第9話 押し花と向日葵



 押し花を作りたくなって、朝顔の花を摘んできた。


 薄紅色のかわいいその花は、まるで昼顔みたいに小さいの。

 毎年、秋になって穫った種を次の年に蒔いていたら、年々朝顔は小さくなっていって、今ではミニサイズみたいになった。育つための養分がたりなくなっていくのかなぁ。


 すこし硬めの和紙を小さく切って、花びらを載せる。

 半紙をはさんでパパの書棚から厚みのある本を運んで来て上に置いた。

 こういう時は詩集がいい。本の成分も一緒に閉じ込められたら、なおいい。


 こうして今まで作って来た栞を、私は大切に持っている。

 スミレ、四つ葉のクローバー、リボンをつけた宝物。

 普段は嫌いなセロハンテープだけど、色褪せてセピア色の想い出に変わって、花の茎たちをとめている様子がいとしい。


 ラミネートする人もいるけど、私は紙の匂いがしないからいや。

 その時間の匂い、紙のてざわり。

 古くなっていくものは、そのままでいい。封じ込めたくない。

 今年の朝顔にはいつまでも、この日の匂いがして未来に残っていく。



 私の家と先生の家とは、正面の入口にわざわざ回らなくても、横に生垣を切り取ったような近道があって、大抵はそこからお互いの家に簡単に出入りできる。

 前に住んでいて転勤で引っ越してしまったお隣さんと仲が良かったので、こんな通路ができた。あの家族とも、こうやって行き来してたなぁ。元気かなぁ。


 出かける時、私は表の道から先生の庭を眺めてみる。

 今は、私のだいすきなひまわりが咲いている。

 大きな大きな背の高いひまわりは、先生に似ていて、そこからいつも「いってらっしゃい」って、声を掛けてくれてるみたいだ。


「ねえ、葉月先生。あのひまわり、だいすき」

 私は、縁側で脚をぶらぶらさせながら、話しかけた。

 ほんとは「先生のことが」って言いたい代わりに、ひまわりをもちだす。


「あの向日葵は、僕が植えたんじゃないんですよ。多分ね、こりすくんが種を落としたんじゃないかな。見事にいい場所に咲かせてくれましたね」


 夕方、先生はお庭に水を撒きながら、嬉しそうに答えてくれる。

 今は花束にできるような小さなひまわりもあって、あれも可愛いけど、でもやっぱり、大きいひまわりがすき。

 夏の光に似合う、太陽の申し子のような大輪の花。


 夏が終わって、種を穫ったら、少し分けてもらって、私の家の庭にも蒔くんだ。そうしたら、来年の夏には

「ほら、あのひまわりが咲いてる、二軒の家」

って、誰かがここのことをそんな風に言ってくれるかもしれないもの。


 目を閉じて、そんな夢を見てみる。

 あ、もちろん、こりすにも、たね、わけるからねっ。







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