第6話 金木犀と気になる人
今年も、金木犀が咲いたみたい。
学校に通う道のあちこちで、あの甘く濃い香りがしてきた。
どこからかな。
あ、あの家だ。塀のわきに立った濃い緑の葉っぱの間に、ちいさなオレンジ色の花がついているのが見える。
その下に、粉のように、星砂のように、オレンジの花が散らばる。
幾つか拾い上げて、ああ、やっぱりかわいいなぁって、名札の中にしまってみた。微かに匂いも拾えたみたい。
*
校門に入って、あと少しで昇降口に着く頃
「よっ」という声がして、私を追い越していく。
校庭を周ってきた彼が、水飲み場の方に走っていく。
「おはよう、海野」
「おはよ、川名」
君はいつも朝のあいさつする時、ちゃんと名前を呼んでくれる。
「体操部、今日は朝練ないの?」
「うん。ローテだから、今日は卓球部とバレー部」
体育館を使う部活は、他にバスケ部やバドミントン部もあって、なかなかスケジュールのやりくりが大変なんだ。
「おまえさぁ、だったら校庭走れよ。走るのはすべての基本だぜ。朝はランニングとストレッチだけだから邪魔にもなんねぇよ」
君は生意気な口調の、陸上部のキャプテン。
小さい頃から、ずっと近くにいる男の子。
弟の空が同じ少年団のサッカーやってたから、弟応援するついでに、いつも彼のことも応援してあげてた。そんな同い年の仲間。
毎日、泥んこになって駆け回ってたあの頃。
いつのまにか、中学生の男子。気になって仕方ない人。
ほんとは、君が少年だった時からずっと、目で追っていた。
今でもよくお互いの家に行き来している。
空なんて、川名の家のこたつがだいすきで、ねこみたいに入ってるもの。みかん食べながら、おかえりーだって。どっちの家の子だよ。
「今日の放課後、生徒会で文化祭の話進めるってよ。部活の前に一仕事だな」
川名と私は同じクラスで、何かと生徒会や実行委員会の活動を共にすることが多くて、いつもみんなに仲がいいと冷やかされている。
お互いにじゃれている、ふざけてばかりの間柄。
川名はほんとによく私にからんでくる。私は、いつもそれを期待しちゃってるんだ。
でも、嬉しいんだけど照れてしまうから、男子同士の会話と変わらないよって、ちょっとした距離を取って、何でもない顔をしてみせる。
君は、いつも屈託のないその笑顔で、こちらを見る。
いつのまにこんな気持ちになってしまったんだろう。
君も、私のことを、すきだといいのに。
こんなに毎日、私と喋ってるんだから。そうだといいのに。
でも、気づいているんだ。
君が私じゃない女の子のこと、じっと見つめている視線に。
*
「あれ、それ、金木犀?」
君がなにげなく、私の名札を手に取る。
どきん。
名札は左の胸についていて、いちばん心臓に近いんだよ。
伝わってしまいそうに、どきんって大きな音がしてる。
どうして、君はこういうことを、さりげなくできちゃうの。
はぁ。
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