第4話 りっちゃんは一日にして成らず
大きなすいかを切ったので、蒼と一緒に、葉月先生の家に持っていった。
先生のお家は、昔風の雰囲気が残っていて、なつかしい。
研究室(先生は実験室って呼んでる)の外にある縁側に、運んできたお盆を乗せてから、先生に声をかけた。
「葉月せんせー。すいか食べようよ」
先生は網戸を開けて、嬉しそうにほほえみかけてくれる。この笑顔を見ていられたら、もう十分だなぁって気持ちになる。
そして、縁側に三人で並んで、すいかにかぶりついた。
もちろん、私と蒼はちょっと塩を振ってね。甘くなる気がするもの。
先生は塩振らない派なんですって。自然のそのままがすきなんです。
こどもの頃は、種をぷっと飛ばすのがすきだったのだけど、さすがにすきな人の前で、それはできないよ。
そうしたら蒼はね、立ち上がって飛ばすの。野菜畑に向かって。
「ねえ先生、すいかの芽、出てくるかなぁー?」
小学生の男の子みたいに、にかーって笑いながら、口の周り赤いまま。
でもね、なんともすっごくかわいいんだよね。
葉月先生もそんな蒼を見て、めずらしく満面の笑みで、声出して笑ってるの。こういうのが自然に似合っちゃう女の子って、ほんとずるいよ、蒼。
「海野さんは、いつも元気ですね」
「先生、律はりっちゃんなのに、私はなんで海野さんなの?」
「学校では、山藤さん、と呼んでいますよ」
「だって、ここでは、りっちゃんだよー」
「お隣ですのでね。ここに来てからできた僕のお友だちなのですよ。りっちゃんは」
「私も先生のお友だちになりたいなぁ」
ちょっと拗ねたような蒼が、また憎たらしいことに、かわいい。
「そうですか。でも、君は蒼ちゃんって感じがしませんね。どっちかというと蒼くん……。あ、いえ、蒼さんにしましょうか」
蒼くんが似合い過ぎてて、私はくすくす笑ってしまった。
*
ね、蒼。私が「りっちゃん」を手に入れたのには、月日がかかってるんだよ。
先生は最初は私のことを「律子さん」って呼んでたんだ。
学校では「山藤さん」だけど、家で呼ぶと、山藤さんはうちのパパのことになってしまって、ママのことは理沙子さん、私は律子さんって、きちんと分けてくれていたの。
でもね、先生がここに来てから半年くらい経ったある日
「ご迷惑じゃなければ」(中学生に向かって、なんて丁寧!)
「これからは、『りっちゃん』とお呼びしてもいいですか」って言うから、私は飛び上がっちゃうくらい、びっくりしちゃった。
「僕は声があまり大きくないので、りさこさん、りつこさんと、どちらかに声をかけると二人が振り向くものですから。いつも申し訳ないかと」
先生の声は少し低音でやさしいから、キッチンで私とママがにぎやかに話してたりすると、確かにいつも一斉に「なあに?」って振り返っていたかもしれない。
心底申し訳なさそうに提案する先生がかわいらしくて、私はぶんぶんと首をたてに振ってたんだ。
だから、あおー。簡単に、この特別を手に入れたわけじゃないんだよぉ。
*
夕方になったけど、まだまだ夏の名残りが辺りに漂っていた。
「打ち水でもしましょうか」
先生が庭にシャワーを撒いてくれることになった。わぁ、光が当たって、小さな虹の輪ができたよ。
先生は、指先から光の水を出す魔法使いみたい。
私たちは、はしゃいで、ホースから撒かれる水のアーチをくぐって、あっちに行ったりこっちに来たりを、きゃあきゃあ言いながら繰り返す。
「ああ、二人とも風邪をひきますよ」
水がさっとかかった髪がだんだん濡れてきて、顔に雫が垂れる。
蒼が、手で掬った水を、先生の顔めがけてかける。私も無邪気な振りをして、手加減なしで、いっぱいかけちゃおー。
「眼鏡がぬれたら、前が見えないじゃないですか。君たちときたら、ほんとにもう」
きっと先生から見たら、私なんてただのこどもにしか見えないんだろうな。
でも、どんな風に思われたとしても、先生の笑顔を見られるのなら何でもしちゃおうって、思えてくるから不思議。
いつまでも、このままでいたいなぁ。こどものままでもいいから。
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