第5話 紫陽花と朝顔
今日は夏祭り。蒼と一緒にでかけるの。
二人で浴衣を着ようねと約束して、お昼過ぎから蒼が来るのを待っていた。着つけは、うちのママにやってもらうんだ。
髪の毛は結おうかなって思ったんだけど、ふわふわにして蝶の髪飾りをつけてみたくて、昨晩三つ編みにして寝たの。
そっと三つ編みをほどいて、空気を含んだような髪になったか鏡の前で見てみる。どうかな。このままでいってみよっと。
蒼が走ってやってきた。あ、今日は髪をあげてる。
青いお花のシュシュできゅって結ったのが、いつもと違って女っぽい。
あーあ、でも、走ってきたから後れ毛がぽわぽわしちゃって、ほら、直してあげるから鏡の前に座ってみて。
*
蒼の浴衣は、群青の生地に、紫陽花と縦流水が描かれたもの。
ほんとに蒼は青の色合いがすきね。さわやかなイメージに似合ってる。
紫陽花は青だけじゃなく、紫っぽいあめ玉のような色も入っていて、金平糖のような花びらがきれい。撫子の色の帯を締めて、できあがり。
私の浴衣は、白地に薄いピンクの朝顔がぽんぽんって、ほのかな花火みたい。
こういう伝統的なやわらかい色が、律子にはぴったりねって、中学生になった夏に、ママが縫ってくれたもの。
パパも「律によく似合っているなぁ」って、嬉しそうににっこりする。
帯はだいすきな黄緑色なの。
ママはちゃんと覚えてくれている。私が草の色がすきなこと。小学生の頃、ピアノの発表会で着た、若草色のワンピースもお気に入りだった。
日本の色ってすてき。ひとつひとつに名前がついていて、昔の人が大切に自然から名付けたことがわかるの。難しい漢字もあるけど、いつかみんな覚えてみたいな。
国語の便覧に載っている、襟のかさねもすき。
私は浴衣を着る時、日本の女の子でよかったなぁって思う。そわそわ、うきうきして、誰かに見てほしくなる。
浴衣に静かに漂うかすかな花の香りのせいで、いつもより女の子らしく風景に溶け込んでしまいたいような、夏の夕方。
*
着替え終わって、きゃっきゃ言っているところに、先生が野菜を持って現れた。
「あ、先生、今日は夏祭りだよ。一緒に行こうよぉ」
「律子さん。蒼さん。お二人とも浴衣がよくお似合いですね。とてもかわいいですよ」
久しぶりに、律子さんって言われちゃった。
先生にほめてもらうのが、世界でいちばん嬉しい。(パパ、ごめんね)
「あら、先生も浴衣お似合いになりそう。でも、うちのパパのでは丈がねぇ……」
そう言うママを、パパは苦笑しながら、おいおいと睨んでいた。
「あ、僕、浴衣持っていますよ。こう見えても帯もきちんと結べるんです。母はフランス人ですが日本のことを学ぶのがすきで、よく着物を着ていたものですから」
私は、先生のお家にある、先生のご両親の写真のことを思い出していた。
それは若い頃の写真で、どこかのお屋敷の庭で撮ったものらしく、テーブルの横に二人が少し離れてこちらに笑顔を向けているものだった。
先生の瞳の色や、やさしい微笑み方は、お母さまと似ていた。
髪型や骨格や、すっとした立ち姿は、お父さまとそっくりだった。
「少し、待っていて下さいね」
そう言って、先生は自宅に戻って行った。
*
先生が、渋い墨色の浴衣に砂色のベージュの帯姿ですっと庭に現れた時、なんてすてきって、見惚れてしまった。
私はハートが飛び出しちゃいそうなくらい、目をまるくしていたと思う。
そのまま、しばらく庭で夕涼みをしてから、夕暮れに沿って三人で神社に向かって歩き出した。
帯に扇子をさして、手毬の鈴をつけたちりめんのお財布も忘れずに。
お囃子や太鼓の音が近づいてきて、夏祭りの灯りが見えてくる。
先生をはさんで、両側に私と蒼。しあわせな草の匂いのする道。
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