第7話 まるい月と紅白団子



「葉月先生、この前ね、通りかかったこりすが、甘いにおいさせてたの」

「くんくんしたら、わたあめみたいな匂いだったんだよ」


 私と蒼は、今日も葉月先生の家の玄関を元気よく通って、キッチンにいた先生に勝手に話しかけた。


 道端で、よろよろしたこりすを見かけた日。酔っ払いが目を回して千鳥足で歩いてるって、こんな感じかな。


「ああ、こりすくん、わたあめを作っている時に来たんですよ。ぐるぐる回るのを見て目を回してしまって、作ってるところに落ちたんです。嬉しそうに自分をなめてましたね」


「それで、わたあめりすに。おっかしい」

「え、先生、わたあめって、お家で作れるの?」

「ええ、作れますよ。やりますか?」

 やるやるー。


 先生が、チャイコフスキーの「くるみわり人形」をかけながら、嬉しそうに実験の準備をしている。かわいい曲たちが、甘いにおいと共に舞いはじめる。


 あの夜はりんごあめを選んでしまったから、ここで、私にとって特別な場所で、わたあめに会えたのが嬉しくて。もう顔があまあまになって笑われてもいいから、ぱふっとつっこんじゃった。

 蒼も思い切りおっきな口で食べてる。なんか格闘してるみたいにね。



「なんだか、夏祭りを思い出すね」

「うん。楽しかったね」

「スーパーボールは、ちょっとくやしかったけどね」

「どうしてですか」

「だって、いちばん取りたかった、きれいなやつ逃しちゃったから」

 青色のスーパーボールを狙っていた蒼。小さい子たちに負けじと、目をきらきらさせてたね。


「じゃあ、それも作りましょうか」

「スーパーボールって作れるの?」

「ほら、こんなのどうですか。試作してみたんですよ」

「わあ、きれいな赤い色。プチトマトみたいだね」

 そこで、葉月先生は、何やらくすっと思い出し笑いをしていた。


「先生って、まるで魔法使いみたい」

「または、葉月博士の実験室。何でもできちゃうの。時々ボン!って爆発して、先生の頭も真っ白になっちゃったりして」

 蒼と話していると、笑いが止まらなくなるよ。


 飽和食塩水って、ああ、理科の授業でグラフ書きました。もうこれ以上融けないってことでしたね? 先生。その食塩水に洗濯糊を入れると固まる不思議。


 洗濯糊に、こんな用途があるんだな。

「割れないしゃぼん玉にも使えるんですよ」

 先生のその言葉で、私の心の中ではおっきな空色のしゃぼん玉が現れて、気球のように空に連れて行ってくれたので、思わず手をのばしそうになった。


 先生の手ってきれいだな。実験を見ているふりで見つめてしまう。

 男の人なのに、とっても繊細な感じで、やさしくてあたたかそう。魔法の手を持つ葉月先生。どきどきしてしまう。


「わざと混ぜ残すと、マーブル模様になりますよ」

 蒼が喜々として青い絵の具を混ぜている。オンリーワンができるしあわせ。



「先生、これ見てたら、白玉が食べたくなっちゃったよ」

「いいですよ、作りましょうか」

「わーい、やりたい、やりたーい」

「では、上新粉があったと思うので、探してみましょう」


 ボウルに上新粉を入れて、少しずつお水をいれて練る。

「耳たぶくらいのやわらかさにしてくださいね」


 そういわれて、私と蒼は思わず自分の耳をさわってみた。

 そして、好奇心にかられて、お互いの耳たぶも。

 あ、やっぱりやわらかいんだぁ。そう思ってから先生を見つめる。私たち二人が考えていることが一致したみたい。


 先生は私たちの視線に気づいて、あわてて

「だめですよ。僕の耳にさわるのは。僕は耳よわいんですから」


 私と蒼はにやっと笑い合って、先生の後を追いかけた。

「ほら、粉だらけになりますよ。七ひきのこやぎじゃないんですからね。だめですよ」

 真顔で逃げていく先生、かわいい。



 白玉の生地をちいさく丸めて、真ん中をへこませて平らにする。

 お湯にくぐらせて、浮いてきたら穴あきおたまですくうの。

 きなこをかけて、ひとつずつ、スプーンで白玉を回して、やさしい黄色の衣をつけてあげる。


 できあがった白玉を口にしながら、私は先生の耳たぶのやわらかさを想像して、くすぐったいきもちになった。


 余った生地で、まんまるの月見だんごを作る。

「でも、今夜は満月じゃないよ」

 そういう蒼に、私はウィンクしてみせた。

「いつだって、月はまるいんだよ。見えてなくてもね」


 こうしてできたまんまるの白いお団子と、先生が作った赤いスーパーボールを一緒に並べてみよっと。紅白だんごみたいで、いいじゃない?



 その夜、こりすがそれをみて、「もうだまされないもん」って、思ったとか、思わなかったとか。くすくす。







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