第11話 葉月先生の恋人


 今日は、葉月先生のお誕生日。


 昼下がりにご招待したティーパーティでは、ママが作ってくれたサンドイッチが並んで、夢見ごこち。

 たまご、サーモン&ディル、クリームチーズと胡瓜。


 奇跡的に! 私たちが作った夏蜜柑のケーキは上手にできて(ママがずいぶん監修してくれたけどね)とてもおいしいですって、先生は喜んでくれたよ。



「先生、今晩はどうなさるのかしら。ご予定聞いて来て」

 夕方ママに言われて、私たちは先生のところに行った。電話もあるけど、そういえば、先生にかけたことないね。


「葉月先生、いらっしゃいますか?」

 私と蒼は、玄関のドアを開けながら呼びかけた。

 話しかけてしまってから、私たちは玄関に女の人の華奢なサンダルが、きれいに揃えられているのを見つけてびっくりした。

「あ、お客さん」

「先生に。めずらしいね」


 すぐに先生が出て来て、少し困ったような顔をした。

「あ、今日はですね……」

「あ、いいよ、先生。お客さんだったんでしょ。ごめんなさい」

「そうなんです。でも、用事があったのでは?」

「あ、ママが先生の今晩のご予定は?って」

 なんて、ちょっと話していたら、奥から何かがカラーンって転がる音がした。


「きゃぁ、葉月君、ごめん。あ、大丈夫かな」

って、かわいらしくて、でも大人の女の人の声が聴こえた。

「今晩は予定があります。では、また明日」

 先生はそそくさと奥に消えてしまった。


「ねぇ、蒼」

「ん、なに、律」

「今さ、葉月君って、言ったよね」

「言ったね、はづきくんって」

 私たちは二人で声を合わせて「誰なのー!?」と小さめの声で叫んだ。



 その日は、蒼は泊りがけで遊びに来ていたので、お夕飯を食べてから夜は、私の部屋で一緒に宿題をしたり、すきな本の話をしたりしていた。


 外でバタン!と大きな物音がしたので、反射的にベランダに出て下を見た私たちの目に飛び込んできたのは……。


 葉月先生と、先生を訪ねてきた女の人の姿。

 その人はスラっとして、意志の強そうな目をして、先生を見ていた。


 去ろうとする彼女を追いかけて、先生は「待って!」と、彼女の腕を掴んだ。

 そして、引き寄せてぎゅっと抱きしめたと思ったら、次の瞬間、先生が顔を近づけて、くちびるとくちびるを合わせている。

 私と蒼は固まってしまって、悪いと思いつつ、目が釘付けになってしまった。


 時間が止まってしまったかと思うほど、二人はそのままでいた。

 そして、ゆっくり離れたあと、彼女は腕を振り切って走って行ってしまった。そのまま葉月先生は、その人をしばらく見送っていた。



 私と蒼は、何やら呆然とした後、やっと口を開いた。

「ねえ、蒼。今の」

「うん、律。見ちゃったね」

「私、映画とかTVで見たことはあったけど、ほんとに目の前で 誰かがキスしてるの見るの、はじめてだった」

「そんなの、私もだよーーー」

「え、だって、蒼はしたことあるんでしょ?」

「は? え? ないよーー」

 蒼が真っ赤になって、首を左右に振った。

「だって、1年の時につきあってた栗村君とは?」

「遊園地に行った時、ちょっと手つないだくらい。キスなんて、まだちょっと、むり!」


 そうかぁ、蒼もまだなんだ。ちょっとほっとしてしまった。

 でも、それより、葉月先生のキスをこんな間近で見てしまった。


 普段、優しい物腰の先生が、あんなにあんなに、情熱的に女の人に。

 きゃー。思い出したら、すっごくどきどきしてきてしまった。

 もう先生の顔、まともに見られないよー。って、私がされたわけじゃないのに、それもおかしいじゃない。

 えー、どうしよう。







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