第12話 戸惑い
先生のキスをうっかり目撃してしまってから、私のこころはどこかの雲の上に飛んで行ってしまって、ふわふわと地に足が着いていないような変な感覚だった。
フラッシュバックのように、先生とあの女の人が抱き合っている姿が何度も再現されてしまって、何処にいても居心地が悪かった。
具合の悪いふりをして、自分の部屋に籠る。
すきな音楽を聴いても、だめ。すきな本を読んでも、だめ。
宿題なんて、もってのほか。ぜんぜん手につかない。
いったい、これは、何なんだろう。
キスって、どんな感じなの?
誰かとくちびるを合わせる日が、私にも来るのかな。
私は自分の手の甲にくちびるをあててみる。
こうじゃない。合わせた方もやわらかいなら、こういう感触じゃない。
自分の体の中でいちばんやわらかい場所はどこか探してみたけど、すこしふくらんでいる胸には、届かない。
マシュマロが、いちばん近いのかな。
頭の中で、巡って巡って、結局答えなんて出ないままに、自分が持っている本の中のラブシーンを探してみたりして、一日中じたばたしていた。
私、おかしくなっちゃったのかな。どうしよう。
目を閉じても眠れるわけじゃないけど、転がってみる。
時間が経っていく。今日一日をただ無駄にしてしまった。
*
そして夕方、窓を開けてベランダに 出てみたら、いつもと変わらない風が吹き込んできて、葉月先生が庭に水を撒いているのが見えた。
それは、昨日と何一つ変わらない日常で、先生は何もなかったかのような空気をまとっている。
私に気が付いた先生が、こっちを向いて手を振った。
「りっちゃん。元気になりましたか」
そのたった一言で、私のすべてが吹き飛んでしまった。
先生がそこにいてくだされば、私はそれでいいのです。
その声で、その笑顔で見つめてくだされば、他に何を望めばいいというのでしょう。
「はい、もう大丈夫です。今、降りて行きます」
私はそう言って、きちんと折り合いをつけて、日常に戻っていった。
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