第5話 うさぎと回る
もうすぐ台風が来るらしい。
空を見上げると、雲の動きが早回しの映像のように速い。
午後の授業。葉月先生の理科の授業は、天気のこと。
今日は2階の自分たちの教室なので、窓際の席の私はぼんやりとした甘い眠気で、空中に吸い込まれそうになる。
先生の声は低めで優しいから、午後の授業には向かないんだよぉ。
もうこのまま包まれて、眠りについて夢みたくなっちゃうー。
おなかいっぱいのこの時間は、いつもだめ。どっかでは、何分間かお昼寝タイムとるっていうよ。ここにもプリーズ。
高気圧とか低気圧とか、ヘクトパスカルとか前線とか、雲の写真を見て色々わかっちゃう気象予報士さんてすごいな。
山の上の雲から午後の天気を予想していた、昔の人もえらいな。
雲の上で、体のばしてごろごろ転がってみたーい。
*
秋の涼しい風にここちよさを感じて、ふと下の方を見ると、陽向先生が校庭を走っている。
何してんだろ、先生は午後、国語の授業はないのかな。
前の席の川名が気付いて
「ひなたちゃん、何してんだろ」とうっかりつぶやく。
よくよく見ると、何か白いものを追いかけて、ぐるぐる走り回ってるみたいにみえるんだよね。あれ、何かな。
「う、うさぎ。白いうさぎを追いかけてない?」
「あ、ほんとだ。うさぎと追いかけっこしてるよ、ひなたちゃん」
とうとうみんなが窓際に、なになにっと駆け寄ってしまって、葉月先生も窓の外を見て、あごに手を当てて考えてる。
「困りましたね。授業中だというのにね」と苦笑い。
「陽向先生、どうなさいましたか?」
葉月先生が棚からメガホンを持ってきて尋ねる。
ひなたちゃんはびっくりしてこっちを見て
「小学校のうさぎがー、おりから出てしまってー」
大声で両手を振って、またうさぎを追いかけている。
うさぎときたら、途中でちょこんと立ち止まって、こっちだよって誘ってるみたいに見つめて、先生が追い付きそうになると、また走り出している。
完全に遊ばれてるな。
とうとう他のクラスも、窓のところに生徒たちが集まってしまって、その騒ぎに驚いた教頭先生が出て来て一緒に追いかけたので、ますます笑いが起きて収拾がつかなくなってしまった。
最終的には、給食員の方がにんじんの皮を持ってきて、無事うさぎを捕獲。小学校の方に送り届けたのであった。
*
帰りのホームルームの時間、汗だくになったひなたちゃんが説明したところによると。
5時間目は授業がなかったので、職員室で漢字テストの採点をしていました。
ふと外がにぎやかなので窓からのぞいてみると、隣の小学校で小さなこどもたちが、わいわいと嬉しそうに戯れているのが見えました。
なんだろうと気になって近くまで行ってみたら、1年生の生活科でうさぎさんの様子を絵日記に書く授業で、順番に撫でたり、抱っこしたりしているのでした。
あまりのかわいらしさにじっと見つめていたら、顔見知りの担任の先生が
「陽向先生もこちらにいらっしゃいませんか」
と言って下さったので、お言葉に甘えて一緒に撫でたんです。
こうさぎさんが2週間前に生まれたばかりで、それはもう! ふわふわで!
一度うっとりしてから、はっと思い直して先生は続けた。
うさぎ小屋にうさぎさんを戻してから、みなさんが教室に戻るのをバイバイと見送って、さあ、私も帰りましょうと思ったら……。小屋の外にいる白うさぎさんと目が合ってしまって。
え、どうして、外にいるのかしらって、しばらく私も動けなかったのですけど、急にその子が、まさに脱兎のごとく逃げたので、あわてて追いかけました。
いつのまにか金網の扉を抜けて、中学の校庭に入り込んでしまって。
私、どうも遊ばれてたみたいなんです。
ここで、クラス全員がうなずいていたと思う。
ああ、うさぎにすら、もてあそばれる担任の先生。
でも、男子たちの目が気のせいか、ますます優しくなっていた。
きっと、あの心理だな。
だめな子ほど、手のかかる子ほど、気になる。ねっ。
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