第3話 ひなたの向日葵


 私と律のクラス2-Bの担任は、国語の女の先生。

 年齢はいくつなんだろう。葉月先生と同じくらいかな。

 この中学では4年目みたい。そして、私にとっては2年目の担任。


 名前は、陽向ひなた茉莉まつり

 明るくって、その場をほんわか和ませてしまう感じの人で、生徒たちは「ひなたちゃん」とか、「ひなまつり」とか呼んでる。

 名前の通り、日向に咲く向日葵のような人。まるで陽だまり。



 今、授業で百人一首の短歌をやってるんだけど、字が綺麗でほれぼれするの。

 黒板が流れる短冊になったみたいだよ。


 見た目しっかりしているようで 、実はすごくぬけてる人。

 授業中、夢中で黒板に板書きしているうちに生徒のこと忘れてたり。

 それに気づいて、はっとして斜めに振り向く時、陽向先生はいたずらが見つかった時のこどもみたいに見える。

 みんなついて来てるかなって、急に思い出したように先生の顔をする。

 ほんと、ひなたちゃんって感じだよね。


*


 ある日、とうとう事件は起きた。なんて、おおげさだけど。

 午後にひなたちゃんの授業があると、もうぽわっぽわ。

 陽気に誘われて、美しい短歌が流れる中、とうとうみんな眠ってしまった。


 またもや生徒を置き去りにしたことに気付いたひなたちゃんが振り返ると、見事に全員、眠っていたんだって。

 そうね、世間では午後仮眠をとってる会社もあるって聞いたわ。ムリもないわよねって、ちょっと窓際の机で頬杖ついてたら、いつのまにか、先生も眠っちゃったんだって。


 はっと目が覚めた男子が、「こんなとこ、もし教頭に見つかったらヤバイ!」って、急いでひなたちゃんを起こして、事なきを得たという話。

 生徒にめちゃくちゃ心配させてしまう先生なんだ。おかげでうちのクラスの団結力の強いことったら。くすくす。



 この間は、片方ずつ別の靴を履いて学校に来てしまったらしい。

 朝はまだ気づいてなくて、帰りに靴箱から出したら別々だったから、いやね、誰かの悪戯かしらって、少し落ち込んだんだって。

「私、もしかして生徒に嫌われているの?」って、半ば本気で。

 でも、どちらも見覚えのある靴だったので、そのまま家に帰ったら、玄関に別々の靴が並んで帰りを待っていたって。


 そんな話を朝のホームルームであっけらかんとするものだから、なんだかほっとけないような、大人として心配なような気がしてしまう。

 だいたい、教室入ってくるなり教壇でつまづいて、プリント投げ出すなんて日常の光景だから、みんな「あ、またか」って、ついつい手をさしのべてしまいたくなるよね。


 つめたい牛乳がきらいで、給食の時に涙ぐんで飲んでるのを見るにみかねて、男子たちがさっさと日々交代で飲んであげてる。

「先生は、すききらいはいけないって言うのもうやめます。やっぱり人間、得意不得意はあって、助け合っていく方が大事だもの」

 なんて、ちゃっかり言ってたなぁ。

 あ、私も暑い日なんか、志願して飲んであげちゃうんだけどね。



 陽向先生は、料理研究部の顧問をしている。

 部活の顧問というのは、必ずしも得意な分野を担当するわけじゃないんだな。

 春先に「私は味見担当大臣ですっ」って 、所信表明したらしいから。


 葉月先生は2-Cの担任で、職員室では陽向先生の隣なんだけど、迷惑かけられていないかなぁ。無事かなぁ。








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