第7話 花にまつわる匂い


 庭に出て、漉いた紙を風にのせて乾燥させながら、葉月先生と律と並んで、あたたかい紅茶を飲んでいる。


 花を漉き込んだ紙からなのか、先生がていねいに入れてくれた紅茶からなのか、ふんわりとやさしく漂ってくる甘い香り。


 いつのまにか、風は夏から秋に交代して、咲いている花も涼しい季節を迎える準備に揺れている。

 山が近いと、秋を通り越して冬が早くやってきてしまいそうで、雪がもう空の上で待っていそうで、ため息をつきたくなる。



 まだ、オクラの花が咲いていた。

 野菜の花の中で、飛びきりすきな淡いイエロー。

 五枚の花びらが、五つの方向にきれいなバランスを作り出す。


「先生、私、オクラの花がだーいすき」

「オクラはアオイ科なんですよ。アオイ科は、夏の太陽が良く似合います。名前もそうですが、花も蒼さんのイメージにピッタリですね」

「ほんと、蒼って、いっつも太陽みたいだもんね」


 律が「先生、これ、いい?」って聞いてから、ひとつオクラの花をとって、私の髪にさしてくれた。

「似合うー。かわいい。南国のお花みたい」

「そうですね。ハイビスカスも同じアオイ科ですね」


「先生は、花言葉には詳しいの?」

「うちの陽向先生はすごく詳しくて、日直が書いてる日誌に必ず『今日の誕生花と花言葉』が書いてあるの。だから、みんなかわりばんこに日誌のぞくの。職員室でもそうなの?」

 乙女な律は、花言葉がだいすきなんだよね。


 先生は、やさしく笑って答えた。

「花言葉は、日程を書く黒板の下の方に、いつも書いていただいてますね。陽向先生とは、言葉について色々お話ししますよ」

「葉月先生とひなたちゃん、席がお隣だもんね。そうそう、なんだっけ、金木犀の花言葉」

「固い約束よ、たしか」

 はりきって言う律がかわいい。うん、律に似合う言葉だね。くすくす。



 夜、自分の部屋に、律のママがくれたハーブティを入れて持ってきた。

 甘くて華やかな香りと、あざやかな深紅のバラを想わせる色。

 ローズヒップティ。あ、ハイビスカスも入ってるってラベルに書いてある。


 なんだか、少し大人の女の人みたいな気分になるお茶。

 でも、すっぱーーい。はちみつ、入れてこよ。


 今日、先生と一緒に作った金木犀の栞に顔を近づけてみる。

 かすかに匂いが残っているかな。ううん。きっとこの花を見ると匂いを思い出すからだ。ただそれだけなのかもしれないけど、でも嬉しくなる。


 川名に見せたら、何て言うかな。

 お前、女の子だったんだな、とか?


 この前、名札にふれた君の、思ったより長い指先を思い出して、どきっとした瞬間を、ふとこの栞の中に閉じ込められたらって想う。


 胸の中に花びらが重なり落ちていくように、ただそっと。







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