距離を取って、何でもない顔をしてみせる。


 君は、いつも屈託のないその笑顔で、こちらを見る。


 いつのまにこんな気持ちになってしまったんだろう。

 君も、私のことを、すきだといいのに。

 こんなに毎日、私と喋ってるんだから。そうだといいのに。


 でも、気づいているんだ。

 君が私じゃない女の子のこと、じっと見つめている視線に。



「あれ、それ、金木犀?」

 君がなにげなく、私の名札を手に取る。

 どきん。


 名札は左の胸についていて、いちばん心臓に近いんだよ。

 伝わってしまいそうに、どきんって大きな音がしてる。


 どうして、君はこういうことを、さりげなくできちゃうの。

 はぁ。




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