第3話 夏の自由研究


 昼下がりの太陽が照り付ける道を、女の子が走ってくる。


 この子の名は、海野うみの あお

 蒼は、小さな時からずっと一緒のなかよし。

 行動的で元気いっぱいで、私とは正反対だけど、だからこそなのかな。気が合うだいすきな親友なの。


 蒼は県内でも強豪の新体操部に所属しているから、夏休みでも毎日のように部活に通っている。県大会が終わったから3年生が引退して、これから本格的に蒼たちの時代になる。

 そんな忙しい蒼が私の家に毎日やってくる理由は、一緒にやっている理科の自由研究のためだ。一応ね。


 夏休みに入る前に、急に蒼が言い出したのだ。

「ねえ、律。理科の自由研究、共同でやろうよぉ」

「え、蒼は部活が大変なんじゃないの」

「あ、簡単なのにすれば大丈夫だよ。毎日観察するだけとか」

 自由研究は自由というだけあって、提出が必須ではないので、それなりに理科が得意じゃなければ、手を出さない人が多い。


「月の観察とか、どう? 毎日出てくる場所と形と軌道を記録するの」

「蒼、それ、定点観測なら、夜いつもここにいないといけないんだよ」

「あ、そうか。じゃあ、庭の日なたと日かげの温度測るのは?」

「なんか、小学生みたい」

 私は理科はちょっぴり苦手だけど、蒼はいつも喜々として実験準備やっているんだよね。

「葉月先生に相談してみようよ、ねっ」

 そうか、そういうことか。私は蒼の魂胆がわかってしまった。


 次の日、葉月先生に相談に行くと

「それはいいですね。毎日観測するのであれば、そうですね、カビなんかどうですか」

 かびって、るんるんしている、あれでしょうか、先生。


「カビは奥が深いので、種類を絞って研究するといいかもしれませんね」

「じゃあ、青かび!」

 蒼は、自分の仲間みたいに、青かびを指名してから

「律の家でやるから、先生、いっぱい相談にのってね」

 それだけ言い残して、部活に行ってしまった。


「先生、青黴あおかびチーズって、かびなのに食べられるよね、どうして?」

「あれはですね ……」

 先生が、めちゃくちゃ真剣に説明してくれてるけど、私は ?で、蒼と一緒の時に聞かなくちゃわかんないかも。


「でも、たとえば、チーズをほっておいて、裏にビッシリ青いカビがついたりしたら、食べてはいけませんよ。僕の学友でそれを食べて、1週間くらい動けなくなったのがいましたからね」 


 先生がとりあえず、シャーレで見本を作ってくれることになった。

 これで、毎日研究室に行ける口実ができちゃったね、蒼。

 私が自由に遊びに行っているあの場所を、蒼とも共有することになっちゃった。蒼だから別にいいんだけどね、うん。


「アオカビだけでも 150種以上居ますよ。ペニシリウム・ディギタータムあたりなら、グレープフルーツやレモンに生えますから、採取しやすいかも知れませんね。いかにもアオカビという色ですしね」

 先生の言葉が何かの呪文みたいで、頭の中にかびが生えそう。レモンだけ聞き取れましたっ、先生!


「じゃあ、青くない青かびもあるの?」

「カマンベールチーズに生えているカビは白いでしょう? あれもアオカビですよ」

 白かびじゃないんだ。カマンベールの正体は、実はブルーチーズだった。もうなんかこんがらがってきちゃったー。

 先生? 私、ただの中学生ですー。後で蒼にも説明して下さいね。


「シャーレじゃなく、レモンで培養すると、思わぬ副産物として多分アスペルギルスも生えると思うけど。あ、コウジカビね。それもまた面白いですね」

 アルペンのギブス? スキー選手が転倒して骨折。 


 もうだめだ。

「早速レモン買いにいってきます!」と言うと

「あ、僕も準備するものがあるので、一緒に行きましょう」と先生が言ってくれた。


 え、葉月先生の隣、一緒に歩いていいの?







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