第6話 りんごあめ


 オレンジ色の灯りの中で賑わっている、神社の石段を上る。


 去年、先生は長期出張で、夏はあまりお家にいなかったから、ここの夏祭りに来るのは初めてのことになる。

 屋台がたくさん並んでいて、あれもこれも欲しくなっちゃうね。幼い私はパパに抱っこしてもらって、いっぱいおねだりしたっけ。


 私は甘いものがすき。いちばんすきなのは、わたあめなんだ。

 あの雲のようでいて、やわらかいふわふわにみせかけて、かぷってかみつくと意外と布のように丈夫な、ふしぎな甘い束。

 顔中に甘さがまとわりついて、自分までおいしくなりそうな綿の白。


 でも、りんごあめもだいすきなんだよね。今夜はどっちにしよって蒼を振り返ったら、あの子はもうスーパーボールすくいに夢中になってた。

 やっぱり青色のボールを狙っているんだろうなぁ。浴衣の袖をまくり上げて、男の子みたいなのに、なんか可愛い。


 先生が、たこやきを買ってきてくれる。青海苔が歯にくっついたらどうしよう、恥ずかしいなって思いながら食べてたら、先生の左ほっぺにソースがついてるのを見つけちゃった。

 えっと、どうしよ、なんて言おうかな。ティッシュがないからハンカチで拭いてあげた方がいいかなぁ。なんてぐずぐず悩んでいたら

「あ、先生、ほっぺにソースついてるよ」

 そう言って、蒼がひょいっと指先で、先生のほっぺ、ぬぐっちゃった。はぁ、ちから、ぬけちゃうなぁ。


 デザートはりんごあめかな。わたあめで顔が白ひげだらけになると、先生に笑われてしまいそうだから。うん、りんごあめに決めよ。

 別名、キャンディアップル。とろっとした砂糖水が、かちっと冷えて包む。


「蒼さんは、りすさんのように高速で食べますね」

 蒼は食べるのがほんとに速い。私はいつも追いつかない。

「うちは商売屋だから、みんなさっさと食べちゃうんだ」

 蒼のお家は、代々営んでいる造り酒屋さんなのだ。職人さんが多いから、ごはんもぱっと食べてしまう習慣みたい。


 それに比べて、いつまでもなくならない、私のりんごあめ。

 そうなの、いつも食べきれなくて困るんだよね。今まではパパが食べてくれてたけど。今日は姫りんごにすればよかったな。炭酸ソーダも、缶を開けても1本飲みきれなくて、ずっと持て余しちゃう。


「律って、かわいらしく食べるよね。りんごあめ、超似合う。女の子っぽーい」

 からかうように言う蒼の横で、先生がにこにこして私を見てる。

「りっちゃんは口が小さいから、なかなか食べるのが大変ですね」

 結局、ほら、無理なら貸してごらんって、蒼が食べちゃった。


 蒼は、いつのまにか水風船のゴムを右手の中指に入れて、バンバン叩いている。

 あ、そんなにやったら、ゴムが切れてどっかに飛んでいっちゃうよー。こどもの頃も、破裂して水がもれて、びしょぬれになったじゃなーい。こりない子。


「あ、律。あっちに、川名たちがいるよ。焼きもろこし買ってる」

 振り向いたら、同じクラスの川名君が、他のクラスの男子たちと一緒に来ていた。


 射的の前を通りかかったら、かわいいぬいぐるみが見えたの。

「あ、かわいいくま」

「僕はこう見えて、狙いは外しませんよ」

 急にスナイパーの目をした先生が、私たちのほしいものを確認して構える。

 片目を瞑って狙いを定める先生が、いつもよりやんちゃっぽくて、またそんな姿もいいなぁって思ったの。


「まず、りっちゃんのを獲ります」

 一発でしとめちゃったよ、葉月先生。カッコイイー。


「お、葉月先生。浴衣、粋だねー」

 さっきの男子たちが近くにやって来た。

「おっ、海野も山藤も、浴衣似合ってんじゃん」


 ほめられて悪い気はしないなぁって思ってたら、川名君が「馬子にも衣裳」って蒼に向かって言うもんだから、蒼が水風船を、思い切り背中にぶつけてる。

「川名は絶対、余計な一言が入るよなー」って、男子たちもあきれてる。


「先生、俺も射的やりてー」

「じゃあ、蒼さんのは川名君にお願いしましょうか」

「おお、任せとけ、海野。一発で獲ってやるよ」


 川名君は、蒼のまねきねこを狙ってる。わぁ、ほんとに一回で獲ったよ。有言実行。

「俺に惚れるなよ」なんて、照れながら蒼にねこを渡している姿がほほえましくって(蒼はべーって舌出してたけど)、私は川名君に向かってにっこり笑ったんだけど、彼はすぐ目をそらして、じゃあねって、またどこかに行っちゃった。


 草の匂いがする。風が吹いて、ふっと頬をなでてゆく。

 こういう時のなにげない情景を、私はきっといつか思い出すだろう。


 

 ポーンという音とともに、夜空に花火が上がった。

 わぁ、やっぱり夏は花火。この街を見下ろすんだ、おっきな輪っか。


 すぐ真上で鳴り響く花火は、落ちてくる時に花びらを投げかけてくる。

 私の大切な人たちごと、赤い炎の大きなドームでくるんって、りんごあめの透明なキャラメルみたいに、甘く包み込んでほしい。


 葉月先生が、炎色反応がどうとか、とっても熱く語ってくれるんだけど、なんかちんぷんかんぷん。先生、今はただ、空を見つめていたいです。だめ?

 私は、理論よりもロマン派なんです。


 蒼が先生の言葉に反応してるから、任せよっと。

「え、家でもできるのっ? じゃあ、今度先生のとこで実験しようよ」


 また、新たな実験の予約が入ったみたい。

 身近な、そして、先生の手から紡ぎ出される理科は、だいすきだな。







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